第83話 ゆめりの試練5
今年のクリスマス公演はクリスマスの二日前の十二月二十三日、日曜日だ。
ついでに言うとその翌日が終業式。
それが過ぎれば「ハッピー冬休みだぜ~うぇーい」なんて喜ぶ前に、独り身に沁みる恋人たちのイブが待っている。
……イブ? 何それ美味しいの?
公演まではもう三日もない。
そういうわけで今日も俺の尊大な幼馴染み様は練習に夢中。俺は絶賛凹み中。
俺は未だに奴との関係を修復できていなかった。
きちんと部活の全体練には出てるみたいだから、その点は大いに安堵しているが、そこはかとなく疎遠になっていた今までとは違って今度は露骨に避けられている。
廊下で会ってもじっとこっちを睨んでプイッと顔を逸らすときた。
……やっぱ強引にブッ込んだのが原因だよな。
「はあ、どうすっかな……」
家で勉強机にスケッチブックを広げたはいいものの、鉛筆を置き描きかけの絵を放置し頬杖を突いてぼんやりしていたら、手元のスマホが着信を知らせた。
「久保田さんか」
藤宮のやつは久保田さん個人に花垣カピバラ画像を密かに送っていて、それを見た彼女から爆笑スタンプが届いたのはその日のうちだった。
その日からやり取りの頻度も上がって、三日に一度は他愛ない会話をしている。
まあ内容は何の変哲もない近況や世間話で、今日現国の先生にウケたとか帰りに美味しいお店を見つけたとかバイトがどうだとか変わりないかとか、そんな感じだ。
あと、
――彼女できた?
とか。
おぅふ……。
似たような日常のやり取りを今日も送り合って、いつもみたいに切りのいい所で会話は終わった。
十二月二十二日。
クリスマス公演前日。
ゆめりからは依然距離を開けられている。
これって普通に考えれば最早アウトって態度だよな。
今は夕食をとっくに食べた夜十時過ぎ。
久保田さんから珍しく通話着信が入った。
「もしもし?」
「あ、松三朗君?」
「ああ」
「今大丈夫? ちょっと遅いかなとは思ったんだけど……」
「平気平気。でも電話なんてどうしたんだ?」
「んーもう寂しい事言うなあ。たまには声聞きたいじゃない」
ストレートな親愛の表現に正直少しだけドキリとした。
「最近そっちはどう?」
「どうって、特に変わりないぞ」
「こらー折角通話してるんだから正直に吐けー」
「いやだから何をだよ」
「――緑川さんとの進展の有無について」
「ほ」
「クリスマス近いし、告白した身としてはもう付き合ってたりするのかなーって気になってたんだ」
告白したとか臆面もなくさらりと言われ、俺は気にするどころか半ば感心すらした。
「で、どうよ?」
「どうよと言われましても……愛想を尽かされた」
沈黙があった。
「や、そのあんま深刻に受け取らんでくれ」
「それって直接緑川さんに気持ち確かめたの?」
「いや、でもあいつの態度で明白だよ」
やや不貞腐れた声が出た。
それを受けてか久保田さんは少しまた沈黙を挟んだ。
「あ、悪いちょっと八つ当たりっぽく……」
「――本当に?」
「え?」
「松三朗君は、本当にそう思うの? 緑川さんのこと」
「ええと、そうだけど、何で?」
端末から鼓膜を通して伝わる久保田さんの声が再び止む。
向こうで深呼吸する音が聞こえた。
敢えて呼吸を改めるなんて、自然俺の方も何を言われるのかと身構えてしまう。
「松三朗君、ううん……花垣松三朗殿、貴殿には物申さねばならぬようだ」
何で時代劇……?
脱力しかけたが姿勢を戻した。時代がかった口調はふざけているのかと思いきや、声に笑いの要素は微塵も感じられないから、今きっと彼女は随分と真面目な表情を浮かべているに違いない。
「わかった」
「では早速申すが、小才は縁に出逢って縁に気付かず、中才は縁に気付いて縁を生かさず、大才は袖振りあう縁をも生かす……って知ってる?」
「あ、やっぱ歴史関係からきます? 大体の意味はわかるがどこのだっけ?」
「徳川に仕えたって言う柳生一門」
大物はどんな些細なチャンスも逃さないってことを言ってるんだったか。
ならジャイアンさんは大才タイプで俺は小才タイプだな。因みに小才ってのは才能なしって意味らしいが。
「それが俺と何の関係が?」
「実はね、私松三朗君を見ていて隠された第四の真理を発見したよ」
「第四?」
かくして久保田さんは私見を披露した。
「――松三朗君は縁にすら出逢わず」
「ちょっと泣いていい?」
言うに事欠いて俺限定って……!
「だって松三朗君ってインドアだし」
「なるほど、それなら一理あるなー……なんて言うかっ。全く、全国のインドアさんはびっくりのこじつけだよ全く」
「あはは、冗談冗談。でも自分から捨てて閉ざしてたら同じじゃないかな」
「それは……」
「松三朗君の前には些細なんかじゃないチャンスがあるのに、掴まなきゃ駄目じゃない」
「ずっと避けられてるんだよ。掴むったって向こうが無理だろ」
「ふふふっ、松三朗君ってさ、松三朗君って……」
「うん?」
耳に端末を当てながら心底
「――案外馬鹿」
ああ宇宙創世の万物の神よ、俺は女子に蔑み虐げられる星の下に生まれて来たのでしょうか。
「えーと久保田様? 今日は何かと
「君が煮え切らないとこっちは気になって仕方ないの。わかる? 馬鹿正直に情けない恋の弱音吐いて聞かせてくれちゃって。振られた身としては複雑よ」
言われてみればそうだった。
「悪い。無神経だった」
「ホント正直……。はーごめん私もちょっと意地悪だった。まあ私の方はもういいんだけど、少なくとも緑川さんは終わってないでしょう?」
久保田さんが内心本気で眉をひそめているわけじゃなくてホッとする。
でも、終わってない?
「それはどういう?」
電話向こうの久保田さんはいつになく呆れた。
「あのねー、こればっかりは一番に松三朗君が気付かないと駄目でしょ。彼女の性格は君の方がよく知ってるんじゃないの?」
「え……?」
「私は松三朗君と居る緑川さんしかほとんど見てないから、一部分しか知らないけど、それでも違和感があるの。彼女は簡単に諦める人なの?」
「――!」
天啓が下ったようだった。
そんなわけない。
あいつはゴブリン並みの強さいやいやゴキブリ並みにしぶといいやいやいや負けじ魂の持ち主だよ。
だけどそいつがもういいって思っ…………――違う、違う違う違うっ、違えだろっ!
あいつは人を黙って見限ったりしない。
するならきっぱり俺に言うはずだ。
もう嫌いだって。金輪際関わるなって。あたしの人生から出てけって。
何でこう他人に言われるまでそんな簡単な事にも気付かないんだよ。
ああ、自分で手一杯で、昔からずっと知ってた奴の本質を見る余裕がなかったからか。
「久保田さん、俺……」
「あはは」
彼女は電話越しに笑った。
「――これでやっと心置きなくこっちで彼氏作れるかな。……妬かないでね?」
電話向こうの彼女は軽口的に陽気な声で、けれど柔らかな微笑みを浮かべているのかもしれないと思った。
静かに目を閉じて感謝の念を込める。
「娘さん、そいつは無理な相談だな」
わざと時代劇の町人風に返すと、端末スピーカー越しに「わー大根~」とまた明るい笑い声が届いた。
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