第70話 隠しイベント?5

 度肝を抜かれた久保田さんの大胆行動。人を翻弄する小悪魔な部分が彼女にあったとはな。

 ……いや前もあったっけ。美術館で。

 ただあの時はまだ何かこう、興味本位で俺の反応を見てるだけだった気がする。

 でもさっきのは……。

 半分まだ信じられないが、ぶっちゃけ彼女欲しいし久保田さんなら文句なしだ。

 待ってれば春には確実に念願の可愛い彼女ゲットだぜ! この機を逃す手があるかよ、なあ?


 ……なーんて開き直れたらいいんだろうけど。


 最低にも俺はこの場で返事を求められなくて良かったと心から思った。

 転校の話を俺に打ち明けたのは、気まぐれか好意か。

 それとも、誰かに背中を押して欲しかったのか。

 今の俺にはそれすら判断はつかない。

 次々と脳内にき出された感情は、自身の散らかった思考のテーブルをより雑然とさせた。

 誰か無駄なボールを撞いてコーナーポケットに落とし込んで整理を付けてくれとは思いつつ、こんな所に他に誰かが来るわけもない。

 思考が乱れるあまり呆然と突っ立つ俺の体感時間で、たっぷり三分は経った頃合いだった。


 ――ガチャリ。


 音を立てた屋上入口のドアノブに、俺の意識はようやく自身のうちより現実に引き戻された。

 低くきしんだ音を微かに引きながら、ゆっくりと開かれる屋上扉。

 夕刻はよくその手の境界線が曖昧になるっつー話を唐突に思い出すくらいには、不気味さを感じた。

 久保田さんがまた言い忘れがあって戻って来た線は薄いだろう。

 じゃあ一体誰がこんな所に?

 音楽が聞こえるし校庭ダンスは継続中だ。この機に乗じてひと気のない場所でこっそりイチャ付きに来た恋人同士だったら、委員の権限で問答無用でご退場頂こう。

 だがまるでこちらの意識を引き付け、ついでに胆力を試すような妙にゆっくりとした鉄扉の動きに、呼吸さえ忘れ果てる。

 ビリヤードのキューで心臓を撞かれたみたいに緊張に胸が痛む。

 俺は逃げも隠れもできない屋上で追い詰められるホラー映画の主人公だったっけ?

 かくして扉は開かれた――……。


「――やあっほ~花ガッキー!」


「――お前かよ藤宮……!!」


 場違いに明るい声を出し、驚くでもなく俺を見て右手を振るのは、間違いようもなく藤宮まこだった。

 左手のスマホは直前まで使っていたのか画面が光っている。

 藤宮は、俺の恐怖の慄きを欠片も知らず相変わらずのマイペースで傍まで歩いてくる。

 混乱の心のテーブルは、台が傾いたせいで全部のボールが一気にどこかへと転がってった。


「何か用か? よくここがわかったな」


 手摺際にいたし下から見えたんだろう。でなきゃ俺の居場所を知っているわけがない。


「だって後尾行けてたから」

「何でですのッ!?」

「ひひっごめんごめん」

「藤宮さあ、盗み聞きとか良くないぞ」

「そんなつもりはなかったんだよ。まこまこの転校話にびっくりしちゃって出るに出られなくなっただけで。驚いたけど転校しても連絡は取り合うつもりだから、安心してよね」


 幸いと言っていいのか、声だけで頬チュー場面は見られなかったようだが、耳打ち以外の会話はしっかり聞こえていたらしい。


「まこまこがこっち来た時は焦って咄嗟に隠れちゃったけど、居たって言わないでよ?」

「へいへい」


 バツが悪そうに眉毛を下げる藤宮は、嘘は言っていないようだった。


「でもごめん」


 律儀に謝る所がこいつの長所だよな。


「で、聞き取れない部分もあったけど、他に何があったんだい~?」


 そんで以ってくじけず遠慮なく根掘り葉掘り聞こうとしてくんのがこいつの厄介な性分だよな。


「ねえってば?」

「…………」

「花ガッキーってば」

「…………」

「……はあ、わかったよ~。いくら何でも花ガッキーだってそこまでデリバリーなくないよね」

「いやデリカシーだろ。ピザか」

「あ、喋った。真相は?」

「…………」


 藤宮はじっと数秒間俺を見つめてから諦めたように視線をずらした。


「ハイもう降参こうさ~ん」


 明確に答えない俺の態度である程度の方向性を察したとは思う。

 それ以上食い下がって来なかったのは俺にじゃなく、むしろこの場に居ない久保田さんへの配慮かもしれない。

 でもそうか、少なくともここに一人は久保田さんを思う友がいる。


「何で尾行してたんだよ?」

「えっ、いやええとー、校庭ダンス上から撮るか横から撮るかで悩んでさ。屋上は制限あったから実行委員に話つけるか立ち会ってもらうのが無難でしょ?」

「なら隠れてねえでもっと早く出て来たら良かっただろ。俺も久保田さんもとがめたりしねえよ」

「それはまあそうだとは思ったけど」


 釈明だけを聞けば要領を得ているようには聞こえるが、俺は溜息を漏らした。

 態度がウソ臭えんだよ全く。

 こいつが俺を追いかける理由には一つしか心当たりがない。


「実はオネヤンから少し話を聞いた。美術室の件。もしかしてその関連か?」

「……何だ知ってたんだ。そうだよ。あの二人懲りずに花ガッキーを襲うかもだし」


 苦笑いを浮かべ、藤宮は下手な芝居を引っ込めた。


「弱みを握れれば何かしてくる事もなくなるかなって。それには花ガッキーを見張ってるのが一番手っ取り早いでしょ」


 俺はここでようやく藤宮の手にスマホが握られている意味に気付いた。

 カメラは首から提げられているが、そうか、それで万一があれば動画を撮るつもりだったのか。


「いやオネヤンが言い聞かせたみたいだし大丈夫だろ」

「念には念をだよ」

「ははっ藤宮は心配性だな」


 俺の中の危機感はもうそんなに高くない。

 けど藤宮は違うらしく、人差し指を立てて左右に振った。


「チチチ、お気楽だね花ガッキーは。展示の機会を潰せるのを待つくらい根に持ってるような人間が簡単に改心すると思うわけ? しかも昨日の今日だしね」

「それは……でもオネヤンが」

「あの先輩相手なら嘘でも降伏するよ。だけどいつも花ガッキーの傍にお姫様を護る騎士みたいにその人がいるわけじゃないでしょ」

「それはそうだが……」


 俺がお姫様ポジなのが解せない。……解せない!!

 とは言え、藤宮の言葉で俺の中でじわじわと危機感レベルが上昇し始める。


「まあ、身辺には気を付けておくよ」


 その時、再び屋上の扉が開いた。

 今度はバーンと音を立て勢いよく。

 俺は音に酷く驚いて息を呑み、次には長い息を吐いた。


「噂をすれば影だね」

「ああ」


 藤宮が半眼でさも残念そうに言って手元のスマホを操作した。


「藤宮、撮影はいいから隙を見てお前はここから出てけ」


 危険から遠ざけようと、トン、と藤宮の肩を押す。

 藤宮は不服そうにこっちを見てきたが、俺は敢えてスルーした。


「んとに、今日は厄日か記念日か?」


 屋上入口には、ふてぶてしく口角を上げる見覚えのある二人組が立っていた。

 だがまあ、ホラー展開よりはたぶん……マシ?

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