第45話 花火大会の夜6

 ゆめりがいない。


「もしかして俺が遅いから捜しに行った……とか?」


 困り果て辺りを見回す俺は半ば呆然と呟いた。

 考えられる理由としてはそれしかない。花火前に戻らなかったからしびれを切らしたに違いない。怒って勝手に帰ったりはしないだろうが。


「それともまさか便所か?」


 それもあり得る。会場に設置された便所は混んでた。

 ともかく俺はポケットからスマホを取り出した。

 こう言う時はむやみやたらと捜すより、直接電話をかけた方が確実だ。


「ったくどこにいんだよ」


 悪態をつきつつ、耳に当てたスマホからのコール音に集中する。

 だがしばらく鳴らしてもコール音は鳴りやまない。一旦切ると、俺は間を置いて同じ操作をもう二度ほど繰り返した。だが結果は同じ。


「何で出ねえんだよ」


 荷物に入れてて気付かないのか?

 俺は仕方がなくラインに「今どこ?」とメッセージを入れて返信を待つしかない。

 いつ連絡が来てもいいようにスマホは手に持つ。奴がここに戻って来る可能性も考慮してその場から動かず、しばらく待った。

 が……、


「既読つかないし……」


 戻って来る気配すらない。一体どういうつもりなんだ?

 ちょうど大きな花火が上がって、俺は夜空を見上げた。

 花火は小休止を挟みつつも一度上がると連続して上がっていて、その都度周囲の感嘆や歓声が上がる。形や大きさも色々、火花の色は白、黄色、赤、青、緑、紫、そしてピンクなんかもあって、現代の花火はとてもカラフルだ。見ていて飽きない。現代の人間がこうなんだから、江戸時代の人間が見たら心底驚いて感動するに違いない。

 花火師の皆さーん、この素晴らしい夜空をありがとーう!!


「ふう……もっかい電話してみるか?」


 たこ焼きはすっかり温くなって、片手に持った二本のチョコバナナは、まあそのまま。待ってる間に食う時間はあったがそんな気にはなれなかった。駄々下がったテンションが食欲も一緒に連れ去った。

 その間、佐藤からは「楽しい合コン~!」と題した画像が、岡田からは「猫耳楽しいよ~!」な自撮りデート画像がそれぞれ送られてきて、俺を無性にイラッとさせた。

 削除、と。

 去年も一昨年も隣にはゆめりがいて、賑やかだった。

 なのに今年はたった一人で花火を見上げている。

 奴も今どこかでこの花火を見上げてるんだろうか。

 俺今センチメンタル~! アンニュイ~! フウ~ッ!

 と、ようやく画面が光った。


「お!」


 見ればゆめりからだ。

 最近のスマホは夜の写真も結構綺麗に撮れる。

 そんな高画質の花火写真一枚と共に、奴はメッセージを送り付けてきた。


 ――ここにいるわ。


「ってわかるかーいッ! 空しか映ってねえ花火画像一枚で場所特定できるか! それとも空飛ぶ魔女っ娘なのかお前は!?」


 思わず画面に叫んで脱力する俺は、ゆっくりと額に手を当てた。

 ここで俺の隠されしチート能力がこの場の人間の存在を余さず感知し奴を捕捉。そして身体強化魔法での縮地を駆使!

 はあああああああッ!

 一瞬にも満たない半瞬で距離を詰め奴の真ん前に躍り出る……わけもなかった。

 わかってたがこれは完全怒ってんな。俺への報復だ。


 ――画像だけじゃわからん! どこにいんの?


 試しにこう送ってみたが、スマホは沈黙。しばらく待っても無駄だった。


「奴め……」


 これはあれだ。俺にどうにかして自分を捜せという暗黙のご指示だ。汗だくになって会場内を捜しまくれこの駄犬めがってな。河原だし、結構広いんだがなここ……。

 しかし俺は同時にホッとしてもいた。何事もなさそうで良かった。


「仕方ねえ、待ってろ。捜してやる。ああ捜してやるよ絶対に……!」


 俺は待機を諦め意気込むと、打ち上がる花火を尻目に駆け出した。

 花火見物のベストポイントは出店のある河川敷を少し離れた橋の上だ。

 だがきっと奴はまだこの河川敷会場のどこかにいるだろう。

 広い会場をくまなく駆け回る俺は馬鹿みたいに汗だくで、何度も人とぶつかりそうになった。いやぶつかった。その都度慌てて頭を下げて謝ってまた駆け出す。

 チョコバナナはふた付きのたこ焼きパックに一緒に入れて持ち歩いた。たぶんきっとたこ焼きソースと混ざってぐだぐだになっている。


「はあッ……はっ、……んとにどこにいるんだよ、ゆめりのやつ」


 一度休憩がてら立ち止まって乱れた呼吸を整える。見落としがあったか? 一応は会場の端から端までは一巡したが、こうも人が多いと人垣に隠れて見逃した部分も多々あるに違いない。


「仕方ねえ、もう一回回るか」


 その前にもう一度ライン、と。


 ――ゆめり様お慈悲を!


 既読は付くが返信なし。

 そんなで、もう一回りしたところで花火が最後の花をドーンと盛大に咲かせた。

 音も一際でかかった。花火大会って最後辺りだと一層激しく上がるよな。


「終わっちまったじゃん花火」


 俺は疲れたような目を虚空に向けた。残された空には煙だけがもやもやと広がっている。

 あーあ……。

 今年の花火は何つーか、物足りなかった。ちゃんと見れなかったのもあるが、毎年奴が楽しそうにする姿を見て、その上で俺も花火を楽しんでた節があったからかもしれない。誰かと味わうから余計に楽しかったんだろう。


「最初んとこで少し待ってみるか」


 メインイベントが終わったからには、人の波もじきに引いて捜し易くなる。

 さすがに疲れた。


「――花垣君」


 とぼとぼと歩き出す俺の背に良く知った声が掛かった。

 立ち止まる俺は諸々の文句を堪えるのに苦労した。こいつは全くホント、一体全体どこで俺を見張ってたんだ。さすがに腹が立つ。一度大きく息をつき、少し不貞腐れて振り返る。


「………………はい?」


 思い切り目を点にした。


 そこには、何故かひょっとこがいた。


 いや訂正する。

 出店で売ってたひょっとこの面を付けたゆめりが佇んでいた。

 とぼけた顔を見てたら何か、怒る気も失せたよ。

 怒りを殺ぐのも奴の計算の内なのか?

 俺はハニーではなくファニートラップに引っかかったのか?


 次回「女装ひょっとこの脅威」お楽しみに~、うふふふふふ~。んッがぐぐ。


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