第28話 ゆめりの挑戦
「ん? そういや何で俺が卓球頑張ったって知ってんの?」
大事に大事に本棚の奥に菓子箱を仕舞った俺は、ふと気になって訊ねた。
用事が済んで帰ろうとしていた奴は部屋の入口で足を止めると、軍トップの貫録か、胸を張った堂々たる立ち姿で振り返る。
「藤宮さんから聞いたのよ、大活躍だったって」
あっさりと疑問は解消されたが、まさか藤宮……あいつ実はゆめりのスパイだったのか? 不二宮子ちゃ~んだったのか? それならお色気担当も頷ける。
――今日は中庭の木を描いてたみたいね。
ゆめりが俺の部活内容を正確に知ってるのも、
――今週からはあんた裏庭掃除よね。
――あ、マジ? やべやべ階段掃除だと思ってた。
俺の掃除当番を俺より詳しく把握してるのも、
――あんた今日佐藤君からお菓子もらったでしょ。
俺の最高機密の一つ、おやつ事情を何故か知っているのも、全ては眼鏡っ娘
「いや、大活躍って程でもねえよ。あれは運だよ運。真の立役者は他にいたし。ってか何お前、藤宮と仲良かったっけ?」
「高校入ってからは初めて話したわね。中学の時もほとんど話したことなかったけど」
俺は内心で首を傾げた。一体どういう経緯で話を聞いたんだ? 藤宮から話しかけるとも思えない。もしかしてゆめりから藤宮に近付いたのか?
俺の推測はきっと間違ってはいないだろう。
「まあ今日はお互いにお疲れ、な。お前も水泳頑張ったんだろ?」
「タイムはよかったわよ。個人では全体の二位だったし。まあクラスの総合順位は最後から五番目だったけど。それでも皆で頑張るって尊い経験よね」
「そうだな」
さすがはゆめりしゃま。爺やの自慢のお嬢様です。
色々あった今日一日。心身共のハードモードに疲れた爺やな俺は一人ベッドに腰かけ息を吐いた。
「ふー。今日は学校に焼き肉屋にカラオケにって忙しくていつになく疲れたなー。ゆめり、お前も帰ったら早く寝るんだぞ?」
「そうね。あたしも疲れたわ。体育祭も終わったし、次の大きな行事は学祭かあ」
そう言って奴は部屋のドアに背を預けると少し小首を傾げるようにした。
「展示、何描くか決めてるの? それとももう描き始めてる? きっと沢山人が来るだろうから気合い入れなさいよ?」
「あー? 美術部の展示にんな沢山は来ねえだろ。中学でもそうだったし。閑散としたもんだよきっと。それにまあ何描くかは概ね決めてある。演劇部こそ何の劇やるとかもう決まってんの?」
すると奴はどこか緊張したように身を固くした。
「ゆめり?」
「あの、実はあたしね……」
「うん?」
「あ、あのね……」
「ああ、何?」
「だから、あたし……」
奴は何故かもじもじと体をくねらせ恥ずかしそうに言い淀む。
これは、世にも奇妙なもじもじ虫発生の瞬間なのか……?
普段なら俺の思考を察して肘鉄辺りを叩き込んできている所だが、今はそんな余裕もないのか奴は一息に言った。
「あたしッ、劇に出るのッ!」
「ほ」
前代未聞のお知らせに、思わずポカンとした。
「え、出んの? お前が舞台に? 中学ん時は全部断ってたのに?」
「そうよ」
「何でまた出る気に? もしかして演劇部の大会があるからか? でもあれ? 地区大会ってもうそろそろ始まってるんじゃねえの?」
「そうだけど、そっちは二、三年の先輩たちがほとんどだから、一年だし演技素人だしであたしは大会の方には出ないわよ。学際の方はほとんど一、二年が主導でやってて、まあでも大会の結果によってはそっちの先輩たちも手伝ってくれるらしいけど」
「へえー。お前んとこまあそこそこ部員も多いしな」
「そうね。だから自分の代で全国狙うなら来年が勝負なのよ。それもあるしお願いされたしで役者してみることにしたわけ。実際演じてみた方が台本制作にだって役立つだろうし。あと、――衣装がとても気に入ったから」
俺は目を瞬かせた。
奴の服装は普段から可愛いかつ清楚系でセンスもいい。
ブランドやメーカーにこだわりがあるのかどうかは、いつも適当な服しか着ない俺にはわからんが、下手な服は着ないだろう。
なので衣装が舞台に上がる理由の一つなのに些か驚いた。
「お前がそんなに気に入る衣装ってどんなだよ?」
「……普通に、お姫様のドレスよ」
「演目はおとぎ話なのか」
「白雪姫。で、あたしが白雪」
俺は「ほほーう主役か」と上から下までハイスペックな幼馴染みを目で検分する。
「……な、何よ?」
「まあ、うん、ドレス着たら似合うんじゃね? 正直言うと、俺はずっとゆめりが役者側に立てばいいって思ってたよ。俺もジャンルは違うが創作する側の人間として、スポットライトの下のお前はきっと誰より綺麗に輝くって確信してるからさ」
「……っ、ホントあんたって時々……っ」
「へ?」
「そ、そろそろ帰るっ。ここでいいからっ。お休み!」
「お、おう。お休み」
背を向け勢いよく部屋を出ていった奴だが、珍しい事もあるもんだ。
玄関までの見送りを断った。
いつもだと、俺がもたもたしてるとさっさと付いて来い駄犬が……みたいな目で見てくるのにな。そんで絶対玄関まで行かされる。
部屋を出てトントントンと階段を下りていくやや性急な足音が聞こえる。
と、ドサッ、きゃあっ、と足を滑らせたような音と声がした。
「お、おい大丈夫かゆめり!?」
俺は慌てて部屋を出て、階段下で尻餅をついている奴の元へと駆け下りる。
音を聞いた両親もリビングから出てきて、尻餅を着いている奴を見て青ざめた。
「だ、大丈夫ですから! 驚かせてごめんなさい。最後の一段で滑っただけなので本当に心配しないで下さい……!」
急いで立ち上がった奴は明らかな狼狽を浮かべて取り繕うと、就寝の挨拶を口にそそくさと帰っていった。
動きにおかしな所はなかったから本当に何ともなかったんだろう。
そりゃあ大した事ないのに周囲から大袈裟にされたら、恥ずかしいよな。
顔だって真っ赤だったし。
だがまあ、ホント怪我がなくてよかったよかった。
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