第16話 してるの!?事変1

 六月某日の夕方。天気は晴れ。

 部活が終わって、今日もジャイアンさんと仲良く下僕下校中。あ、一語余計だった。下校いらな……下僕がいらないね。えへへ。

 ちょうど信号でチャリが止まったのをいい事に、俺は決意し、とある重要な案件へと取り掛かった。

 以前、これを訊いたら人生とか諸々が終わると思って躊躇ちゅうちょした、ある問いだ。


「なあお前さ、――まだあのピンクのブラしてんの?」


 一片の慈悲もなく俺は俺の一切合切を地に沈められた。

 ノートとか入った学生鞄って結構重くて痛いんですよ。頼むから凶器は振り回さないでッ。

 歩道にのびる俺を足蹴にチャリを支える女、緑川ゆめり。あおりで見ると、埠頭でトレンチコート着て葉巻くわえてサングラスしてたら様になるだろう男気を感じる。あんた、強え……ぜ、やっぱおとこ……ガクリ。

 薄ら目を開け屍となった俺はあることに気付く。

 この角度だともう少しでスカートの中が……見え…………。

 顔の真上にドッスンが降ってきた。


「……ッ……ッッ」


 よもやこの現実世界にマリオの敵キャラが存在していたとは……!

 そう本気で信じかけた俺は、とにかく悶絶し、顔の上から何とか重い学生鞄をどかした。ホント何入ってんですかね。女子の鞄には。

 男の夢? ハハハ詰まってるわきゃない。


「今のはマジで痛えって! 鼻が陥没すんだろ! 鼻ないとか、有名なファンタジー映画の名前を言ってはいけないあの人になったらどうしてくれる!」


 ついでに心で言うと、俺の中ではお前の方がヴォルデ何とか卿より脅威だあああ!


「逆ギレ? はッ当然の報いでしょ。あんたさっきからずっと無言だったのにいきなり話しかけて来たと思ったら、路上で何訊いてくんのよ」


 無言だったのにはワケがある。

 実は俺さっきからずっとチャリ漕ぎながら、どうやって無難にブラの問いに繋げようかってひたすら試行錯誤してたんだよ。そしていかに無事に会話を終えるかってさ。

 どれくらいシミュレートしたかって? それはあれだ。そこらの美少女恋愛シミュレーションゲームのルート数なんて比じゃない。

 俺の脳が全てのリミッターと能力を解放されスパコン並みの処理容量と計算速度を有した状態で、実に一恒河沙ごうがしゃ通りくらいは考えたな。だがどうやっても俺が殴られない上手いルートの構築はできなかった。

 つまり、攻略不可!

 だからもうヤケッパチで当たって、見事に砕け散ったのさ……。


「本っ当に申し訳ございませんでしたゆめりさん!」


 不祥事を起こした企業のトップすら霞む人生を懸けた土下座を敢行する俺の真ん前では、腕組みした大魔王様が三白眼を向けて来ていた。目からマジでビームとか出そうな感じだよ。


「反省してるならさっさと起きて、漕げ」


 口調がいつもより怖え。アクセントが平坦過ぎる。顔まで能面だし。マジ怒りだよ。


「こここれにはワケがあるんだ。頼む力になってくれ。俺にはお前しかいないんだ!」


 駄目男丸出しで足元に縋って必死に訴えたからか、奴の眉がピクリと動いた。


「……あたししかいないって、どういう意味よ?」


 蜘蛛の糸じゃあああ!と俺の中の亡者たちがざわめき出した。生存可能性への一筋の光明が見える。


「実は俺、女子の下着事情について知りたいんだよ!!」


 もう一度、ドッスンが来ましたー。


 だから鞄は振り回す物じゃありませんって。

 俺は自分を命知らずだと認めるよ。だが敢えて訊いたんだ。これには深ーい事情がある。

 尊い友を救うため、俺は自ら破滅へと突き進む勇者となるしかなかったんだ。





 時は遡って今日の昼。


「実は僕さあ、彼女に下着プレゼントしたいんだけど、女子ってどんな下着なら喜ぶかな?」


 こう、訊いて来たんだ、イケメンでミックスの尊い友がさ。

 知るかああああ!

 俺は女であって男じゃない。ああ違った男であって女じゃない!


「直接彼女に好み訊けばいいだろ」

「サプライズにしたいんだよ」


 こいつは俺の忍耐を試してんのか?

 何故俺に相談する?

 俺はどう見たって女子モテする外見じゃない。どっちかっつーと目付きがきついとか、ずっと家と美術室に籠ってて根暗とか思われて敬遠される方だ。回り回って経験豊富にでも見えましたかね岡田氏には。


「そういう事は彼女いる他の奴にでも訊けって」


 そうしたら岡田の奴はとんでもない発言を致した。

 もう想像付いてる人いるよね?


「――え? 松っちゃん彼女いるじゃん。幼馴染みの。緑川さんだっけ? うちのクラスによく来る」

「シャラアアアアァーーーーッッップ!!!! どの口がほざいてるんザマショ!?」


 地球が割れるとか月が突然大爆発するとかブラックホールとホワイトホールの他に第三のレインボーホールが誕生しちゃったりとか、そんなレベルの衝撃が俺の脳内を襲った。


「松っちゃん? おーい松っちゃん? おーいおっ茶ん? 松っちゃんてば~」


 呆然となる俺へと何度か岡田が呼び掛けてきたが、一個おかしくなかったか?

 まあいいが何故だどうしてだ? 岡田には奴と俺が付き合っているように見えていたのか? いや早合点はよせ俺。そう思ってんのはきっと岡田だけだ。岡田は勉強と言う点で頭は良いが、その他においてのネジがゆる過ぎる。


 だって……ジャイアンさんだよ!?


 もういろいろ負の黒い歴史が多過ぎて恋とか愛とかきゅるるんな感情なんて芽吹きようがないと思うんですけど。

 俺は俺の声を世界中に届けたい。


 ――――ゆめりとは付き合ってなあああああああああいいいい!!


 と。


「いや、あいつとは付き合ってねえけど」

「ええ!? 何それ!?」


 すると岡田は大いに驚いた。随分と大袈裟な反応すんな。

 その声の大きさに周囲のクラスメイトたちがこちらに目を向けてくる。



「じゃあ何? 松っちゃんは彼女でもない子と――してるの!?」



 …………。

 ………………。

 ……………………。


 はあああああああああああああああーーーーッッッ!!!!????


 言っとくけど、少年漫画のタメ技じゃないからな。

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