第9話 ステーキと、時々アメ
その晩、飯の席で母さんは微笑みながらいつにない優しい声で言った。
「あんたがゆめりちゃんにこれ以上無理強いしたら母さん、あんた括って私も死ぬわね?」
「えっ」
「……なーんて、冗談よ。誠実にお付き合いするなら応援するぞ☆」
いやいやいや魔女っ
今その口でさらりと言った事は全部
だって目が笑ってない……。
母さんの隣に座る父さんは、何をやらかしたお前はという驚愕の目で俺を見てくる。最早息子を見る目じゃなく、敵対的買収を目論む企業のスパイでも見るような目だった。なあ会社で何があった?
「いやちょっと大きく誤解してるって。俺はあいつとは付き合ってな…」
「――まつさぶろう。何を誤解してるって?」
だから母さん目が笑ってないって。あと食い気味に言うのもやめてくれよ。
食うのは夕飯だけにしてくれ。
それにまだ使うのそのいじり?
「ゆめりと俺は付き合ってな…」
「――何かしら? ママねえ、お嫁さんに来るならゆめりちゃんみたいな子がいいなあって思ってるのよ」
…………。
間。
「あ……へえ、そうなんだ、へえー」
奴と俺は付き合ってない。
そう言うつもりだったんだが、そんな事を今言おうもんなら「ママ夢を壊されたわ!」とか激怒されて包丁でも飛んできそうだ。
確か母さん以前ゲーセン行った時ダーツめちゃ巧かったよな……。
奇しくも今日の夕飯は何故かナイフとフォークで優雅に食べるステーキ。
凶器は両手にある。
なんつうご都合主義!
――慎重に動け。誰も信用するな。
私立探偵:犯人はこの中にいる。
貴婦人1:何てこと! ダイニングテーブルに置かれたこけしが私たちを
貴婦人2:真実を告げようとした者から……消えて行くんですの!?
紳士1:ハッ、皆見てくれテーブルのこけしが一体減っているぞ!!
紳士2:だ、誰のこけしだ? 次に殺されるのは一体誰なんだ!?
紳士3|(俺):ま、まさか貴婦人1が男だったなんて! 美人の計で危うく騙されるとこ……っていやいやその位置のこけしは、俺のかああああーーーーっ!
おっと恐怖のあまり過剰な現実逃避をしていたようだ。
「ママ今日は何か特別な日だったかな?」
父さんが美味そうに肉を食いながら今更のように訊いた。
俺も知りたい。
「人間には三大欲求があるでしょう? 食欲、睡眠欲、性欲って」
「ああ、それが?」
父さんは飢えた獣のように皿の上のステーキを平らげている。
食欲でけえな。がっつき過ぎだろ。
普段会社でどんな貧相な昼食摂ってんの?
そんな父さんを気にせず(少しは気にしてあげて!)母さんは向かいに座る俺を見つめ続ける。
そうなんだよさっきからずっとこっち見てんだよ!
せめて瞬きくらいして母さん。ドライアイになるから!!
「食欲を満たせば
母さんのナイフがきらりと鋭く光った。
心なしそのやや血走った目(瞬きしないからだよそれ!)の奥も。
ナイフに付いたソースがあたかも血のようにゆっくりと銀製品(のように見せかけての鉄製)の表面を滑り落ち、パタリと皿の端に滴った。
俺は突っ込むのも忘れ、ごきゅっと咽を鳴らしてしまった。
そんなに昼間のあれが
「……わかったよ。早く寝る」
様々な観点から諦念を浮かべ俺は視線を下げた。
カタカタと、肉を切る手が震える。
ここは恐怖の食卓。
味噌汁の具……今日、
結局、感想はラインで送った。
――あの天使が彼女だったら俺は嫌だ。
それだけ。
奴は奴で、
――わかった。ありがと。
これだけ。
随分あっさりだろ。
これがイケメンの岡田辺りだと、
――これ誰が見ても
とかストレートに意見を送ったに違いない。
猫耳娘の漫画本を月曜日には持ってくるかな岡田のやつ。
これが佐藤辺りだときっとこんな感じだろう。
――ええとHHYK◎〒○☆Π……
何の暗号? 漏えいしたパスワード?
ちゃんと起きてる時にしてこい。
因みに十三回に一回はこういうの送ってくるんだよなあいつ。微妙な頻度だろ。え? 魔の頻度?
初めて来た時はゆめりと便意と佐藤の暗号の三重苦で朝は色々大変だった。
俺は高校からスマホをやっと持たせてもらえたが、ゆめりは小学生から既に持っていたからとっくに操作はスイスイだ。
俺がスマホを買ってもらった日なんかは、母さんが「松三朗スマホゲットだぜ~!」とか奴にメッセージを送っていたらしく、わざわざ使い方をレクチャーしてくれるためにうちに来てくれた。
なあ、いつの間に繋がってたのあの二人?
ここ最近の母さんのキャラが本気で掴めない。
因みにスマホ環境はゆめりに牛耳られて終わった。
個人情報?
奴にそんな
既に俺の生活領域は向こうの領地。くっこの上、電子領域上まで差し出せとは、さすがは俺の神聖なる脳内領域にもケチを付ける強欲な御方だ。
――俺にもっと自由をッ……!
海を渡って新天地アメリカに辿り着いた先人たちよ、どうかこの俺にその羽ばたき同様の勇気を分けてくれ!
まあでもさしてスマホを有効活用しているわけでもねえしな、俺はその件は考えない事にしている。
スマホがポコポコ鳴る度にいちいち見るのが面倒になった俺は、基本的に気が向いた時しか画面を見ない。
即レスとか既読を付けないとーなんてのを微塵も気にせず生きている。
携帯している意味がないが、絵を描いてる時は集中を欠くから邪魔なんだよな。
そう言えば、こんな俺の横着を知っているだろうにゆめりは「とっとと既読つけなさいよ!」とか「返事遅い!」とか乗り込んでは来ない。何故かこの点については大目に見てくれているらしく、今まで何も言って来ない。
まさか、一応絵を描く俺への気遣いなのか?
奴に俺への配慮ができたというのか!?
よし、善は急げだ。推測を確かめてみよう。
一つ解せないんだが、今まで俺の返事云々……と打ち込んで送信。
と、即レス。さすが今時女子。
――だって絵に集中してたら悪いじゃない。色使い綺麗であんたの絵好きだし。良い絵描いてほしいもの。
「……」
その通りだった。
え……マジかっ。
俺明日死ぬの? だから優しいの? ねえ?
俺は戸惑いながら透明なスマホの画面を見つめた。
あたかもその中に奴が居でもするかのように。
「なあ、明日マジで隕石でも落ちてくるんじゃねえの?」
普段ムチっつーか釘バットしかくれないくせに。
時々ホント、こういうところで奴って特上のアメくれるんだよな。
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