第22話 けもの達の戦い
密集した木々が地面に深い影を落とす。
夕暮れのしんりんちほーの森には、どこか独特の静けさがあった。
茜に色付いた空とは対照的な黒い森。まるで、その森から色を吸い上げいるかのように鮮やかに聳え立つサンドスター火山。
その火口から吹き出ているのは噴煙ではなく、サンドスターが密集してできた大きな結晶だ。
綺麗な立方体が幾つも重なるようにして形作られるその結晶は、光を受けると七色に輝く。
夕暮れの煌めきにも負けない光を放つその様は、まるで内に秘めている大きな力を誇示しているようだった。
その力のお陰で、ジャパリパークの中には様々な気候が存在し、けもの達がフレンズとなれるのである。
しかし同時に、その力は脅威も産み出した。
それが、セルリアンだ。
その脅威は今やパークの存続すらも脅かす程に大きくなっており、パーク職員の撤退も余儀無くされている状態だった。
それを阻止すべく立ち上がったのが、パークガイドを兼ね、調査隊長を勤めているヒト────ミライ。
そんな彼女に協力し、共にセルリアンに立ち向かうフレンズ達がいた。
カラカルとトキの2人も、そのフレンズの中に含まれている。
そんな2人は今、しんりんちほーの断層帯にできた大きな崖を物見やぐら代わりにして、サンドスター火山を監視していた。
それは、サンドスター・ロウを補充するため、そこに現れるであろう超大型セルリアンを待ち伏せするためだ。
「う~ん…。それにしても、こうして眺めてるだけっていうのも暇だなぁ」
カラカルがぽつりとぼやくが、それに返答はない。
彼女と一緒に監視任務に就いているトキが、いつの間にか眠りに堕ちてしまっていたからだ。
カラカル自身も不意な眠気に襲われる瞬間が何度もあり、ぼーっとしながら火山の方向を眺めていた。
そのため、隣に座っているトキが居眠りしている事にすら気が付いていない。
森の木々が風に揺れる様を眺めながら、監視を続けて半日程が経過していた。
火口付近の巨大なサンドスターの結晶がゆるゆると回転している様を眺めていると、どうしても眠くなってしまう。
カラカルが眠気に負けそうになり、少しウトウトしていると、何やら不穏な音が彼女の耳の房毛を揺らした。
眠い目を擦りながら、その方向に視線を向けると、何やら黒い影が見えた。
やがて、視界のピントが合ってくると、その影の正体がハッキリと見えてくる。
「あぁーー!! いたぁーーーー!!!」
そして正体に気が付くと同時に、カラカルはそう叫んでしまった。
何を隠そうそこに鎮座していた黒い影は、追っていた超大型セルリアンだったのだ。
カラカルの叫び声に驚いて、トキも飛び起きる。
「──! はわわわ! ど、どうしたの? カラカル」
いまいち状況が判らずキョロキョロするトキに、カラカルは口をパクパクさせながら何かを伝えようと必至にサンドスター火山の方向を指差していた。
そして、それに釣られて視線を移したトキの目にも、あの黒い巨体が飛び込んで来た。
その姿は、前に見た時とは大きく異なり、巨木のような脚も、長大な尻尾も無くなっていた。
胴体は完全に球体で、木の葉を照らす赤い陽光を遮りながらふよふよと木々の上に浮かんでいる。
大きさも、前に見た時の半分にも満たない程度で、一見してまったくの別個体のようだった。
しかしトキは一目見ただけで、それが超大型セルリアンだと理解できた。
光を拒絶しているかのように何も映していない大きな1つの目。妖しく光る黒い身体。そこに纏う禍々しいオーラ。
そのどれもが、記憶に刻まれた超大型セルリアンのそれと同じだったからだ。
カラカルも同じモノを感じていたようで、トキの横で姿勢を低くしながら毛を逆立てている。
「カラカル、ミライさんに連絡しましょう」
トキのその言葉で、先程までセルリアンを睨み付けながら牙を剥いていたカラカルが、ハッと我に返ったように顔を上げた。
「わたしが連絡するから、カラカルは、あのセルリアンを見張ってて」
そう言って、トキは駆け出す。そして、木の幹の下に置いた無線機まで駆け寄ると、電源を入れ、ダイヤルを操作した。
そしてアンテナを伸ばし、通話ボタンに指を伸ばした。
その時だった────。
「トキ! あぶない!!」
突然、突き飛ばされるような衝撃を受け、トキは真横に吹っ飛ばされた。
誰かに抱き付かれながら地面を転がり、身体の自由が効かないまま視界だけがグルングルンと激しく回る。
激しく目が回り、木も空も土もごちゃ混ぜになったような視界の中で、カラカルの声が響く。
「まさか、ここで奇襲とはね……。あたしらの運がわるいのか、それともセルリアンが一枚上手だったのか……」
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 ̄ ̄
一方同じ頃、アライグマとフェネックは空を飛んでいた。
「すごいのだ! タカは力持ちなんだな!」
初めて見る空からの景色にはしゃぐアライグマ。その目は、サンドスター火山に沈む夕陽を映してキラキラと輝いていた。
「アライさーん、あんまりはしゃぐと危ないよぉ~」
そんなアライグマのすぐ隣で、彼女がはしゃぐ様子を眺めているフェネックは、時おり落ちそうになるアライグマを見ては「危なかったねぇ」と言っている。
「あはは、安心しな。この程度じゃ落とさないから。それに、もし落ちたおしても、地面に着く前に追い付いてみせるわ」
いつも通りのクールな表情でそう言い放つタカ。その声は、自信に満ち溢れていてた。
タカの飛行速度は非常に速く、降下時には時速130kmにも達する。
更に、2人のフレンズを抱えた状態でも飛行可能なその強靭な翼を使えばもっと加速する事もできる。
そんなタカからすれば、落ちる獲物を捕まえる事など造作もない事なのだ。
2人を抱えたまま、タカは赤い空に栄えるサンドスター火山を見据える。
「目的地は、あの山でいいんだね?」
その問い掛けに、アライグマが答える。
「そうなのだ! あの山も高いから、きっとおっきなセルリアンを見つけられるのだ!」
「おーけー! それじゃあ一気に加速するから、しっかり掴まってて!!」
その言葉と共に、タカは頭上の翼を大きく羽ばたかせる。
その瞬間、それまでゆるゆるとした風に揺られていた髪が勢いよく後方へなびき、猛烈な加速感にアライグマとフェネックが驚きの声を上げた。
「おぉ?!」
「おー、すごいねぇ」
羽ばたく度にぐんぐん加速するタカは、茜色の大気に虹色のサンドスターを踊らせる。
その力強い羽ばたきは2人のフレンズを乗せ、サンドスター火山へと一直線に飛び去って行った。
同時刻、ロッジの一室────
その中を、ランタンの柔らかな灯りが照らし出していた。
独りで過ごすには少し広い部屋の中はさっぱりとしていて、中央に大きなテーブルが据えられていた。
テーブルの上には、ちょこんとラッキービーストが乗せられている。
そのエメラルドグリーンのつぶらな瞳には、1人のヒトが写し出されていた。
白い肌に栄える鮮やかな緑の髪。海のように青い瞳。
ジャパリパークのパークガイドの制服を身に纏ったその女性の名はミライ。
彼女は何やら物憂げな表情で、ラッキービーストを見詰めていた。
「ラッキーさん……。私は、どうすればいいんですかね?」
答えは無いと知りつつも、静かに問い掛ける。
今ミライを悩ませているのは、つい数十分前にラッキービーストを介して届けられた本部からのメッセージだった。
「このメッセージが『サーバルさんの前で再生されなかったのは幸いだった……』と言うべきでしょうか……?」
防水性に問題を抱えるラッキービーストは、文章を正しく音声ファイルに変換できず、文書形式のままホログラム投影でメッセージを表示した。
サーバルを初めとするフレンズはそのほとんどが、文字を読む事ができない。
だから、現状メッセージの内容を知っているのは、ミライだけだった。
どうして良いかわからず、思わず「レポートを纏める」と、適当に言い訳をして部屋を飛び出してしまったが、正直なにをするにも気力が湧いて来なかった。
でも、そうとばかりも言っていられない。
超大型セルリアンを探しに出ているフレンズ達はこうしている間にも何か手掛かりを見付けているかもしれないのだ。
サーバルに無線を任せっぱなしにしておく訳にもいかない。
「今は、落ち込んでる場合ではありませんね……。ラッキーさん。録画メモを起動してください」
ミライの声に反応したラッキービーストが、目をエメラルドグリーンに光らせながら答える。
「ワカッタ。ロクガメモヲ キドウスルヨ。キロクハ、ホログラム エイゾウ デ サイセイ デキルヨ」
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夕暮れ時の薄暗い森に、木が幹からへし折れる嫌な音が響く。
すり鉢状におおきくえぐられた地面には無数の槍のようなモノが突き刺さり、もうもうと立ち上る土煙が視界を濁らせていた。
「カラカル! 大丈夫!?」
「なんとかね……。トキは?」
「わたしも大丈夫よ」
カラカルとトキが、互いの死角を補い合うように構えを取り、濁った景色の向こう側を睨み付けていた。
4つの瞳が、野生解放により鋭い光を放つ。
その視線の先に居るのは、見たこともない形をしたセルリアンだった。
その身体は赤とも茶色とも形容しがたい不気味な色で、空中にふらふらと浮かんでいる。
更に胴体はバス程の大きさもあり細長く、左右には円筒状の突起。胴の中程には、一対の円盤が上に突き出ていた。
円盤からは無数の棘が生えていて、キリキリと不快な音が鳴る。
「あの棘をどうにかしないと……」
セルリアンの棘は、ただ生えているだけではない。
カラカルやトキに狙いを定め、飛んで来るのだ。
周囲の地面に突き刺さる無数の槍のような物は全て、あのセルリアンから飛んできたものだった。
離れていれば避けるのは簡単だが、至近距離であれに狙われたら、たちまち串刺しにされてしまうだろう。
おまけに相手は空を飛んでいる。空中で動く術を持たないカラカルは、近付く事すら難しかった。
「あのセルリアン。私たちだけではどうにも出来ないわ……!」
もし、この場にミライが居たなら、状況は違っただろう。
しかし、どんなに望んでも彼女はここに存在せず、唯一連絡をとれる手段であった無線機も、セルリアンの最初の一撃で破壊されてしまった。
2人だけでどうにかできる相手ではない。
逃げようにも、セルリアンの遠距離攻撃がそれをゆるさなかった。
セルリアンが2人に棘を指向し、狙いを定める。
カラカルとトキは、残り少なくなったサンドスターで野生解放を維持して、攻撃の機をうかがっていた。
そして、セルリアンの身体がぐぐっ収縮し、棘が放たれようとした。
その時────
「ゎぁぁああああああーーーーっ!!」
聞き覚えのある声が上から降ってきた。
その声はそのまま無防備になったセルリアンの直上に激突し、弾力のある半透明の身体が大きく凹んだ。
それによってセルリアンの棘は狙いを大きく外して、明後日の方向に飛び去る。
セルリアンは激突の衝撃に堪えきれなかったのか、そのままゆっくりと落下を始めた。
カラカルとトキが、セルリアンに激突した"何か"をよく見ると、見覚えのある灰色と黒の縞々の尻尾が生えている。
「アライ……、さん?」
いまいち事態を飲み込めず2人がポカーンとしていると、空から急降下してくるもう1つの影が現れた。
新たに現れた影は、アライグマを掬い上げるように拐うと、そのままぐんっと急上昇を開始する。
気が付けば、アライグマを拐った影は、大きな土煙を上げて墜落したセルリアンを尻目にあっという間に空高く舞い上がっていった。
「おかえり~、アライさん」
「いい攻撃だったわ! 上出来ね」
間延びしたフェネックの声と、満足げなタカの声がアライグマを出迎える。
「ひどいのだ! アライさんまで地面に落ちたらどうするのだ!」
じたばたと抗議するアライグマ。
そんな彼女に、タカは急旋回しながらクールに答えた。
「言ったはずよ。『地面に着く前に必ず追い付く』ってね!」
地上では、墜落したセルリアンが、ギギィーーー! と金属が擦れるような悲鳴を上げていた。
墜落した衝撃でかなりのダメージを受けたのか、空へ浮き上がる様子がなかった。
しかし、まだ倒した訳ではない。
セルリアンは、飛べこそしないものの、その大きな光の無い目をギョロリと動かし、空中を旋回するタカを捉える。
次の瞬間、セルリアンは円盤から生える棘をタカに全て指向し、タカに狙いを定め、放った。
しかし、────
「させるかぁーー!!」
その叫びと共に振り下ろされた鋭い爪がセルリアンの身体を大きく抉った。
完全に上空に気を取られ、がら空きになった正面からカラカルが渾身の一撃を叩き込んだのだ。
体表を大きく削られたセルリアンは、ギ……、ギッ!と短い悲鳴を上げる。
「わたしの仲間を、傷つけないで……!」
カラカルに続き、トキも攻撃に加わる。
その羽ばたきによる衝撃波は、セルリアンの体表に生えた棘を吹き飛ばし、セルリアンから攻撃の手段を奪った。
「タカ! いまなのだ!」
そのアライグマの言葉にタカは無言で頷き、セルリアンに迫った。
タカは急降下しながらも、セルリアンの真上を陣取る。
そして、そのままアライグマとフェネックをセルリアンに向けてぶん投げた。
「いくのだ。フェネック!」
「はいよ~!!」
フェネックののんびりと間延びした声とは対称的に、2人の手にはけものの爪が鋭く光る。
野生解放に煌めく4つの瞳が、サンドスターの軌跡を残してセルリアンに迫った。
「そこね……!」
アライグマとフェネックを送り出した後、再び上空へと戻っていたタカ。
彼女は、アライグマとフェネックの攻撃によって露出したセルリアンの核に狙いを定め、降下を開始した。
「核がみえた……! トキ、行くぞ!」
「わかったわ!」
カラカルの掛け声で、2人が同時に駆け出す。
最後のサンドスターを振り絞って、野生解放を全開に保ったまま迫り来るけものを見たセルリアンが短い悲鳴を上げた。
そして2人の攻撃と同時、真上から急降下してきたタカの鋭い飛び蹴りがセルリアンに突き刺さる。
次の瞬間、三方向からの攻撃を同時に受けたセルリアンの核が砕けた。
群青に染まり始めたしんりんちほーの静かな空に、『ぱっかーんっ!』とセルリアンが弾ける音が鮮やかに響き渡った。
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