キミとボクの物語

わがまま娘

ボクらだけのミライ

「う~ん」

 惣菜コーナーで腕を組んでうなるキミ。それを呆れ顔で見ているボク。

 週に1度はそんなことがある。料理ができないキミがボクのために夕飯をなんとか用意しようとして惣菜コーナーでいろいろ思案するんだ。

「ねぇ。やっぱり今日もボクが作るよ」

 痺れを切らしてボクが声をかけても、キミは真剣にお惣菜とにらめっこしている。

 本当は、キミもちゃんと料理ができること、ボクは知っている。

 キミは本当はすごく家事が好きなこと、ボクは知っている。

 それでも、キミはお惣菜を食べたがるんだ。多分、いつもと違う味が欲しいんだと思う。

 散々悩んで、キミが手にした惣菜はコロッケで。でもそれは、決して晩御飯に出てくることはない。なぜなら、キミが帰り道、おやつと称して食べてしまうから……。

 そして、キミは家に帰ってからせこせこと何かを作り始めるんだ。



 今でこそ、一緒に暮らしているけれど、結婚した当初は直線距離300kmの遠距離夫婦だった。理由は特にない。しいていうなら、結婚は手段だったといったところか。一緒にいることが目的もなかったし、なにより当時彼女とボクは付き合ってもなかった。

 それがいきなり“結婚”に至ったのは、春の足音が聞こえ始めたときに起きたできごとが原因だった。それを知ったのは半年も後の秋のことだったのだ。

 半年も後だった、それがボクらの始まりで、今をつなぐ全て。

 “後悔”と“不安”が全てだった。



 隣を見るとおいしそうにコロッケを食べながら歩くキミがいる。

 なんでもここはコロッケの消費量が全国でトップクラスなんだそうで。売り場には、尋常じゃない数のコロッケが並んでいて、初めて見たときはさすがに驚いた。

 コロッケ以外に購入したのは、ニンジンとお肉ぐらいだ。今日の晩御飯はカレーだと思う。ジャガイモもタマネギもルーも確か家にあったと思う。キミの作るカレーは、すごく甘いんだ。でもちょっと懐かしいって思う。学校給食で食べた、あのカレーの味がする。



 ボクらの出会いはもう20年近く前になる。そう思ったら、随分長い時間のようだけど、時間だけが長くて関係は限りなく希薄だった。

 当時は3人でつるむことが多かった。ボクと彼女と彼の3人。

 土曜日の夜はよく、朝までずっとたわいもない話をし続けた。大好きな食べ物の話や本の話。大学の課題の話にコイバナも。

 でも、ずっと顔は知らないままで。声も知らない。

 知っているのは、その言葉を紡ぎだすスピードと言葉遣いぐらい。機械の性能もあるだろうから、本来のタイピング速度ではないはず。

 ずっとパソコンの、ネットの向こうのヒトたちだった。

 そんな彼女と彼に現実世界であったのは、今から10年前になる。特に何か理由があったわけではなかった。

 会えたらいいね、といい続けていたら、その機会が来ただけ。初めて会ったのに、全然初めてじゃないみたいだった。ずっと3人で遊んできたような錯覚さえ覚えた。



 気がつけば、キミは2つ目のコロッケに手をかけている。

「そんなに食べたら、お腹いっぱいになっちゃうよ」

 呆れ顔でボクはキミを見る。

「う~ぅ」

 2つ目をくわえたまま、キミがボクを恨めしそうに見上げる。その顔が、ちょっと可愛いって思ってしまう。

「食べてもいいけど、ちゃんと夕飯も食べないと駄目だよ」

 苦笑いをして、ボクはそう言った。

「わかった」っと言って、幸せそうに食べ始めたキミ。

 でもね。キミはいつも2つ目を食べ終えてから言うんだ。「やっぱり2つは多いね。1つにしておけばよかった」って。



 それから何年か過ぎた。みんなそれぞれの道を歩き始めて、会社での地位も出てきて互いに忙しくなり疎遠になっていた。

 そんなある日、彼女から何年かぶりのメールが届いた。その内容を見て、ひどく後悔した。

 自分のことで手がいっぱいだった、と言えばそうだけど、それさえも言い訳にしか聞こえない気がした。

 あまりのショックにはじめはそこに書かれていたことを理解するのに時間がかかった。彼が逝ってしまった、その意味がわからなかった。いやただ、それを受け入れるには心の準備ができていなかっただけで。時間が経つにつれて、その事実が体に染み込んで、気がついたら涙が流れていた。

 彼がいなくなったことがきっかけで、彼女と再会を果たした。彼の自宅へ焼香をあげに行った時だ。

 焼香をあげた帰り、彼女と別れた後、ひどく不安にかられた。彼女と再び会う日が来るのだろうか、って。自分が知らないところで、彼女がいなくなる可能性だってある。それがひどく不安だった。彼がいなくなったと知ったときの後悔が大きく、彼女のときもひどく後悔するのではないかと不安になった。



「あ」

 キミが急に声を上げた。

「どうしたの?」

 キミはゆっくりボクの方を向いて、言った。「福神漬け買うの忘れた」って。

 キミは福神漬け派で、ボクはらっきょう派。

「そういえば、らっきょうも買ってくれてないよね」と言えば、「あぁ、そうだね」ってキミはがっくし肩を落として落ち込む。

「買いに戻る?」ボクが問えば、「らっきょう食べたい?」と逆に問い返すキミ。キミの中では、もう福神漬けは諦めたってことなんだと思う。キミは、本当に必要なものにしかこだわらない。だから、はたから見るとすごく諦めが良いように見える。ボクはキミのそのさっぱりとしたところが好きだ。

「ううん、いらない」

 ボクの言葉を聴きながら、キミは2つ目のコロッケの最後の一口を食べた。

 ほらね。やっぱり今日はカレーだ。



 結局あんなに後悔したはずなのに、彼女とはすぐに音信不通になった。

 今まで生活の中に組み込まれてこなかっただけに、こまめに連絡を取り合う習慣を持つのは難しかった。というのはやはり言い訳か。

 そんな状態で何年も過ぎ、次に彼女と会ったのは仕事の帰りだった。駅に向かって歩いていると、すれ違ったんだ。県外に住むはずの彼女と。一瞬人違いだと思ったけど、振り返って確認したかった。そしたら、彼女も振り返ってこっちを見てた。

「やっぱり」

 ふたりの声が重なって、笑みがこぼれた。

 それから、コーヒーを飲みながら、話をした。本当にたわいもない話ばかり。大好きな食べ物の話や本の話。仕事の話にコイバナとか。

 そう。コイバナのところでふたり、一瞬空気が変わったんだ。

 後悔と不安からきた、ある答え。

 お互いに同じことを思っていて、それをいかに伝えるかをずっと考えていたんだと思う。

 それに、彼女は気が付いたはずなのに、そっと話題を変えた。ボクのため、と思ったんだと思う。なんだか、それがひどく悲しくて、なんの脈絡も無くボクはボソッと呟いた。

「結婚しよう」

「え?」

 言っている意味が分からない、ということではなくて、単純に彼女は聞き返しただけだと後から気が付いたんだ。だけど、そのときは前者だと思ってボクは声を荒げてしまった。

「だから!!」

 一瞬にして、店内の視線がボクに集まった。彼女がビックリしてボクを見た。そして、クスクスと笑った。

「いや~、ビックリした。そんなに感情的になるとは思わなかった。ごめん、聞き取れなくて」

「こっちこそごめん。嫌な思いさせて」

「で、何?」

 今聞き返されても、もう一度同じことを言う元気がボクにはなかった。ただ、そうして無言の時間が流れても、彼女はお構いなしにコーヒーを飲んでいた。

 結局、別れ際に「結婚しよう」って言ったら、ひとつ返事で彼女が了解した。

 それから、婚姻届は出したけど、何も変わらない生活をしていた。

 “結婚”して変わったことといえば、彼の命日に近い休日、彼のお墓参りにふたりで行くようになったことぐらいだろうか。

 年に1度しか会えない、織姫と彦星のような感じだった。



 ボクとキミが一緒に暮らすようになったのは、キミが会社を辞めると言い出したことがきっかけだった。

 彼がいなくなり、キミが思うキミだけの人生を歩こうと決めたときに、生きるための生活と自分らしい生活との二重生活は不可能だと悟ったんだって。

 それを聞いたとき、ボクもボクだけの人生を歩こうと思った。ボクだけの人生なのに、キミがいないと寂しいと思った。だから、キミが思うキミだけの人生に、ボクも寄り添いたくて引っ越してきた。キミが思うキミだけの人生を一番近くで見届けたくて。今は、キミがボクの人生の全てだと思う。キミのこと、愛しいって思うんだ。守りたいって思うんだ。

 買い物袋を肩から提げて、空を見上げながら楽しそうに鼻歌を歌いながら歩くキミ。そのまま、街路樹に激突したこともあるのに、キミはそんなこと忘れてしまっているみたい。

「前、見てないとまたぶつかるよ」

 キミの手を引いて、その体をボクに引き寄せる。

「大丈夫。ぶつかる前にちゃんととめてくれれば」

 ニンマリ笑って、キミがボクを見上げる。

 その笑顔、卑怯だと思う。ボクのことどう思っているのかわからないから、余計にもどかしい。きっとキミも、友達以上にはボクのこと好きでいてくれているとは思うけど……。

「そうだね」ボクが苦笑いする。

 これからも、ふたりでこうやって歩いていくんだよね。

 ボクらが思うボクらだけの人生を。

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