煙草を吸う理由
みらい
煙草を吸う理由
私は煙草を吸わない。
体に悪いから、お金がかかるから、臭いが嫌いだから、煙草への嫌悪感は人それぞれあると思う。だけど、私にはこれといった理由がない。
強いて言うなら、27歳。この年齢まで吸わずにきてしまったから、というのが絞り出せる唯一の理由だろう。
けれど、煙草を吸えない人より、吸える人のほうが確実に生活は有意義だ。それは間違いない。と、私は思う。
煙草を吸わない人は煙草の臭いに敏感だ。
やはり洋服や髪の毛に嗅ぎ慣れない臭いが染みつくのは良い気がしない。けれども、煙草を吸うようになればその臭いすら匂いに変わり、自分の生活の一部に変える事が出来る。
気になる臭いが一つ消えるというのは生きていく中でとても有益な事で、お金や体調のリスクに比べても多いに勝る要因だ。
今、私の目の前に座る恋人のAも喫煙者である。
彼が吸っている煙草はキャスターマイルド。バニラのような甘い匂いで、吸わない私にも親しみやすい銘柄だ。
AM9:00。彼の部屋で二人仲良くいつもより少し遅めの朝食を食べている。
少し開け放った窓から差し込む光と、ふんわりカーテンを揺らす風が心地よい土曜の朝。
私より先に朝食を終えた彼は、いつも通りコーヒーと煙草を口にしながら読書をする。
トーストを噛りながら彼に問いかける。
「おいしい?」
「ん?コーヒー?」
唐突な質問にニコリと笑顔で返してくれる彼。
「煙草」
「あぁ、別に美味しいとかはあまり思わないかな。習慣的なものさ」
彼は文字を目で追いながら優しい口調で返す。
彼が煙草を吸いながら読書をする姿は素敵だ。付き合いだして3年になるが、この時の彼ほど輝いている瞬間はない。彼に言うとショックを受けるかもしれないが、私には幸せな光景なのだ。
「君は頑なに吸わないな」
煙草を灰皿に押し付けながら彼が言う。
「別に頑ななわけじゃないわ、この歳まで吸わなかったから今更ってなだけ」
「ふーん、一本吸ってみる?」
彼が無邪気な笑顔で、箱から一本出しこちらに差し出す。煙草を差出す姿も格好いい。
煙草を吸ったことがないわけではない。学生時代に友達はみんな吸っていたし、興味本意で口にしたこともある。あの時はどうだったかな?
当時のことを思い出しながら、彼から差し出された煙草を一本もらう。
口にくわえ、息を吸いながら先端に火をつける。視界に綺麗な赤が灯る。
スゥっと煙を肺に落とし、そして吐きだ…
「ゲホっゲホっ」
学生時代の記憶がフラッシュバックする。
そういえばこんな風にむせて、笑われたっけ。
目に涙を浮かべながら遠い記憶をなぞる。
そんな自分に笑ってしまう。
目の前で彼も笑う。
「あ〜あぁ」
笑いを落ち着かせ、指で涙を拭いながら思う。
私はこれからも吸わないだろうな。
すると彼は、私の指から静かに煙草を取り上げ、自分の口に運ぶ。そして、深く吸い込みスマートに煙を吐き出す。そんな彼に私は笑いかける。
「うん、今日も素敵だよ」
煙草を吸う理由 みらい @debukinoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます