ツンデレも大概にしろ!
ふぐりたつお
本編
慣れない特急列車に二時間揺られ、そのあとさらに支線に乗り換えて一時間半。俺は高校を卒業して以来三年ぶりに、生まれ育った故郷の地を踏んだ。
売店も待合室もないみすぼらしい駅舎を出てきょろきょろしていると、真っ赤な軽自動車が目に入った。いや、もっと正確に言うなら、その隣に立っている若い女がこちらをじっと睨んでいることに気が付いた、というべきか。
俺は一瞬ぎょっとして、しかしすぐにそちらへ駆け寄った。女が幼馴染でありはとこでもある
「遅いわよ。待ちくたびれたわ」
「迎えにきてくれたんだ。ありがとう。久しぶり」
遥は無愛想に「別に」とだけ言って助手席側のドアを開け、自分はさっさと運転席に乗り込んでしまう。僕はやれやれとため息をついて軽自動車に乗り込んだ。
俺と遥は車中でもお互い見慣れない喪服姿をチラチラと盗み見るだけで、ほとんど無言のまま通夜会場である本家の屋敷に到着した。しかしそんな風に余所余所しくても、葬儀に彼女という同年代の気安い幼馴染がいてくれることが、俺にとってはささやかな安堵の種なのだった。
何しろ、祖父と祖母の不仲は親戚一同の知るところであり悩みの種でもあったからだ。
諍いはそもそも二人が結婚した時点から……いや、それ以前から始まっていたという。それはいわば政略結婚だった。お互い他に想い人がいる中、お家のためにと一緒にさせられたわけだ。結納の席で祖母は自分が嫁に行く家の面々を目の前にして、祖父に
「私はあなたに嫁ぎます、ですが心からお慕いすることは決してありません」
と演説をぶったという。
ただ祖父の側は少し事情が違っていて、生前には孫である俺にこう漏らしたこともある。
「それでも俺はだんだんあいつを好きになったし、仲良くやろうと努力もしたんだ。だがあいつはダメだ。いつもガミガミガミガミと取りつく島もない」
祖母の夫に対する憎しみはいかばかりだったのだろうか。老齢になり認知症の傾向が出てくると、病に伏せる夫に対しても怒涛のごとく怒鳴り散らしては周囲をハラハラさせたという。
だから今日の葬式でも、祖母が何か騒ぎを起こすのではないかと家族は皆ピリピリしていたのだ。
しかし意外にも、通夜の準備は滞りなく進んでいた。業者によって祭壇が組み立てられ、方々から送られてきた生花が並べられた。祖父はすっかり痩せた姿で祭壇の前に寝かされていた。
大往生だったので、大人たちは穏やかな表情をしていた。俺などは遊んでもらった記憶が蘇って泣きそうになってしまい、
「勘違いしないでよね」
とかいいながら遙がそっとハンカチを差し出してくれたりもしたが、実のところだいぶ前から危ないと知らされていたから不思議と取り乱しはしなかった。
祖母はというと騒ぎこそ起こさぬものの、しおらしくする気は毛頭内ないようだった。大方の予想通り、引っ切り無しにぐちぐちと祖父の悪口やら恨み言を口にし、「ばあちゃん、なんで最後くらい家族らしく送り出してやれねえんだ!」と息子たちからも窘められる始末だ。しかしいつものことといえばいつものこと。
そして、納棺の時がやってきた。死化粧を済ませた祖父が、専門の業者によって白木の棺桶に納められる。いよいよ棺に蓋をするという段になり、葬儀屋が近親者を集めた。
「最後のお別れでございます。どうぞ皆様、お一言づつお言葉をかけて差し上げてください」
いくらか演技がかった口調で葬儀屋が言うと、みんな口々に感謝や別れの言葉を口にした。そっけない言葉があり、心からの哀切があり、つかの間の熱狂があった。俺も遥も思わず涙ぐんだ。
……そうして最後に残ったのが祖母だった。
事情を知るものはしんと静まり返った。皆内心で、祖母が暴言を吐いて最期のお別れをぶち壊しにするのではないかと恐れていたのだ。
「あんた、あの世へ行ったら……」
と、果たして祖母が口を開き、一層緊張が走る。
「あの世へ行ったら、あたしなんかのことはすっぱりと忘れてください。素直になれなかったあたしを恨んでいるでしょう。六十年も照れ隠しを続けて……馬鹿な女です。本当はずっと、お慕いしておりました。あんたと一緒になれて、あたしは幸せ者でした」
俺たちはもちろん揃って呆気にとられてしまった。
そしてその沈黙がすすり泣きに変わっていく。遥も含め、祖母の六十年越しの告白に感きわまる親族も多かったようだ。
だけどな、半世紀以上だぞ?
幾ら何でもタメが長すぎる。
俺は内心でツッコまずにはいられなかった。
ツンデレも大概にしろ!ってな。
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