電車の中
藤森空音
電車の中から見えたもの
あなたには、何が見えますか。
目の前の電車の窓から、見えるものは何ですか。平和な世界ですか。争いの世界ですか。
それとも、一面の朝焼けですか。
「朝焼けが見える。 夕焼けとは違う、紫がかった赤いそら」
そうですか。それは、綺麗な景色ですね。では、それ以外に何か見えますか?
「何も。一面同じ朝焼けだ。窓いっぱいに広がっている」
そうですか。では、電車を進めてみましょうか。
「うおっ」
驚きましたか? ですが、電車は動いてこそ、その本領を発揮します。なので、これから電車は動きます。それに従って、窓の外も変わります。次は何が見えますか?
「田んぼが見える。綺麗な田園風景。向こう側、線路と並行するように茅葺屋根の家が並んでいる。」
そうですか。人はいますか?
「誰もいない。静かだ」
いませんか。
「ああ」
そうですか。では、変化があったら「人だ。小さくてわかりにくいけど、犬を連れて歩いてる」
ふむ。散歩でもしているのですか?
「おそらくは」
そうですか。風景は変わりませんか?
「そうだな、人がぽつぽつ増えてきている以外は特に変化は無いな」
わかりました。では、この調子で電車を進めていきましょう。
ガタンゴトン、電車は進むよ、どこまでもー。
「お! 高速道路だ。奥の山に向って伸びてる。しっかりした柱に道路がかかっている。山の入り口はトンネルになってるみたいだ」
ほう、トンネルと高速道路ですか。車は……ってわかりませんね。
「そうだな、壁みたいなのが邪魔してわからんな」
ですよね。わかりました。「うわ。なんか突然暗くなった。と思ったら抜けた」
おそらく、先ほどの高速道路の下を通ったのでしょう。
「そうか。そう言えば、一瞬だったけど柱っぽいのの所に男の子が座ってこっち見てた」
ほう。男の子ですか。どんな服装でした?
「着物かな、でも、白っぽかったし。それぐらいしか」
そうですか。
「お、商店街か。八百屋とか、花屋、果物屋に魚屋。いろんな店が並んでるな。あ、あの住宅の通りの中には駄菓子屋がある。さすがに、子供は居ないが」
商店街に駄菓子屋ですか。面白いですね。商店街に人は居ましたか?
「ああ、店の人とか買い物に来てる主婦とかがいた」
そうですか。先ほどよりは人が増えているのですね。
「そうだな、それに家も瓦屋根とかアパートとかが並んでる」
家まで変わりましたか……なかなか面白いですね。他になにか変化は無いですか?
「駅らしき物が見えるな。人も結構集まってるみたいだ」
そうですか、其処に人は居ますか?
「ああ、居るぞそれに電車も来た。白っぽい車体に青かなにかの線が入っている」
白の電車ですか。
「ああ、白の電車。こっち側より、早く走っていったが」
気になりますか。
「ああ」
そうですか、では一気にそれを追いかけてみましょうか。
「出来るのか」
もちろんですよ、同じような光景を長々と見ているのも退屈でしょう。かなり揺れますから、注意してくださいね。行きますよ。
「うわっ。びっくりした」
揺れると言ったでしょう。さて、これで先ほどの電車にも追いつきましたよ。どうやら、駅に入ったところの様ですね。では、これからも何か見えたら教えてください。
「ああ。ビルが見える。テレビで見た事あるような、東京の風景。高層ビルが立ち並び、たくさんの人々が行き交う街」
東京ですか。それに、高層ビル。人はどんな服装をしていますか。
「スーツを着た人、キャリーバックを引く女性。ブレザーを着た高校生。それに、主婦もいるな」
いろいろな人が居るのですね。空はどうですか。
「青い。太陽が照ってる。だけど、今までよりも少し淀んでいるような感じがする。それに、ビルが多くて空が遮られている」
ふむ。空が遮られている、と。車などはありますか。
「今までで一番多いんじゃないか。トラックやバスなんかも走ってるし、乗用車もいろいろな色形がある」
そうですか。では、「! あの子!」どうかしましたか、突然立ち上がって。
「高速道路の下で俺を見ていた子が居た。ランドセルを背負って、こっちを見てた。洋服を着て、ジッと立ってた」
なんと。珍しい。同じ少年と出会うなんて。これからも出会うかもしれませんね。
「な。白々しい言い方だな」
何を其処まで取り乱しているのか知りませんが、他人事ですからね。それとも、少年から殺意でも感じましたか。
「……そういう訳じゃないが、不気味だったんだ」
そうですか。まあ、確かにずっと見つめられたら、気味悪いですね。さて、気を取り直して。窓の外には何が見えますか。
「帰りを急ぐ人や、公園で遊ぶ子供達。それに、家々の白い外壁」
白い壁ですか。
「ああ。其処に赤い夕焼けが反射して、燃えてるみたいだ」
ふむ。燃えてるよう……ですか。気をつけてくださいね。何があるかわかりませんから。
「それは、なんの忠告だ」
さあ、なんですかね。では、続けましょ、っ! 何です、何事ですか!
『緊急事態。爆弾が近くに落とされたようです。列車の運行には問題ありません。くれぐれも、立ち歩かぬようお願いいたします』
そうですか、運行に問題が無ければよいのです。では、続けましょう。目の前の窓の外には何が見えますか。
「続けるのかよ。」
もちろんです。あ、くれぐれも立ち歩かぬようにお願いしますね。何があるか、わかりませんから。
「……っち。わかった。家が燃えてる。それに、人々が逃げてる」
どんな燃え方をしていますか。
「屋根から崩れ落ちるように、庭の木から木へと火が回って、いろいろな燃え方。所謂火事だ」
そうですか。では、逃げている人々はどうですか。
「……泣き叫びながら、走っている子、子供を抱えたお母さん。隠れて電話をかけている女子高生」
ふむ。では、その人達はどこに向っていますか。
「小学校。避難所なのかな」
小学校、ですか。
「ああ。ん? あれは、戦車か? 自衛隊ではなさそうだが」
軍隊ですか?
「ああ、小学校に乗り込んでいってる。銃を持った兵隊が車からおりてきた」
ほう。彼らはどれくらいの背格好ですか。
「小学生ぐらいから、大学生ぐらいまで。おい、何する気だ!」
どうしました。突然、たちあがって。
「子供達を並ばせた。 んで、銃を構えてんだよ! ふざけんな。何やってんだ」
とりあえず、座ったらどうです。立ち歩かないようにと、言いましたよね。
「あ、あ……すまない。」
そうです、そうです。そうやって、座っておかないと、何があるかわかりませんから、ね。
「あ、ああ。 うっ!」
何故目をそらすのです。何があったのですか。あなたには、伝える義務があるのです。さぁ、窓の外の光景を。
「子供達が一斉に撃たれた。飛び散った血で地面や壁は赤くなり、子供達は崩れ落ちる。其処に、また別の子供達を並べて、殺している」
そうですか。では、子供達の反応は「なんで、そんなに冷静なんだよ」
なにがです。
「目の前で、子供が殺されてるんだぞ、なんでそんなに冷静で居られるんだよ」
何の事だか。貴方の目の前で起こっている事が、私の目の前で起こっている事だと思わないでいただきたい。
「なんなんだよ。お前」
さあ。何なんでしょうね。不毛な言い争いはもういいでしょう。さあ、続けますよ。
なにが、見えますか。
「少年兵が返り血を浴びた顔でこっちを向く。口角をつり上げ、俺に向って、笑った」
ほう。笑ったのですか。彼が。珍しい事もある物だ。彼は、どんな姿ですか。
「全身に、殺した子供達の返り血を浴びてる。カーキ色の軍服を血の赤で濁った色に染めて、こっちを向いてニタァと笑いながら、壁に並んだ子供達に銃を向けている」
そうですか。返り血で軍服を。結構な人数を殺したんですかね?
「そうじゃないか。俺はわからないが、さっきから、一度殺すごとにこちらを視線で追っているから」
そうですか。完全に気づかれましたね。では、子供達以外はどうして居るのですか。
「女性は奥に連れて行かれた。男性達は車に乗せられている所だ」
ふむ。表情はわかりますか。男性の。
「わからない」
そうですか。なら、仕方ありませんね。電車の速度を戻してください。
『かしこまりました』
「どういう事だ。遅いなとは思っていたが、わざとだったのか」
さあ、どうでしょうねえ。ただ、あなたが立ち上がるから、速度を出せなかったのかもしれませんよ。詳しくはわかりませんが。さて。何が見えますか。
「暗い。何も見えない。いや、道か。すぐ目の前に道がある。街頭も無い、月明かりに照らされた道」
道ですか。それは、線路に垂直にですか。それとも。
「平行に。そして、その道の真ん中を、明るい色のスーツを着た女性がまっすぐ前を見据えて歩いている。車は、ない」
女性が。そうですか。実に面白い。珍しい事が多いですね。彼女を見つけられましたか。さて、何が貴方を其処までしたのですかね。なかなか、今回は面白い。ふふふ。あなたは実にいい存在だ。
「どういう事だよ」
『もうすぐ終点、終点』
おや、終点のようですよ。さあ、電車からおりましょうか。ほら、立ち上がって。
「あ、ああ」
『あーあ。歩いちゃった』
そうですね。さ、あ。駅デスよ。終点の、駅ですよ。
「お、お前……あの、子供か」
さあ、貴方の目には何が見えますか。人柱となって死んでいった少年ですか、ランドセルを背負って一人で歩く少年ですか。それとも、少年兵と成って、虐殺をさせられた少年ですか。
「少年だ……人柱と成って、一人で歩き、虐殺をさせられてた。そして、さっき小学校で俺に向けた、ニタァという笑い顔で、俺に向って銃を構えている。そして、引き金に手をかけ……
「へぇ、僕のこと、ちゃんと気づいてたんだ。気づいてないのかと思ったよ。よかった。
もう聞こえなくなるよね、また遊んでね」
あなたはそのまま、気を失った。そして。
あなたには、何が見えますか。
目の前の電車の窓から、見えるものは何ですか。平和な世界ですか。争いの世界ですか。
それとも、君に笑いかける少年の姿ですか。
電車の中 藤森空音 @karaoto
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