第5話

 

 葬儀式の途中で、引導の文を読む段がある。その文の内容は、故人がいかなる人生を歩んできたかであり、それを讃え、仏様に報告をする意味合いを持つ。


 その文章を作るのは、戻ってきたばかりの法道には無理。普段から檀家に接している上で聞いた話を解釈していく必要があるので、その経歴が長い住職でないと、いい塩梅の文章が作れない。葬儀のために法道が準備できることと言えば、せいぜい着用する衣や袈裟を用意するくらい。法道ができないことすべてを住職が一人で用意する。引導文の用意もその一つ。

 そしてその文章を葬儀式の途中で奉読することで、檀家に対する菩提寺の責任者として、故人にとってこの世で最後の、仏様との縁を結ぶ。


 枕経の後の様々な相談などの話をするときに、引導文を書くために故人についてのお話もこちらから伺う。

 その内容をメモなどで記録し、故人について聞いた話を分かりやすい文章にしてその中に組み込み引導文を完成させていく。



 それから故人の話を聞くばかりではなく、日程や時間割などの予定も立てなければならない。この時点で大抵葬儀社のスタッフも介入してくる。火葬場の空き時間をチェックしてくれたり、地域によっては火葬場は役所が運営しているので、役所への届けを促してくれたりする。そしてその時間を基準にして、出棺と出棺のための法要の時間を逆算して時間を決めたり、最近では式場は葬儀社の催事場で行われることも多く、その予約時間も入れてくれたりする。

 そのようにして葬儀一連の日時の予定がこの時点でほぼ決まる。


 故人については生年月日と亡くなられた日時は当然。性格や仕事、趣味や特技などはもちろんのこと、多少にかかわらず功績や業績についても聞く。


 

 いずれ、どんな人生を歩んでこられたかを把握する必要がある。

 故人のことを偲ぶための引導文を作るためであるが、そればかりではなく、戒名につける漢字を選ばなければならない。そのための非常に大事な手がかりにもなるからだ。


 

 しかし今の時代、個人情報漏えいに敏感なようで、改めて訊ねるとこちらの聞きたいことは話をしてもらえないことが多くなった。


 それまでは住職が表舞台に立っていたので、当然法道はそのやりとりをただ見ているだけ。

 しかし住職不在で自分一人でとなると、見て聞いて覚えたことすべてが活かせるかというと、簡単ではない。


 事情が檀家一軒一軒違うので、どの檀家でも対応できる方法というものがほとんどない。

 ましてや若造という目で見る檀家もいたし、頼りがいがある住職に来てほしかったという声を直に聞くこともあった。


 日常での会話ならいろんな話をすることも聞くこともできる。ところが、知りたい相手は、亡くなった直後の本人についてである。ましてや聞く相手は、大切な人を失って、喪失感が消えない遺族。

 いつもなら住職がやっていたことを、この場では法道が取り仕切らなければならない。そして聞くことができた話を住職に伝える役割も果たさねばならない。


 話を聞く難しさに神経をすり減らす。下手な言葉遣い一つで、遺族の逆鱗に触れかねないこともある。


 話を聞いていくうちに、悲しみを新たにする人もいる。思い出話に夢中になると、もちろんその中で故人の大切な話が含まれる場合があるから聞き逃せないのだが、肝心なことを聞き忘れることもある。そのようなことがあると、引導の文章の作成自体難しくなることもある。結果、後で電話で新たに確認する場合もあり、それが遺族にとってさらに負担になることもある。


 これ以降、枕経の法要も法道一人に任されることは多くなる。

 しかし聞く必要があることを聞けず、何度も住職から叱責を受けることも多くなった。


 そういうことで、改めてこの仕事の大変さを知り、つくづく住職なしでは何もできないことを思い知らされた法道。会話の仕方から見直し、日常での自分のあらゆる行動も、その理由の一つに仕事をあげられるような思考を持つことを試み始めた。

 少しでも自分の言動に重みを感じてもらえるのではなかろうか という発想である。

 檀家だって住職と頻繁に会って、その人物像を把握しているわけではない。その点は法道とさほど変わりはない。しかし人生経験は間違いなく豊富であり、寺院を運営していることで社会のことも知っている。法道にはそれが足りない。日頃からそのような発想を持つことによって、一回だけとはいえ毎月の檀家との関わりがある中で、仏事においてはさらに頼りがいを感じてもらえるのではなかろうかと思ったのである。

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