剣さんの虫取り


「おーい!!」


あれ?

つるぎさんが庭から呼んでる。


読んでた本をソファーに置き、

私はリビングから庭に顔を出した。


「どうしたんですか?つるぎさ」


彼と一緒にいたを見たせいで、

私の言葉は途中で止まる。


「そろそろ昆虫採集こんちゅうさいしゅうの時期だからな!

此奴こいつ連れて来たんだよ。」


すげぇだろ!


「確かに、立派な甲虫こうちゅうですね。

これ、なんていうんですか?」


「オハギだ!黒くてまん丸だから!」


「名前は訊いてません。」


どれだけおはぎ好きなんですか。

それと、食べ物の名前つけないで下さい。


『ブルファング・オオクワガタ


体高たいこうは牛とほぼ同じであり、体重は3t~8t。


分厚いよろいで体がおおわれ、頭部に1本の角と、

口の横に牙があり、はさみ鋼鉄こうてつをもくだく事ができる。


力も強く丈夫な為、人を乗せて運ぶ事や、

荷物運搬にもつうんぱん用などにも使う。


なお、幼虫も怪力で丈夫な為、成虫と同等に扱える。


草食だが凶暴なので、飼育の際には注意が必要。』


「だ、そうだ。」


「訊きたかったのはそこじゃないです。」


通りがかったいかずちさんに、

「これは何ですか」と尋ねたところ、

『丈夫な巨大甲虫こうちゅう辞典じてん

なる本を朗読ろうどくしてくれました。


「そこじゃない」と伝えたら、

彼は心配そうな顔をする。


「飼育方法の項目こうもくか?

お前には無理だから、止めておきなさい。」


大丈夫です。

飼育する気は未来永劫みらいえいごうありません。


クワガタのよろいを叩きながら、

つるぎさんは楽しそうに言った。


此奴こいつ

厚さ10メートルのコンクリートぐらいなら、

突進で粉々にできるんだぜ!」


「パワフルですね。」


で、どうして連れて来たんですか?


「今、此奴こいつ相撲すもう取るのが流行はやってんだ。

お前にもさせてやろうと思ってさ!」


「カブトムシ相撲ずもうですか。

子供の頃、カブトムシ捕まえてやってました。

楽しいですよね。」


乗り気になった私だが、

そこでカブトムシを1匹も持っていない事を

思い出す。


それに、

カブトムシを取るにはまだ早い時期だ。


「もっと暑くなってからでもいいですか?

まだすずしいんで、カブトムシ捕まらないです。」


私がそう言うと、

つるぎさんが不思議そうな顔をする。


「暑いとバテるだろ?

すずしい方がいいと思うぞ。」


「え?でも」


話がみ合っていない気がして、

私が頭に疑問符ぎもんふを浮かべた時だった。


彼のとなりで大人しくしていたクワガタが


「ギシャァァー!!」


雄叫おたけびを上げ、

その大きなはさみつるぎさんの胴体どうたいを締め上げる。


つるぎさん!」


それを見た時、

頭の中に辞典の内容がよみがえってきた。


はさみ鋼鉄こうてつをもくだく事ができる。』


あわてて庭に飛び降りようとしたが、

本人は楽しそうに笑っている。


「お、オハギ、やる気満々だな!」


闘争とうそう心が強いな。

この個体は当たりの様だ。」


「さっすが俺!目の付け所が違うな!」


はさまれてもいかずちさんと会話するつるぎさんは、

痛みなど感じていない様だった。


「やる気があんのはいいけど、もう少し待てよ。

今、他の奴らも来るから。」


彼は甲虫こうちゅうに話しかけながら両手ではさみを掴むと、

平然とそれを広げて脱出し、

そのまま巨体を片手で持ち上げる。


闘争とうそう心はあるけど、少し軽いかな?

全員そろうまで飯食わせとくか。」


つるぎさんはそういうと、

片手で甲虫こうちゅうを持ち上げたまま

えさをあげに行ってしまった。


私が唖然あぜんとしていると、いかずちさんが隣でうなづく。


「ふむ。

あれ位の相手なら、お前もできるだろう。

やってみるか?」


「・・なにがですか?」


「ブルファングオオクワガタとの相撲すもうだ。

中々楽しいぞ。」


カブトムシ相撲ずもうじゃなくて、

クワガタ相撲すもうだった。


「それとも、もう少し小さいのがいいか?

あいつは、コハギという幼虫も持っていた筈だ。」


「足のとげが服に

引っかかりそうなんで、遠慮えんりょします。

後、赤ちゃんを投げるのは

道徳どうとくに反するので辞退じたいさせて下さい。」


それと、

食べ物の名前はやめさせて下さい。


(この遊びは、

精神鍛錬たんれんも兼ねてるんだろうか?)


その疑問は、

それぞれのクワガタを連れて集まってきた

仲間達を見て、胸にしまっておく事にした。


・・楽しそうだから、いいか。





この後、

相撲すもうでテンションの上がったクワガタが

集団で脱走し、大騒ぎになった。

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