第3話 見盗(みと)り稽古
数日が経った。
鈴太郎は、道場の隣の辻家の屋敷の離れに部屋を借り、毎日の修行をはじめた。
歳が若くても目録を取ろうと思えば取れるほどの技量ということで、美しい若衆の鈴太郎が道場に出て行くと、門弟達は鈴太郎に打太刀を請うた。
一人の相手をしている間、その前には順番を待つ行列が出来るほどだった。鈴太郎は年上の者には礼儀を尽くして教えてやる。その教え方が親切でうまいと評判になって、ますます教えを請う者が増えた。
大祐の稽古は、どちらかというと容赦をせぬので、年季の入った高弟達が専ら相手であった。
「もう、少し休ませて下さい!皆さんにばしばし打たれるので手が腫れてしまいました!」
高い透き通った声は男臭い道場で、すがすがしく通る。門弟達が笑う。打太刀は稽古でわざと使太刀に手首や拳を打たせてやる。皮製の籠手を付ける場合もあるが、鈴太郎は歳上の門弟達への礼儀から付けなかった。
鈴太郎が道場の隅に行って汗を拭きながら座った。その前で大祐と使太刀の門弟が稽古をしている。
汗を拭きながら鈴太郎はその稽古を眺めた。
大祐は鋭い視線に晒されたような気分になってどきっとした。横目で見ると鈴太郎がこちらを見ている。殺気が一瞬その目に走る。
(俺の稽古から盗むつもりか!)
古武道の教えは基本的に『口伝』であり、師が弟子に直接稽古の中で伝えるものだ。だが、全て伝わるとは限らない。口では教えられないことがある。門弟はそれを『盗む』必要がある。うまく出来ないところや教えてくれない勘所を、上級者の稽古から吸収するのだ。
(良いだろう!盗んで見よ)
道場はお互いに研鑽する場であるから、盗まれる事を厭(いと)んではいけない。だが簡単には盗ませぬ!
心が一所に留まらない完璧な演武は、却って盗む事が困難になる。流れるように体が動き、未熟な者には、どこを盗めばよいか分からなくなるのだ。
周りの者も大祐の動きに見とれているようだ。終わって礼を終えるとほうという溜め息が流れた。
「大祐!」
道場の帰りに後ろから、幼なじみの宮下熊之介が声を掛けてきた。こやつは剣は駄目だが、女との浮き名は有名だ。沼田藩の金奉行の父、七太夫は大祐の父の盟友だ。二人とも沼田藩で権力を握っている。だがこの息子達はあの沼田領の現状を知った旅以来、親の威を借りるような言動は一切していなかった。
真の武士とは、親が武士だから武士となるのではないのだ。
「何だ」
「お前・・・知ってるのか?鈴殿の目を」
「目?」
熊之介はにやりと笑って、
「やはりな・・・色気の無いお前の事だから分かってないと思ってな。教えてやろうと思って来たのだ」
大祐は面倒くさそうに、
「何を教えるというのだ。女には興味はない。俺には剣だけで良い」
「女には興味がないか・・・では男はどうじゃ?」
「何を言っておるんだ!お前は!」
大祐は顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前は・・・鈴殿がどのような目でお前を見ているのか分からんのか?」
「す・・・鈴太郎殿が・・・?」
「もっぱらの評判だぞ。稽古をしておる鈴殿のお前を見る目は・・・」
「?」
「お前に惚れとるぞ」
大祐の心臓はどきんと鳴った。腰の大刀の鯉口を切る格好をして、
「ふざけた事を言うとお前とて斬るぞ!」
熊之介は飛び退いて指を振った。
「それそれ・・・なんじゃ、お前もまんざらでは無いのじゃないか」
「去(い)ね!」
「鈴殿を狙っている輩は多いぞ!早々に念者にならんと取られるぞ!」
はははと大笑いして去って行く熊之介の後ろ姿を、大祐はずっと睨んでいた。
(鈴太郎は熱心に俺の稽古を見ているだけではないか!・・・儂にも色欲ぐらいはある!しかし男などと!)
屋敷に帰り、飯を喰らうと大祐は自室に引いて心を鎮めていた。確かに鈴太郎の美しさは尋常ではない。それを追う衆道達は多いだろう。しかし所詮男!衆道どもは糞だらけの穴に一物を突っ込むという。冗談じゃない!それに裸にしたらごつごつの肉体でそこで興味も何も無くなるだろう。
大祐は、元服した十六の時に、悪友の熊之介等に連れられて花街にはじめていった。そこで筆下ろしをして貰ったのだが、期待したほどの味わいではなかった。女は可愛いが剣に夢中の大祐には何か物足りない。世間の流行ものに興味がない大祐には、女郎と話を合わせるのは一苦労だ。
(本当に好きなおなごであれば一入(ひとしお)かも知れぬが・・・)
それから今まで数回行っただけだった。それでもやはり男の機能は盛んなので、自ら処理をしていた。熊之介に貰った色本を戸棚から出して、まぐわいの場面の図を広げ手淫をしはじめた。
(うう・・・)
その頂点に辿り着こうとした時、大祐の脳裏に一人の美しい者の顔が浮かんだ!
(す・・・鈴!?)
その時、大祐の子種を注ぐ対象は明るく微笑んだ鈴太郎であった。
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