第7話 無くしたもの
ニコさんこと、矢島アキは全治3ヶ月の重傷ながら、順調に回復していった。
S町で彼女から勉強を教えてもらっていた小学生達も、急に彼女がいなくなって心配しているだろうと、関は子供達にも事情を話して一緒に見舞いに何度か行った。
「例の健忘症は治るのか?」
病室で以前のように子供達に勉強を教えている彼女を、外から見守りながら関は、内倉に聞いた。
「多少は回復するが、完全には難しいな」
「辛い過去だけ忘れることができたらいいのに」
「ロマンチストめ。そう都合良くいくものか」
「あははは……………」
「それで、あっちはどうなんだ?」
「何が?」
「オレにこんなオペをさせた張本人だ」
「ああ、彼女を刺した犯人ね。廃病院の階段から落っこちて、警察病院に運び込まれたそうだけど」
「おまえも当事者の1人だ。警察から事情聴取を受けたんだろ? まさか記者のくせに、何も聞いてない、何てコトはないだろう」
「う、うん、まあな……………」
痛いところをつかれ、苦笑いでごまかしながらも、分かった事を話した。
「やはりヤツが、彼女の家族を襲った強盗犯だったらしい。事件後、彼女なりに犯人を探していたようなんだけど、S町に潜んでいるらしいってとこまで分かって、ずっとホームレスしながら調べてたようだ。犯人も自分をあの家族の生き残りが探しているらしいと知って、煙たがっていたところで、S町まで来ていると知った」
「おまえが喋ったんだったな」
「……………………うん、まあな」
気まずそうに、関は鼻の頭を掻いた。
「そこで彼女を亡き者にしようとしたらしいんだが、そこへ運よくオレが現れ、ヤツは階段から落っこちて全治2ヶ月さ」
「ふん、4人も殺傷したんだ。それくらいは……………………………」
憎々しそうに内倉が言いかけると、ニコさんの部屋から子供達の笑い声があがった。
「?」
「ああ、彼女はああやって、子供達を楽しませながら、勉強を教えているんだ」
関はそう言って説明すると、ナースセンターから看護婦長が飛んで来て、
「病院では静かにっ!!」
と、鬼の形相で叱責すると、その迫力に関と内倉までが、萎縮して肩をすぼめた。
その後、しばらくしてから子供達が帰ると、さっきまでニコさんの顔だったアキは、少し表情を曇らせて事件被害者の顔となった。
彼女にかけるべき言葉が思いつかず戸惑っていると、子供達と入れ代わるように真弓がやって来た。
「アキィ、そこで聞いたんだけど、来週には退院できるってさ。退院したら家に帰るんでしょ? また一緒に学校行こうね?」
親友の退院に、笑顔で言う真弓であったが、何故かその表情にはどこか陰りが見えた。
ベッドの上ではアキも暗い表情で、
「ダメだよ……………私には、あの家に入る資格がないもの」
と、力なくうなだれ、膝の上で指をモジモジと絡ませた。
その指の上に、いくつもの涙の粒が滴り落ちている。
「で、でも」
「分かってる。分かってるよ! 私がその事を気に病む必要はないって、淳もお父さんもお母さんも思ってるってことくらい。だけど、それであの事件の夜の、私の身勝手や過ちをなかったことになんか出来るわけないじゃないっ!」
「ア、アキ……………………」
「あの日、私が夜中に出かけたりなんかしなければ。鍵を閉め忘れたりしなければ、あんなことに……………………」
叫んでアキは、堰を切ったように大声で泣き出した。
両手で顔を覆い、膝を抱えるように体を丸めて、肩を震わせている。
真弓も、どうしたらいいか分からず、オドオドするばかりだ。
すると、
「……………………………」
「?」
彼女の様子がどこかおかしい。泣いていたはずのアキが、突如、胸を押さえて嗚咽を繰り返し、ベッドの上に突っ伏して息を荒げた。
「ハアッハアッハアッハアッ……………」
「アキッ、ちょ、ど、どうしたのっ?!」
ただならぬ様子に、内倉と関も部屋に入ってきて、
「何だっ?」
「過呼吸を起こしてる」
内倉は息を荒げる彼女の口に、そばにあった紙袋を当てて、二酸化炭素量を調整した。ペーパーバッグ法という処置である。
(ただし、この対処法は危険と指摘する医師も多い)
しばらくして様子が落ち着くと、
「おそらく死んだ家族の事で、精神的に自分を追いつめてしまったのかもしれない。一応、診察室に運んで様子を見よう」
内倉は看護婦を数人呼び、彼女に付き添って診察室に向かった。
『んで、その後はどーなったの?』
突然のことに、一時はどうなる事かと心配したものの、アキの無事を確認した関は、これまでの事を、編集長の太田に連絡した。
「一応、今は安静にして眠ってます。とりあえず大事を取って、看護婦が付きっきりでいてくれるそうですが」
『うん、まあ、まさかただの取材がここまで大事になるとはね。関ちゃんも乗り掛かった船だし、もう少し取材続けてくれる?』
「分かりました。明日の朝、もう一度病院に寄ってから出社します」
『うん。強盗事件の方は、こっちで調べとくから。もしかしたら、ちょっとした特集記事が組めるかもしれないしね』
「じゃあ、また後で」
携帯の通話を切り、関はアキがいる病室を、駐車場から見上げた。
気がつけば、すっかり辺りが暗くなりかけている。わずかに西の空を染める夕日が、病院の白い壁に反射して、妙に物悲しく感じられた。
その翌日、朝からアキの様子を見に内倉の病院に行くと、受付で同じように見舞いに来ていた遠藤と真弓に出会った。
両者とも心配のあまり、登校時間を遅らせたそうである。
お互い、かるく挨拶をしてから病室に行くと、体調を回復させたアキが、どこか落ち着きなく室内を見渡していた。
何か戸惑っているのか、部屋の扉が開くと、驚いたようにこちらを見て、関達3人を順に見てから、
「あ、記者さん…………………」
何故か遠藤教諭と真弓ではなく、入院時は誰かも忘れていたハズの関に気がついて声をかけた。
「あ、はい」
「先日はどうも。あの、すみません。ここはどこなんでしょう?」
「え?」
またコルサコフ症候群かとも思ったは、どうやらそうでもないらしい。
彼女のわけの分からない問いかけに、関だけでなく、遠藤と真弓の2人も戸惑い気味に、
「な、何を言ってるの? アキ、あなた、ナイフで刺されて………」
言うが、言われたアキは逆に、
「え? どういうことですか? アキ……………………、もしかして私のコトですか? あの、すみません、あなた達は私のコトを、知っているんですか?」
『はいぃぃ?』
彼女のまさかの反応に、3人そろって、間抜けな声をあげた。
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