ハシビロコウ「私とカワウソがライブ…!?」カワウソ「たーのしそー!」
こんぶ煮たらこ
ハシビロコウ「私とカワウソがライブ…!?」カワウソ「たーのしそー!」
「ライオンとの合戦もようやく一息ついた事だし暫く合戦はお休みにしよう。各自故郷に帰るなり存分に今までの疲れを癒やすと良い」
初めてライオンとの合戦で引き分けに持ち込んだ52回目の合戦の後のこと。
ヘラジカ様がせめてもの礼にと私達にお休みをくれた。
皆は故郷に一旦帰るって言ってるけど私はどうしよう。
図書館で静かに過ごそうか…ちょっと遠出して温泉でのんびり疲れを癒やすのも有りだな…なんて考えている時だった。
「邪魔するぞコラ」
「…ゴリさん?」
「おうデカ長じゃねぇか」
「だから私デカ長じゃないですよ…」
私の事をデカ長と呼ぶこの方はゴリラのゴリさん。
このジャパリパークの平和と秩序を守るジャパリパーク警察班、通称ジャパ警の刑事さん。
筋骨隆々で武闘派、おまけに言葉遣いは乱暴といういかにも刑事さんって感じの方だけど実は手芸が趣味だったり繊細な一面も持ち合わせているというちょっと可愛らしいお方。
「丁度良かった。お前今日これから暇だな?暇だよな?」
「…私今日は久しぶりの休日で…」
「よし暇だな!ちょっと手貸せ」
「えぇ~…」
こうして私の静かな休日は一瞬にして消え去った。
「ふぅ~助かったぜ。今皆出払っちまっててよ」
「何かあったんですか?」
「いや~今度PPPが復活するってんでよ。今その復活ライブの準備に皆駆り出されちまってるんだ」
「PPP…?」
「何だお前PPPも知らねぇのか?あの伝説のアイドルグループだぞ」
「…すみません。私アイドルとかあんまり詳しくないので…」
アイドル―――か。
歌って踊って皆を笑顔にする…私には一生縁のない仕事だな…
と思っていたのだけれどゴリさんから返ってきた言葉は意外なものだった。
「デカ長もやってみたら案外ハマるかもな」
「…き、急に何言い出すんですか?」
「いやな?私は常々思ってたんだがお前は損してると思うんだよ」
「は、はぁ…」
「お前は声も可愛いし頭も切れるしこんなに良い子なのによ、世間はすぐ見た目で決めつけやがる。まったく大事なのは中身だってのに…。ほんと勿体無いぜ」
「…あ、ありがとうございます////」
勿体無い、か…。
道中そんな他愛もない話をしながら私達はPPPの復活ライブが開催されるというみずべちほーに向かった。
「す、凄い……何これ」
そこには何の機械なのか分からないけど、とにかく大きな装置が沢山並べられステージをまるでお城のように形作っていた。
これらがどうなるのか私には検討もつかない。
「スゲェだろ。博士達に協力してもらって皆で作ったんだ」
「なるほど…」
相変わらず博士達の知識の広さには頭が下がるばかりだ。
私も一応図書館を司る「まったり浮遊部」の一員として博士達とは関わりがあるけどさすがにここまで何でもかんでも知っている訳ではない。
まぁ“あの子”がヒトだって分かったのも博士達から昔ちらっとそんな話を聞いていたからってだけだし。
「それで…私は何をすればいいんですか?」
「まぁ準備は粗方終わってるから会場周辺の警備だな。恐らくもうじきここはジャパリパーク中のお客さんで満員になるはずだから気合い入れろよコラ!」
そう言うとゴリさんは私の背中をバシッと叩いてそのまま急ぎ足でどこかに消えてしまった。
恐らくまだ裏方の手伝いが残っているのだろう。
私はどうしよう。
ゴリさんからは時間まで会場の下見をするなりジャパ警の皆がいる控え室に顔出すなり好きにしろって言われたけど…。
「とりあえず何かあったら困るし会場の下見をしておこうかな…ん?」
「たーのしー!」
…何やってるんだろうあの子。
さっきからずっと同じ事やってるしひとりでたーのしー!とか言ってるし…もしかして不審者!?
ジャパリパーク中からお客さんが集まるって事はそういう変な子が紛れ込んでいてもおかしくはないけど…。
どうしよう声掛けるべきかな…でもまだ不審者って決まった訳じゃ…あっ!?
「ふぅーてっぺんとーうちゃーく!今度はここから…およ?」ズルッ
「…危ない!!」
――お願い…!間に合って………!!
「…おぉ!?今度は空飛んでる!!わーいたかいぞー!」
「…はぁ…何とか間に合った…」
「助けてくれてありがとう!私はコツメカワウソ!あなたは?」
「…私はハシビロコウ」
「ハシビロコウ…へぇ~とっても可愛い声してるんだね!もしかしてあなたもアイドル?」
「……違うよ。私は警備員、そのアイドルを守るお仕事」
「そうなんかー。何か勿体無いね!」
また言われた。
道中ゴリさんにも言われたこの“勿体無い”という言葉。
これが何故自分に対して言われているのか、一体何が勿体無いのか私には理解出来なかった。
いや…何で言われたのか位分かってる。
ただ私の中の押し殺した感情がそれを認める事を拒んでいるのだ。
「…私じゃアイドルになんてなれないよ」
「えーどうして?」
「私顔も怖いしついこう…機を窺っちゃってうまくお喋りも出来ないし」
私だっておんなのこだ。
何も歌って踊って皆を笑顔にするアイドルが嫌いという訳ではない。
むしろおんなのこなら誰だって一度は“そういうの”を夢見る時期というものがあるはず。
かくいう私も昔はカワウソから言われたように声が可愛いとかでちょっとアイドルに興味を持っていた時期があった。
この声で皆を笑顔に出来るなら…皆に元気を与えられるなら…こんな素晴らしい事はない。
でも現実はどうだろうか。
私のこの顔で本当に皆を笑顔にする事が出来るだろうか。
ゴリさんも言っていたように見た目というものは時として中身以上に重要になる場合がある。
そう言えばきっとカワウソも納得するだろう。
しかし彼女から返ってきた言葉はまたしても私の期待していたものとは違った。
「そうかなー?私はハシビロコウのお顔とっても凛々しくて好きだよ?」
「…え?」
「私アイドルとかよく分かんないけど、可愛いアイドルだけじゃなくてカッコいいアイドルとかー、賢いアイドルとかー、いろーんなアイドルがいたらもっとたーのしーと思うんだ!」
目をキラキラさせながら語るカワウソに嘘偽りの色は無い。
そう、彼女は純粋なのだ。
いつも難しく考えてしまう私にとってその純粋さにはとても救われた気がした。
「ハシビロコウにはハシビロコウの良い所があるんだし、無理しないでもっと私みたいによくぼーにちゅーじつに生きれば良いんだよ!」
「…ありがとう。でもカワウソはちょっと忠実過ぎるかな…」
「えっ!?そうかな!?」
自覚のないカワウソは笑いながら空中でお手玉をする手を止めようとはしなかった。
私に抱き抱えられているにも関わらずなおも危険な事をするのは純粋だからかはたまた…。
その時ステージの方から大きな歓声が聞こえてきた。
恐らくもうじきライブが始まるのだろう。
私は控え室の警備を任されていたから戻らないといけないけどこの子はどうしよう。
「…良かったらカワウソも来る?多分特等席でライブ観れるよ」
「ほんとに!?わーい行く行くー!!」
本当は関係者以外を控え室に入れるのは良くないんだろうけどまたさっきみたいに危ない事されても困るし一応一緒にいた方がいいよね。
そう思いひとまず興奮するカワウソをなだめながら私達は控え室に向かった。
このままライブも何事も無く終わってほしいけど…。
しかしそんな私の願いとは裏腹に事件は起きてしまった。
「えっ!?PPPのメンバーが喧嘩して一人行方不明!?」
「そうなんだよ!…ったく本番直前だってのに…」
控え室に戻ってきたゴリさんから告げられた衝撃の事実に私は唖然としてしまった。
いつになく殺気立っているゴリさんをなるべく刺激しないよう私は尋ねる。
「…ライブはどうするんですか?」
「いやお客さんを待たせたりこの事を悟られる訳にはいかねぇ。ライブはこのまま続行する」
「続行って…でもメンバーがいないんじゃどうしようも…」
「それが今偶然現場に居合わせた他ちほーのトップアイドルタマちゃんに前座っつー事で時間稼いでもらってる。とりあえず私はメンバーを探してる奴らと合流するからお前はひとまずここで待機してろ!」
「は、はい…」
大丈夫かな…。
舞台裏と一体になっている控え室からステージを覗くとそこには先程ゴリさんが言っていたタマちゃんとカワウソの姿が見えた。
…ん?
カワウソ!?
「わーいとくとうせきだー!ちかいぞ―!」
しまった…。
私がゴリさんの話に気を取られている隙にステージに上がられてしまった。
と言うかあの子完全に特等席の意味を履き違えてる…。
ちかいぞー!ってそりゃステージの上だもん近いよ…。
それよりも早く連れ戻さないと!
「おぉ!?君は誰!?もしかしてこのタマちゃんの挑戦者!?それともタマちゃんを狙う不審者!?」
ワーワー!!
ナンダナンダー!?!?
な、何かタマちゃんの咄嗟の機転でカワウソの乱入が台本に組み込まれてるみたいになってる…?
さ、流石ゴリさんも認める現役トップアイドルのタマちゃん…!
…って感心してる場合じゃなくて!
「よく分かんないけどー、じゃあ不審者!」
「きゃ~こわーい!助けてけいびいんさーん!」チラッ
!?
彼女の視線が一瞬こちらを向いたのを私は見逃さなかった。
余りにも完璧過ぎるフリに本当に最初から仕組まれていたんじゃないかと疑いたくなったがここは彼女のプロ根性を信じよう。
行ける……今だ…!!
「カ、カワウソ…!!」
「おぉ!?ハシビロコウ!このとくとうせきっていうの凄いねー!」
「こ、ここは特等席じゃないの…。だから控え室に戻ろ…?」
「えー!?」
「す、すみませんこの子がご迷惑を………ってあれ?」
今度は私の隣りにいたタマちゃんさんがいない。
振り返ると既にタマちゃんさんは舞台袖に戻っていた。
あ、と、は、よ、ろ、し、く、♡、ってえぇ!?
ど、どういう事!?どうしてカワウソを連れ戻しに来たはずの私が取り残されてタマちゃんさんが舞台袖に…。
その時次の曲のイントロが流れ始めた。
観客の声援が一気に高まる。
あれ…もしかしてこの流れ………
「ハシビロコウ!一緒にうたお!」
「え、えぇ~!!?!?」
それから私とカワウソはステージで何とか一曲歌い終えるとそのままPPPにバトンを引き継いだ。
結果的に言えばその後のライブは大成功、私達もタマちゃんからの盛り上がりを失わずに引き継げたのは大きかったかもしれない。
ライブが終わるとPPP、マネージャーのマーゲイ、タマちゃん、ジャパ警の皆…本当に色んな方達からありがとうと言われた。
聞けばタマちゃんも突然のオファーで何の準備もしていなかったらしく実は相当緊張していたらしい(まったくそんな風に見えなかったのはやはり彼女のプロたる所以だろう)。
今までこんなに皆から感謝された事なんて無かったからカワウソとのライブの事も含めて本当に起きている事なのか分からなかった。
カワウソか…。
「私こんな楽しい事生まれて初めて経験したよー!」
「も、もう…心臓飛び出るかと思った……」
「そんな事言ってノリノリで歌ってたじゃん!」
「あ…あれは…!うぅ…思い出しただけでも恥ずかしい…」
「どうして?ハシビロコウの笑顔、とっても素敵だったよ!」
確かにあの時の私は笑っていた。
何故だか分からないけど自然と笑顔になっていた。
あれだけ鏡の前で練習しても出来なかったのに。
そうか…カワウソは私ですら見たこと無い私の笑顔を一番間近で見ていたんだな。
「私はハシビロコウは今のままでも十分魅力的だと思うよ!声は可愛いしお顔は凛々しいしお空は飛べるし…ハシビロコウのお陰で今日はこんなに沢山の楽しい経験ができたんだ!だからありがとう!」
そうだ。私には私の良さがある。
私の笑顔を一番間近で見たカワウソが言うのだから間違いないのだろう。
今の私はまたいつもの仏頂面に戻ってしまったけれどそれも今となってはどうでもいい事。
私だって皆と同じように心の底から笑える、そうカワウソが教えてくれたから。
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