不幸の訪れは突然に

一体誰がこのようなことを予想しただろうか。

いや、予兆はあった。

いつまでも平和が続く。

自分とは関係ない世界の話だと……。

数百年の平和を享受してきたアストリアの民は知ることになる。

戦争というものを……。


「皆様、お逃げください」

披露宴の最中、皆ほどよく酔いが回り、宴は絶頂に達したころだった。

中には酔いつぶれて気を失っている者もいる。

「何事か?」

ゲオルグは若干頬を赤くしながらも、貴人としての品位を忘れてはいなかった。

「敵襲です。敵の軍勢がアマリスに進行しているのです」

「なに?」

会場が騒然となった。

意識のあるものは皆驚愕の表情を浮かべる。

「ばかな、不可能だ。アマリスは内陸。突然敵が湧いて出るなどあり得ぬ」

エルバッハ伯爵は怒鳴るような声を発した。

「わかりません。しかし、現実にアマリスの平民地区はほぼ壊滅。じき、ここにも到達するでしょう」

不安そうに震えるフィオナの手をアスランは優しく握る。

「大丈夫。君は俺が守って見せる」

フィオナはすがるようにアスランの腕にしがみつく。

この女性を何があっても守り抜く。

俺はそう誓ったのだ。

単なる義務でない。

本当に大切なものを守り抜きたいのだ。

アスランは、腰の片手剣を握りしめる。

アスランの得意とする魔術は特に雷や炎を操るものだ。

それを剣に宿して敵にぶつける。

所謂魔法剣に関しては学院随一である。

「やれやれ、平和ボケにも程があるぞ。アストリアの臣民たちよ」

漆黒の髪と凍えるような黒い瞳。

全身黒を纏う男。

その男は軍勢を率いて屋敷を占拠する。

その姿はまさに魔王という表現がふさわしい。

「我が名はオデカルト。トロイア帝国の将たる者である。このアマリスは今日から我の支配下にはいる。逆らうものは皆殺しである」

「我々は決して貴公に下ることはない。この命に代えてもな」

ゲオルグは杖を地面に叩きつけ、毅然とオデカルトを睨みつける。

「そうか、ならば地獄の苦しみを見るだけだ」

オデカルトは手の平に魔力を集中させる。

事情の巨大な炎の渦が巻き起こる。

これは、炎熱系最高峰の魔術。

「煉獄火炎」

オデカルトは無慈悲にとなえる。

その時。

「マジックシールド」

アスランはありったけの魔力を込めて魔力の障壁を作り出す。

オデカルトは少しばかり感心したようだった。

「ほう。これを、防げるものがこの場にいたとはな。アストリアの貴族にも骨のあるやつがいたようだな」

アスランは、片手剣に魔力を込める。

雷。

暴風のような雷だ。

敵の侵攻を許さぬ、決して寄せ付けぬ。

まさにそのような思いを具現化したかのような雷の暴風。

そのような雷を纏った刃はオデカルトの胴を両断せんと、襲い掛かる。

「雷光一閃切り!!」

それを、オデカルトはさらなる質量の雷で跳ね返す。

アスランは摩擦によって生じた雷の激しい反動で体を吹き飛ばされる。

「ほめてやるぞ。わが軍の将校でもそれほどに雷を操れるものはまれだ。だが、惜しかったな。いささか火力が低い。実践の差だ」

アスランは歯を食いしばる。

口惜しい。

俺は何も守ることができずにここでくたばるのか。

何が、名門貴族か。

何が、神童か。

所詮はただの餓鬼ではないか。

「さあ、満足して死ね。若き騎士よ」

オデカルトは再び炎の渦を頭上に掲げる。

薄れかけた意識の中、アスランは思い出していた。

昔、よく夢を見た。

銀髪に青い瞳の少女。

とても華奢な細いからだの美しい少女。

触ると折れてしまいそうだが、とても芯の強い瞳をしていた。

夢の終わりにいつも彼女が俺に告げていたこと。

「Yahawim(ヤハウィム)」

意味は分からない。

ただ、死を間近に俺はそう唱えた。

俺は本来、あの魔王のような男が放った業火に燃やされて、息が絶えているはずだった。

しかし、俺はまだ生きている。

目を開けてみると、青白い光の障壁が俺の身を守っていた。

そして、手の甲にはなにやら痣のようなものが燦然と光輝に包まれている。

「ぬ?」

オデカルトは眉を顰める。

「我が業火を無効化しただと。それに、このほとばしる波動は何事か?」

この場にいた皆がアスランに注目している。

皆戸惑っているのである。

目の前の青年が希望となるのか、あるいは不吉の種となるのか。

いや、そのようなことはどうでもいいのだ。

とにかく、皆の希望がアスラン一人に集中している。

自分たちを救ってほしいと。

『今は一旦逃げてください』

何者かの声が俺の頭に響く。

とても愛くるしい少女の声だ。

アスランは一瞬気が狂ったのかと思ったが、今はどうでもいい。

『逃げろだと?家族を、妻や友人を見捨ててか?ふざけるな!!』

『逸る心をお諫めください。あなたが生きていれば後で何とでもなります。』

俺は、声を無視して剣に今湧き上がっている謎の力を籠めようとする。

オデカルトは油断なく、迎え撃つ構えに入る。

『ならば、仕方ありません。勇者様、どうかお許しを』

頭の中に何かが流れる。

鋭い一閃のようだった。

そこから、俺の意識は途絶えた。

その後どうなったのはわからないが、俺が何もできずに逃げ出したということだけは理解できた。

おそらく、皆卑怯者として俺をののしるに違いない。

フィオナ……

俺はもう君に愛される資格などない。

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