哭いた赤鬼
川波うた
第1話 序
私にとって山は異界だ。平地に慣れた脚ではつまずきやすく、覆い被さる枝葉によって薄暗い道はどこか恐ろしい。
どれほど走っても景色はいっこうに林から変わらない。聞こえるものは自分の息づかいと地面を蹴る足音、それから風やわずかな葉擦れ、名前のわからない鳥の声。
ひたすら道を頼りに歩いていくとやがて突き当たりに出た。編んだ縄に雷の形に切られた白紙がつけられたものがぶら下がっている。その奥へ進むときらめきが目を射た。さきほどの薄暗さから一変し、さんさんと降り注ぐ日光と、それを反射するのは直径10メートルほどの池だ。
池というよりも泉と言った方がいいのだろうか。底が見えるほど透明で魚の姿は見えず苔や水草も浮いていない。見知っている池はもっと緑色で重い色をしているのに比べ、ここの水は青く軽い色だ。
視線を滑らせると私のちょうど泉を挟んで反対側に少女がいた。背丈から同い年くらいか。こちらに背を向け泉の中で長い柄のついたもので肩から水を浴びている。浴びるごとにぬばたまの髪が痩身に張り付き、肌の色が透ける白い着物のせいで裸身のような姿に目を奪われる。
その光景はまるで空から天女が舞い降りたかのように非現実的で、なおかつ美しかった。
息をするのを忘れよろめき枝を踏んだ。細い音が恐ろしいほど泉に響く。
それに天女が振り向くとこちらに目を止めた。離れているはずなのに私にはそのしっとりと濡れた瞳がよく見えた。天女は赤い唇を綻ばせる。
「はじめまして。かわいい赤毛の鬼さん」
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