第三章 栄光の英雄魔術師_1

第三章 栄光の英雄魔術師




 マグネス王国の機関やグルタフ州警察等との調整のため、私たちがトピの捜索情報を得られたのはそれから三日がってからのことだった。

 グルタフの町を地区ごとに区切って分担で捜索活動をしているらしい。捜索を終えた場所には妖精けのじゆつがかけられ、そこへは逃げ込むことができないらしい。力があれば魔術を破ることはできるらしいけれど、破られれば気づけるようになっているそうだ。私たちは未捜索地区の一部を教えられ、警察のかん付きで魔術を使用した捜索を許された。

「勝手に魔術を使ったらいけないの?」

「それが見つかればたいされる」

「えっ!?」

 私はルクレーシャスと箱馬車に乗り、未捜索で妖精避けの魔術がかけられていない地区へ向かっていた。

 私のひざの上にはルビーちゃんが座っている。

 私はルビーちゃんをでながら考えてみた。魔術らしい魔術を使おうと思って使うことはできない。けれど、いくら踊ってもつかれなかったある晩の出来事なんて、自分で自分の身体に魔術をかけていたとしか思えない。

「自分で知らない内に使っちゃったら? それでも捕まる?」

「魔術に関してそういうことはない。……人間の使う魔術と妖精の魔術はまったく別物だ。俺たちは理論にもとづいて、式を構築し、式に基づいたほうじんき、その陣に魔力を流すことで魔術を使うが、妖精は感覚で魔術を使う。妖精の使う魔術に近い感覚の暴走は、禁止されていない。禁止も何も、自力でどうにかできるものでもないだろう」

「そう……よかった、のかしら?」

「少なくとも警察署のおりの中に入らずに済む」

「でも最近、檻の中に入るのも慣れてきたわよ、私」

 いつもと気分がちがうかもしれない、と少しでも感じたら、すぐに檻の中に入るようにしている。最近新しいクッションや水差しなんかを持ち込んで、檻の中にも生活感が出てきている。

 ルクレーシャスはしようした。彼は苦みを帯びない笑みを浮かべることがほとんどない。暗い顔をされるよりはいいけれど、いつかこの人のちゃんとした笑顔が見てみたい。

「慣れるようなことではないだろうに……着いたぞ」

 ちゆうけい基地にされていた路地裏の空き地には、すでに何人かの黒いローブ姿の魔術師たちと、マグネス王国の白衣の研究者たち、それにオークランド王国の警察が数人いて、それぞれ指揮をとっていた。ルクレーシャスは馬車から降りると、すぐにそちらへ合流する。

「チーム分けするぞー」

 アーロンがだるい声で号令を取るから、私はそちらに近づいていった。

 けれど、私を見てアーロンは「ああ」とつぶやくとふくろを投げてきた。

「えっ、何これ?」

「リンジーさんにはおづかいだ。これからしばらくはうちにいてもらうしな、必要なものを買いに行けよ。──ああ、ナリサスさん、あんたが彼女についてやってくれ」

何故なぜ私が!」

 ふんがいの声をあげたのは、この間、私をようせいどろぼうだとかんちがいしてバルコニーから落とそうとした男だった。ナリサスと言う、きんぱつのオカッパ頭の青年で、憤慨して白い?ほおを真っ赤に染めている。そんな彼をいつしよにいたアドニスさんがなだめていた。

「あんた、勘違いでリンジーさんを殺しかけといてまだ謝罪も済んでないんだろ? いいのかなー? この人を好きな妖精が、果たしてどう思うかな?」

 宙に浮いていたルビーちゃんがちらりとナリサスを見やった。話を聞いていたらしい。

 ルビーちゃんの視線を受けて、ナリサスはうめいた。

「私を……今回のそうさくから外すつもりだな」

「この捜索に加わったからって、見つけられた妖精があんたに恩を感じるわけでもないだろう。魔術を使えない方々はすっこんでいてくれた方が足手まといにならなくていい」

「貴様……!」

 魔術を使えない?

 私はナリサスを見た。彼は黒いローブ姿で、ほかの魔術師たちと同じようなかつこうをしている。

 けれど彼は魔術を使うことができないらしい。そういえば、庭にいた時も、私をバルコニーから落とす魔法を使ったのは、ナリサスに命じられたアドニスさんだった。

 ルビーちゃんの視線を受けて引き下がったナリサスとアドニスさんと一緒に、私はお金の入ったきんちやくを手に市場へ行くことになった。

「私も一緒にさがしたらいけないのかしら……」

「魔術の知識のない人間にいられるのはじやだろう」

「ナリサス……にも知識がないの?」

「知識はある程度ある。だが、本当の知識はじつせんでしかつちかわれない……そうだ、私は魔術師ではない! だからそのさぐるような目で見るのはやめろ!」

 じろりとにらまれたけれど、それは呼び捨てにしたせいではないらしい。

 年はルクレーシャスより私と近そうだし、この間はバルコニーから落とされかけてもいる。

 なんとなくしやくだから、呼び捨てにしたけど、問題はなさそうだった。

 それにしても、命令をされると、いつしゆんわかりましたとうなずいてしまいそうになる。命じ慣れたひびきを持つ声に、どんなじようの人なのだろうと不思議になる。

「どうして魔術協会にいるの?」

「……魔術師を目指しているからだ。私はいわゆる、見習いの状態だ」

「へえ、そういう人もいるのね」

「買い物へ行くのだろう? マキン。さっさと終わらせろ」

 ナリサスは早口で言う。

「この間は……その。……私が付き合ってやるのだから、ありがたく思え!」

 それだけ言うと、ナリサスは私に背を向けて歩いていった。

 続く謝罪の言葉はない。もしかして──。

「今のがごめんなさいの代わりなの!? うそでしょ!」

ぐちたたかず足を動かせ! 必要物資の目録はないのか?」

「そんなものないわよ。買い物だなんてさっき言われたばかりなんだから!」

 堂々たる足取りでふくろこうへと向かっていくナリサスを大通りにゆうどうしつつ、私はこうの声をあげたけれど、ほとんどもくさつされてしまった。



 ナリサスは意外と不満を言わず、私の買い物に付き合ってくれていた。

 今後、あのしきでのたいざいがさらに長くなるようなら、一度家に帰った方がいいかもしれないと思いつつ、それまでに必要になりそうなものを選んでいく。

「そういえば、アドニスさんは魔術師よね?」

 私を風の魔術か何かで落としたのだから、彼は魔術師に違いない。

「捜索に参加しなくていいの?」

「え、ええと……私は」

「マキン、この男はまだ仮登録の身分だから、基本的に魔術を使ってはいけないのだ」

「仮?」

「私がすいせんし、後見している……が、あの男が登録書類を差し止めていたのだ!」

 とつぜんおこり出したナリサスを、アドニスさんが宥めた。

「ナリサス様、私は時間がかかっても構いませんので」

「この私の推薦だぞ? それが、推薦理由が不確かだと、書類を中々通さない! あのアーロンという成り上がりの男が」

 ナリサスとアーロンは仲が悪いらしい。二人の育ちをはっきりと聞いたわけではないけれど、ナリサスは身体からだにぴったりと合った仕立てのいい服やいからして貴族っぽいし、アーロンは乱暴な口調からして貴族には見えないから、仲良くするのは難しいだろう。

「ナリサスは魔術師見習いで、アドニスさんは仮登録の魔術師で……二人とも、魔術師になって何かやりたいことがあるの? えーと、過去や、未来を変えたりしたいの?」

「変えられるものなら変えたい過去なら、ある」

 ナリサスは強い口調で言った。

 その口調があまりにするどくて、私は手にしていた商品をもどして彼に向き直った。

「オークランド王国に生きる多くの者が、過去を変えたいと思っているはずだ。もしできるのであれば……その時代は十年前に集中するだろう。あの戦争で起きた出来事の多くを、みながどうにかしたいと思っているに違いない。私も、もしできるのであれば、兄君を──」

 ぎゅっと目を強くつぶってから、ナリサスは目を開いて「な空想だ」と呟いた。

「過去や未来にかんしようするなどというのは、あくまで神話や伝承においての話だ。実際にそういう魔術があるわけではない、と聞いている」

「聞いている?」

「つまり、発見されていないということだ。もしそんな魔術について書かれた書があれば、それは大魔術師の書としてうばい合われることになるだろう。それか、どこかの組織でとくされているかだ」

 大魔術師というのは具体的に目指せるような目標ではないらしい。

 だとしたらやっぱり、大量の魔石を得るのは人間にとってリスクでしかないということだ。

「そんな魔術があれば、妖精が知らないはずがない。妖精の想像力こそ、あらゆる魔術の源なのだから──だが、聞いたことがないし、そのような大魔術は使えなくとも、魔術には様々な可能性がある。私は、ルクレーシャス様を見てそう感じた。あの方はらしい魔術師だ。魔術師という存在が、もっとこのオークランド王国で尊敬されるべきだと考えている。そのためにも私自身が魔術をとくしなければならない」

 アドニスさんは同意するように頷いてみせた。

 二人とも、何か強い目的を持って、魔術を求めているらしい。魔術師はみんなそうなのかもしれない。

「マキン──妖精との関係をとりなしてはくれないか? 私はこの国での魔術師の地位の向上の為、いてはルクレーシャス様の為に、力をくしたいのだ」

 魔石を得ることにはリスクがあるけれど、目的の為に彼はそれをほつしている。

 ナリサスのような貴族が魔術師になり、妖精の為に活動してくれたら、この国はルビーちゃんたちにとってもっと安全になるかもしれない。

「あの、よかったら今度ルビーちゃんとお話ししてみる? 私のひざの上に一度乗ったらてこでも動こうとしないのよ。そこをねらえば……動こうとしたらくすぐっておくから」

「無理やりはやめろ。これ以上きらわれたら困る」

「ですが、ある程度無理を通してでも、一度話をしませんと……」

「アドニス、おまえがそう言うから先日はちやをしたが、なんのしゆうかくもなかっただろう」

 ナリサスがちらりと私を見たから、それは私と初めて出会った時の事かもしれない。彼は頭痛をこらえるような顔をして、首を振った。

「私が魔術師になりたいと願うのはルクレーシャス様のさらなるやくのため、魔術師の未来のためだというのに──あのアーロンという男は一体、何を考えているのやら」

 アーロン。魔術師で、ルクレーシャスと共に魔術協会の運営にかかわっている。ルクレーシャスに小言を言う姿は母親のようにも見え、心から彼をしたっているようだった。

 ナリサスの話を聞いていると、アーロンのこともそうだけれど、まったくタイプのちがう二人の人間に尊敬されるルクレーシャスという人間のことがよくわからなくなってきた。

「ルクレーシャス様の蔵書には、様々な魔術書があるという。アドニスが登録できたらすぐにでも調べさせたい」

「魔術書なんてものまで持っているのね。売ってるところを見たことがないわ」

「貴重なものだからいつぱんの人間は見ることはあまりないだろう。ようせい女王のしようかんほうじんやら、死者せい術やら──その中でも私は、妖精にたよる事なく魔術師になったいにしえの大魔術師たちの魔術書を、どうしても見たい」

 アドニスさんがおどろいたように息を?んだ。

 私にはよくわからないけれど、何やらすごい魔術書なのかもしれない。

「色々あるのね、魔術の世界って」

「とても不思議でりよくに満ちた世界だ、マキン。一説には妖精は神々のれいらくした姿だとも言われている。力を無くした神なのだ。妖精たち自身すらそのことを忘れ今を生きているが、いつか力を取り戻した時、彼らは過去、未来、現在すべての時間をべる事になる──彼らの統べる時間をフェアリータイムと呼び、フェアリータイムに干渉できる魔術師は大魔術師と呼ばれ、その力をきわめれば神に至ることさえできると言われている──」

 目をかがやかせるナリサスが子供のように魔術について教えてくれる。

 本当に魔術が好きで、魔術師であるルクレーシャスにあこがれて、魔術師になりたいんだろう。

 それに比べ、アーロンはルクレーシャス思いだとしても、行き過ぎている気がした。

(ルクレーシャスだって、ほかにも自分を慕ってくれる人がいるって知ったら、うれしいんじゃないかしら……?)

 ナリサスにはひどいことをされたけれど誤解だったし、いつしようけんめいな姿を見るとおうえんしたくなってしまった。



 丁度正午ぐらい。屋台の食事にきようしんしんのナリサスとおなかが空いてきた私の意見がいつしたから、アドニスさんに列に並んでもらって私たちは近くの広場で休んでいた。

 特にナリサスがつかれた様子で、ぐったりと広場のベンチにこしかけていた。

「人が多い場所をこれほど歩き回ったことなどない……」

だいじよう? 何か温かい飲み物を買ってくるわ」

「熱い茶がいい。身体が冷え切っている」

 うなずいて、私は寒さにもかかわらずにぎやかに道を行きう人々をわたした。

 広場の反対側に並ぶ飲み物の屋台に向かうと、くいとひじを引っ張られる感覚があった。そちらを見ると、だれもいない。

「え?」

 今度はかたを叩かれて、また見たけれどやっぱりいない。

 そういう事が何度か続いて、広場に面した細い路地に誘導していることがわかったから、私はおそる恐るそちらへ近づいた。

 ──そして、路地の中に見知った顔を見つけて心から驚いた。

「トピ! 今、あなたのことをさがしてたのよ!」

 十代前半ほどの少年ぐらいの姿にまで縮んでしまった妖精、トピ。

 彼はうすぐらい路地の中でその銀色のひとみあやしく輝かせながらぼそりと言った。

「……みんなで楽しくリンジーのマグカップを選んでいたように見えたけど」

「それはそれとしてよ。やっぱりげられたのね」

 よかった、とつぶやくと、トピは頷いた。

「……きみに魔石を返して欲しくて来たんだよ」

「ホントに? ああよかった! 私も魔石を返したくて仕方がなかったの!」

「じゃあ、返して」

 と言って、トピが小さなてのひらを差し出す。

 そういえば、トピは私が魔石を取り込んでしまった事を知らないのだ。

「それが、けちゃったのよ。あなたがやったんじゃないの?」

「……なんのこと?」

「手に持ったら、溶けて私の中に入っちゃったの。だけど、こんな風になっても魔石の持ち主のトピなら引っ張り出すことができるって聞いたわ。お願いだから取って!」

 トピは銀色の目を丸くした。

「まさか。あの量の魔石を受け入れたら人間は死ぬよ」

「死んでないけど危ないかもしれないから、すぐに取って欲しいの!」

「意味がよくわからないけど、わかったよ。ぼくらの利害が一致しているってことはね」

 そう言って、トピは白く細い指で私の手を取った。

「それじゃ、ぼくの命を返してもらうよ」

 トピの手が光り、私の掌に熱が伝わる。とろけるような熱さが手から入り込み肘に辿たどりつき、そこからい上がって身体からだの中央に向かおうとしていた。けれど、なんとなくさぐられるような感覚が気持ち悪くて身をよじったら、熱はさんしてしまった。

「え!? 何? リンジー、今何をしたの?」

「な、なにもしてないわよ?」

「したよ! ぼくのかんしようはじかれた! 返す気あるの?」

 トピににらまれて驚きながら「あるに決まってるじゃない!」と答えたけれど、トピは疑わしげな表情をかべたままだった。

「それじゃ、じやをしないで!」

 ぴしゃりとしかられて、私はだまり込んだ。

 大したことはしていない。気持ち悪いなあと思って首の筋をばそうとしたぐらいだ。なんとなくごこが悪くてモゾモゾしてしまっただけ。

 だけど、それさえダメだというのなら、今度はがんってこらえよう。

 そう思って私はぎゅっと身体をかたくしてえていたのに、掌の表面にしか熱が感じられないまま時間が過ぎて、やがてトピがさけんだ。

「どうして!? ぼくの魔力が届かない! リンジー、ぼくの魔石を返して!」

「か、返したいわ。私だって、ずっとわたしたいと思ってたのよ!」

「取り出せない。取りもどせない! ぼくのなのに。なんで? ぼくの魔石なのに!!」

 トピが声をあららげるとれた場所が火傷やけどしそうに熱くなって、思わずトピの手をはらった。

 トピはきようがくに満ちた目で私を見上げた。

「どうして……返して……」

「わ、私は一体どうしたらいいの? 何がいけないの?」

「まさか、ぼくよりリンジーの方が、ぼくの魔石とあいしようがいいってこと?」

 トピはかわいた笑いをこぼした。

「そんなバカなことが……意味がわからないよ……」

「それじゃ、どうしたらいいの?」

 トピはにぶい光をともした目で私を見上げた。

「……ぼくにとれる手段はそれほど多くない」

「手段? どういうこと?」

「──ああ、でも、時間切れみたいだ」

 トピは遠い目で私を見た。そして私の後ろから近づいてくる人たちを。

「マキン! と、そこにいるのは妖精トピ!? おまえたち、何をしている!」

 ナリサスとアドニスさんが走り寄ってくる。

 彼らを見ながら、トピは言った。

「……逃げるわけにはいかないよ。リンジーに魔石を返してもらわなくちゃ」

「返す方法はまだあるのね? よかった」

 ほっとして胸をで下ろすと、トピはその銀色の瞳を複雑な色にきらめかせ、掌を上に向けた。次のしゆんかん、トピの掌がまばゆく光り、そこには細い銀色のけんが出現していた。トピはその切っ先を私にきつけた。

 ナリサスが叫ぶ。

「マキン!」

「お願いだから近づかないで!──これは誤解なんだ!」

 トピが私をひとじちに取って叫んだ。ナリサスが立ち止まり、後に続いていたアドニスさんを押しとどめる。

「何が誤解だ! 彼女から剣をはなせ!──マキン、不用意に動くな」

「う、うん」

「マキンを放せ! 人質に取るのであれば、私にしろ!」

 まさかナリサスがそんなことを言ってくれるとは思わなくて、私は目を見開いた。

 ナリサスは私の視線を受けてばつが悪そうな顔をした。

 トピはナリサスの言葉に答えず、私の首筋に剣を突きつけながら叫んだ。

たのむよ、信じて。逃げるわけじゃない」

 私から魔石を取り戻すために、だろう。

 ルクレーシャスによるとじんじような量ではないらしい。それだけの命を私に預けたトピには、すぐに返してあげられずに申し訳ないと思う。

「ぼくは帰るよ。追っ手をまいたら、必ず帰るから」

 それなら、私はそれまで魔石を大事に預かっていよう。

 自分では取り出せないけれど、トピにもこの場ではできないけれど、あてはあるみたいだ。

「……またね、リンジー」

 私の耳元でささやくと、私の背後にいたトピの気配は次の瞬間消えせた。

 突きつけられた剣も消えた。その瞬間、身体から力がけて立てなくなった。

「大丈夫か、マキン」

 ナリサスが支えてくれたから、その場にへたりこまずに済んだ。

「だ、大丈夫だけど……こしが抜けたわ」

「無理もない。……私が運ぼう。ぐぅ、重い」

「重いとか言わないで!」

 降りたかったけれど、腰が抜けてたぶん動けない。仕方なく大人しくしている私を背負うナリサスに、私が「ありがとう」と言うと、彼は「……悪かった」と小さく呟いた。

 それは、おくればせながら私をようせいどろぼうかんちがいした時の分の謝罪だったみたいで、タイミングがおかしすぎて私は笑ってしまった。



 魔術師たちや警察がトピを引き続きついせきしている。私たちは基地として警察がふうしているちゆうけい地点の路地に戻り、休んでいた。そこへルクレーシャスが戻ってきて「トピを逃がした」と言った。さがしていた人たちには申し訳ないけれど、トピが見つからなくてよかったと、私は胸を撫で下ろした。

「リンジー、トピはお前になんと言っていた?」

「……さあ、なんだったかしら」

 色々言ってはいたけれど、ルクレーシャスの後ろからやってきた人たちを見たら、何一つ言う気がなくなってしまった。

 白衣の男たち。──つかまれば実験材料にされるとトピがおそれていた、マグネス王国の研究者がそこにいたのだ。そして、彼らの言いなりになって妖精を追い回していた警官たちも。警官のダークブルーの制服と魔術師たちの黒いローブの中で、研究者たちの白衣は特に目立った。

「──追っ手をまいたら帰ってくると言っていた。追っ手から逃げられたらという意味だろう」

 ナリサスの言葉に、アドニスさんもうなずいた。

「確かに、そのようなことを言っていました」

「だが、その前にマキンと何やら話しているようだったが」

 ナリサスが余計なことを言うから、私は適当にした。



「剣を突きつけられてこわくて、とてもじゃないけど覚えていないわ」

「怖がっている顔には見えないぞ」

 研究者たちがヒソヒソと囁く。彼らがいるからトピはさっさとげたに違いない。

「そもそも、その女はなんなんだ? 魔術師か?」

「……妖精に好かれる性質を持った女で、俺の研究対象者だ」

 ルクレーシャスが言葉をにごして研究者に答えた。魔力が測定不能になるくらいに大きな魔石を取り込んでしまったのだとは、言わない方がいいことぐらい私にもわかる。

 だって、私が取り込んだのは彼らが捜しているトピの魔石なのだ。

「今回妖精ルビーが協力者となったのも彼女の助力のおかげだ」

「だけど、もうリンジーに頼まれてもわたし、捜さない」

「なんだと?」

 ルビーちゃんの言葉に、ルクレーシャスだけでなく研究者の男たちもまゆひそめた。

「だって、トピは人間にゆうかいされてひどい目にわされているわけじゃなくて、自分の意志で逃げているみたいだし。それなら、わたしはその邪魔はしないわ」

 研究者たちがざわつくのを横目に、ルクレーシャスがてきする。

「……洗脳されているかもしれないぞ」

「それでも、それはトピが選んだ道」

 ルクレーシャスたちの手の届かない上空にかんでいたルビーちゃんは静かに言うと、私のところまでやってきて、そっとほおに触れた。

「リンジー、だいじよう? こわい思いをしたって聞いたわ」

 トピに剣を突きつけられたのはおどろいたけれど、逃げるために仕方なくだろうと思ったから、それほど恐くはなかった。……はずだけれど、手を見るとふるえている。

 ルビーちゃんは私の鉄のチョーカーに触れないようにしんちように首筋をなぞった。

「首のところ、ちょっと切れてる」

 不満そうにくちびるとがらせると、ルビーちゃんがそのを指先で撫でた。少しみた後、その場所が温かくなる。

「はい、治ったわ」

 ルビーちゃんがにっこりする。見ていたマグネスの研究者たちが目の色を変えて私たちに視線を向けてくるけれど、ルビーちゃんは気にする様子がない。

「ええと、ありがと、ルビーちゃん」

「うん。もう帰りましょうよリンジー。トピを捜す必要はなくなったんだから!」

 トピは追っ手をまいた後、私のところに戻ってきて、私からせきを取り出してくれるはずだ。

 だから確かに、私が捜す必要はないのかもしれない。

 ルビーちゃんの言葉に頷いて、力の戻ってきた足でからどうにか立ち上がった時、魔術師の制止を振り切って近づいてきた白衣の男が聞いてきた。

「──すみません、貴女あなた、どうやって妖精をあやつっているんですか?」

 若い男で、きようしんしんといった様子だった。操るなんていう言い方にルビーちゃんは思い切り顔をゆがめたし、私もいやな気分になった。

 私たちはだまってルクレーシャスが用意した馬車へと乗り込んだ。

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