第二章 魔石と代償_1
第二章 魔石と代償
翌朝、
「これを身に着ければ出してやる」
そう言うルクレーシャスに
ルクレーシャスもつけている。このチョーカーは私が魔石から
「ルビーちゃんたちに会いに行ってもいい?」
「その前に朝食会に出て欲しい。
どうして魔術師たちに顔を見せなければならないのかはわからないけれど、朝食をもらえるのならありがたい。その後、歓迎会に参加してから、一度家に戻って頭の中を整理したい。
(トピのこと……それに、私の中にある魔石のこと)
地下室から階段を上がりつつ、
「顔見せを済ませたらしばらく自由時間をやる」
「え? しばらくって──」
「さあ、中へ入れ」
ルクレーシャスが
「妖精に特に気に入られている特別な魔術師のみがここにいる。ここにいる者たちが魔術協会を運営している」
「どうしてみんな真っ黒なの?……ここのドレスコード?」
「魔術師は黒い服を着用することを義務付けられているんだ」
「え!? 私もずっとそんな
「マグネス王国に
「わ、わかったわ」
何を言われているかよくわからなかったけれど、余計なことを何もしなければいいことはわかった。魔術師は戦争では役に立たないとされたはずなのに、管理されているのが不思議な話だと思った。しかも、管理者はマグネス王国のようだった。
ルクレーシャスが引いてくれた
私、魔術師たちにすごく見られてる気がする。
何か疑われているのかもしれない。それとも、檻の中に一晩閉じ込められていたのを気の毒だと同情しているのだろうか。もしかすると、髪の毛が思い切りはねてる?
彼らはルクレーシャスの言葉を待っていた。私もそわそわしつつ、言葉を待った。ルクレーシャスはやがて口火を切った。
「報告がある。ここにいるリンジー・マキンを一時我ら魔術協会の保護下に置くことにした」
「え!? どうして?」
当の私が
ルクレーシャスが横目で私を
「ここを出て異常を起こした時にどうするつもりだ? 対処法など知らないだろう。チョーカーはあくまで応急的な処置にすぎない」
「……そうよね。それで歓迎会なのね」
妖精たちは、私がこれからこの魔術協会で世話になることを知っていたのだろう。
ルクレーシャスにぴしゃりと言われて考えなしの自分に落ち込んでいると、果物の皿を持ってきた妖精が私の皿にいろんな種類の果物を盛り付け、
魔術師たちとルクレーシャスは話を再開した。まず、魔術師の一人が
「──機密
「危険はある。だが現在、彼女が俺にとって機密そのものだ。必ず研究しなければならない」
「き、機密? 研究?」
「……
研究と言われてトピの言葉を思い出した。物のように
けれど、ルビーちゃんはルクレーシャスなら
ただ、現時点で、人間では体内にある魔石を取り出すことができないという。
それを可能にする為の研究だというのなら、それは今私が必要としている研究だった。何か協力できることがあるのならしたいし、研究を進めて欲しい。
「研究、か」
ルクレーシャスの言葉を聞いて、アーロンは
「昨晩彼女を
「アーロンさんの言う通りだ」
眼鏡の男がそう言うと、みんな一様に
「なあ、ルクレーシャス。何もかもこれから始まるんだ。これが先例になったら、何かと
「アーロンは反対というわけか」
ルクレーシャスに言われると、アーロンは少し
「オレがルクレーシャスに反対するなんてそんなことがあるわけないだろ? だけどオレはおまえのことを心配していて、おまえの為にどれだけちっぽけな可能性だろうと危険の芽は
「ああ……わかったわかった」
「本当にわかってるか?」
おざなりな口調で言うルクレーシャスを、アーロンは目つきの悪い目でぎろりと睨んで立ち上がった。机の上にダンッと手をついて、身を乗り出す。
横にいた立派な口髭を蓄えている男が「これは長くなるぞ……」とボソッと
「オレは言ったよな? 今回の
ルクレーシャスが親指で
アーロンは、目つきは悪いけれど、まるでルクレーシャスを心配する母親のようだった。その想像がおかしくて、思わず「ぷ」と
「オレはルクレーシャスが望むなら、いくらでもその女を研究すればいいと思ってる。だが……やり方を考えろ」
フンッと鼻を鳴らすと、アーロンは椅子に座った。ややあって、ルクレーシャスは改めて口を開いた。
「……それでは、彼女を魔術師とするなら? 魔術師の
「妖精から魔石をもらうって条件は、確かに満たしてる。だがそれこそ
「やつらは確かに、そう考えるだろうな」
「あまりやりたくないが、特例を作るか……あるいは初めからいなかったことにするか」
「よせ、アーロン」
ルクレーシャスが私を
「私が聞いてるって、わかっていて言ってるの?」
「わかっているさ。
にやりと嫌な
小さな
アーロンが耳を押さえながら、妖精を睨みつつ言った。
「妖精と仲がいいんなら、妖精に準じる扱いっていうのはどうだ?」
耳を押さえながら言うアーロンの言葉に、特に反論はあがらなかった。
「それってどういう扱いなの?」
私がアーロンに問いかけると、彼はすんなりと教えてくれた。
「……
「それっていいの? 悪いの?」
「危害は加えないさ。逃げたければ逃げるがいい。だが何の発言権もない。権利もない」
「えーと、発言権と権利っていうのは」
「組織の運営には関われないってことだ。人権は尊重するさ。オレたちに
不安なことを言われたけれど、見えるところにいる妖精はみんな私を安心させるかのように頷いてみせた。妖精である彼らが頷くのなら、大丈夫なのかもしれない。
「──それでは、リンジー・マキンは妖精に準じる扱いとする」
ルクレーシャスの宣言で、私はこの魔術協会の屋敷に滞在することが決まったらしい。
その瞬間、食堂にいる妖精たちが私を
「じゃ、
私は
私はこの屋敷の二階にある
ルクレーシャスは魔術師たちと場所を移して会議をするということで、私を二階の部屋に案内すると「他の部屋には決して入るな」と言いおいて一階に戻ってしまった。
二階は基本的に他の魔術師たちは立ち入り禁止だそうだけれど、妖精は好き勝手に
私に
ルビーちゃんに「まだ歓迎会の準備ができてないから庭に来ちゃダメ!」と言われた私は、こっそり私の部屋のバルコニーから庭の
「……ん?」
自分がコソコソしていたからか、私と同じようにコソコソしている人たちを見つけた。
庭の
二人いる。どちらも黒いローブ姿だけれど、魔術師ならコソコソせず、堂々としたらいい。
「まさか……妖精
そういう人たちがいるらしい。私はまさにそれで疑われた。
どうしたらいいのか、私が考えている内に、向こうも私の存在に気づいた。
茂みの陰から二人の男が出てきて、近くにいた妖精たちが
男の内の一人が私を指さしながら声を張り上げた。
「おまえ! そこで何をしている? 二階はルクレーシャス様の私的な空間だ! 立ち入りは禁じられている!」
「しーっ! 静かに!」
「女、一体何者だ!」
「コソコソと、
「そ、それは私のセリフだわ! あなたたちだってコソコソしてたじゃない!」
「──あの女を引きずりおろせ、アドニス!」
金髪の青年が問答無用で命じると、その後ろにいた三十代ぐらいの男が進み出てきて手を振った。すると、バルコニーの
「え──?」
手が
頭から落ちそうになった私は、どうやら私が手を滑らせる原因を作った三十代ぐらいの男と目が合った。
(──もうダメ、ぶつかる!)
ぎゅっと目を閉じた。けれどその瞬間、
「……わあ」
目を開いたら、下から
私はその花びらの一つのように、ゼリーになった空気の中を
天地も関係なくなるような夢のような感覚。あまりに現実
そこにはルビーちゃんが立っていた。ルビーちゃんが私に向けた手を
「危なかったわ……ありがとうルビーちゃん」
「──な、何がありがとうだ! そこの妖精、さっさと逃げるんだ!」
ルビーちゃんは潜っていた茂みから
「……あなたこそ、どっかに行っちゃえばいいのに」
「なんだと!?」
「何度ここに来たって、わたしはあなたに魔石はあげない。あなた
「この間は人間に興味がないと!」
「今、嫌いになったわ。リンジーを傷つけようとした」
そう言ってルビーちゃんは私を見てにっこりと笑った。
「おはよ、リンジー!……ちょうど準備ができたところなの。
ルビーちゃんが私の手を取ると、金髪の男は青い目を見開き
落ち着いて見ると、少し
「
そう言うと、金髪の男はローブを
後に残されたのは、私を落としておいて私を受け止めるために
置いていかれた男は、灰色の目を見開いて私たちを見ていた。
「あの……
「さっさとどっか行ってよ!」
ルビーちゃんが叫ぶと、男は座り込んだまま頭を下げた。
「も、申し訳ありません……妖精泥棒ではなかったのですね」
すまなそうに見上げられて、私は少し
ひとまず、私は彼に手を貸して立ち上がらせてあげた。
「妖精泥棒ではないわ。でも、疑われるのに慣れてきたわよ。昨日から二回目だもの」
「……妖精は
そう言って、男は私の腰にしがみついているルビーちゃんを見た。
ルビーちゃんは嫌そうな顔をして身を引いた。
「やめて、そんな暗い目でわたしを見ないで!」
「ああ、それは、申し訳ありません。……ええと、妖精は人間の感情を
私がよくわかっていない顔をしていたのかもしれない。私を見て、男が説明してくれた。
「妖精はむき出しの心そのままのような生き物。その心のかけらを借りて
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。色々あってここにいるのよ」
魔石をもらったからといって、それだけで魔術師になれるわけではないだろう。
その資格の
「そうですか。……あなたは妖精に
男が
「あ、ありがとう……私はリンジー・マキンって言うの。あなたは?」
「私はアドニス・ラブキンと申します。先ほどは申し訳ありません。彼──ナリサス様に命じられては断れなくて」
叫んでいた金髪の男のことだろう。この男より若いのに、
「アドニスさんよりずっと年下みたいなのに、とても
「出自を
そう言って、アドニスさんは目を
「本当に、心から申し訳なく思っております。
罪悪感に打ち
「あの、大丈夫よ! 気にしないで。
私が助け船を求めてルビーちゃんの名前を呼ぶと、アドニスさんは目を丸くした。
「ルビー? その妖精には名前はないと聞きましたが……」
「リンジーがつけてくれたの! いい名前でしょ?」
「それは……すごいですね。妖精が名前を付けさせるなんて。ルクレーシャス様ですら成し
そういえば、ルビーちゃんは長生きしているという話だった。けれどこれまで名前はなかったという。思わずルビーちゃんを見やると、ルビーちゃんは舌打ちしかねない顔をして言った。
「だってあの男、暗いんだもん。暗い考えがいっぱい
「それでも、彼はとても妖精に好かれているのですから、すごい方です」
「全然好きじゃないわ」
アドニスさんの言葉をルビーちゃんはきっぱりと否定した。
アドニスさんはそんなルビーちゃんの言葉に
「どっちなの?」
「リンジーさん、昔あの方が好かれていたのは事実だと思いますよ。当時の彼がどんな性格だったのかはわかりませんが──十年前には、妖精たちがこぞって命を
「命を……?」
十年前というと、マグネス王国との戦争が起きた時だろう。
私は当時六歳。ルクレーシャスは見た目の
戦争に巻き込まれたのかわからないけれど、命を擲つほど助けたいと思われるだなんて、確かにものすごく好かれていたとしか思えない。
ルビーちゃんは
「そもそも、どうして
「命を費やす? 本当に命をかけたの?
「そうよ。彼のために大勢の妖精が死んじゃった」
私は息を
アドニスさんは穏やかな顔つきのまま、
「十年前のあの戦争が、彼を変えてしまったのでしょうね」
「どうでもいい。リンジー! それじゃさっそく、楽しいパーティを始めましょ!」
ルビーちゃんに
「ようこそリンジー! あなたのおかげでこれだけたくさんの妖精が自由になれたの! しゃべれる妖精は自分でお礼を言うだろうから、まだしゃべれない妖精の代わりにわたしが言うね。本当にありがとう!」
「うん──どういたしまして、ルビーちゃん。それにありがとう、みんな!」
気になることはたくさんあったけれど、今は私を
花畑の真ん中で踊っていた妖精たちが、バグパイプの演奏が一段落したところで私とルビーちゃんに
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