第5話 性格が悪い対応のやり方

 芽衣がやってきて十日が過ぎた頃、一本の通知がきたので、一度街に降りることにした。食料の買い付けや、足りないものの補給もあったため、払い下げの軍用ジープを改良した車の助手席に芽衣を座らせ、舗装された山道を一度登ってから、下る。

「もうちょい時間ずらせば、飯をついでに食って行けたなあ」

「うむ。だがれんらくが昼過ぎだ、仕方ないだろう」

「いや連絡自体は飯食ってる最中な」

「細かいな! きさまは女か⁉」

「鏡を見て言え」

「せんめんじょの鏡なー、あれ高いんだ。台をくれ」

「もっと早く言えよ……んじゃ、それも買うか」

「うむ。ところで、食料の買い付けじゃないのか?」

「何故そう思う?」

「まず、わたしが同行すること。わざわざれんらくが来たこと。そしてこんな車を使うこと」

「ま、ついでに買い付けもするんだけどな。その三つから想定できることは?」

「荷物を運んでもらった」

「しかもそれなりに量が多くて、手間がかかる。だとして、わざわざ車を出して受け取りに行く?」

「そういうシステムなのか、山に立ち入りをきんじてるか」

「この場合は後者だ。ついでに言えば、仲介を立てて発注それ自体も俺が関わっていないよう手配してる」

「……荷物の内容から、動向を探られるからか?」

「よし、そのくらい頭が回るようなら充分だ。まだ俺やお前の〝立場〟を理解しろとは言わねえし、そいつは難しいが、考えなくても良いってわけじゃない」

「ししょう」

「なんだ?」

「なんかイラっとしたから、なぐっていいか」

「自分の顔をか? よせよせ、整形なんて自分でするもんじゃねえよ」

「…………」

 余計に殴りたそうな顔をしていたが、鼻で一つ笑ってやる。まだまだ殴れるような技量はないし、それは本人も理解しているだろう。格闘訓練を始めるのも、まだ早い。朝の走り込みだとて、ちょっとずつ距離を伸ばしているのがせいぜいだ。

 ただ今のところ、お互いに不満は出ていない。

「車のうんてんがしたい」

「足が届くようになったらな」

「……届くなら今でもいいのか?」

「へえ? じゃあ考えてみろ。ちなみに考えるのと躰動かすの、どっちが好きだ?」

「気分だな。どちらも嫌いじゃない」

「そりゃいいことだ。楽しいか?」

「たいくつだと思ったことはない」

「退屈を嫌がるな、むしろ、それすら楽しめ。もっとも、ここから先、お前に暇な時間ができりゃいいけどな?」

「ふむ、それは楽しみだが、きさまはどうなんだ、ししょう」

「俺か? 退屈は面倒だ、どうせ厄介ごとが近づいてくる。。暇な時間になると、だいたい寝てる。寝れる時間なんてのは、そのくらいだからな」

「わたしが言うのもなんだがきさま、大変な生き方だな!」

「俺が自分で選んだ道だ。十五前後になりゃ、選ぶ実感も得られる」

「まだまだ先じゃないか……」

「そうだ、その通り、まだまだ先だ。そのために今は何でもやれ。んで、何でもできるようにしろ。選ぶのなんて最後でいい」

「ふむ、よくわからんが覚えておく」

「だが、自分でやるかどうかは、自分で決めろ」

「それはだいじょうぶだ、いつもやってる」

「ならいい」

 運転を始めて三十分以上、ようやく街はずれのガレージに到着した。

「なんだここ」

「車の修理工場と、ガソリン屋だ。隣には雑貨店もある、経営者は同じ。俺のことを知っている馬鹿がいるんだよ」

「きさまとどっちがばかだ?」

「お前と似たようなもんかな。手は貸さない、一人で降りろ」

「言われるまでもない」

 そういう返事が生意気なんだよなと思いつつも降りれば、ガレージから作業服の男が顔を見せた。

「よう、ジニー」

「ご苦労さん、キリタニ」

 ヤニでやや黒くなった歯を惜しげもなく見せつけて笑う、東洋人の男は、首にかけたタオルで顔を拭うけれど、そもそもタオルにオイルがついているため、あまり綺麗にはならない。

「芽衣、こいつが――」

「――ふむ? なんだこいつ、かしこそうだぞ。わたしと同じくらいだな。朝霧芽衣だ」

「キリタニだ、嬢ちゃん。ちっこいな、車の運転は無理そうだ」

「そこをどうにかするのが車屋じゃないのか?」

「こいつぁ手厳しい。三ヶ月寄越せ、車さながらのカートを作ってやる」

「そこできさまのうでがわかる、そういうことか?」

「言うねえ、この嬢ちゃんは」

「芽衣、隣に行って食料を買い付けろ、内容は任せるが十日ぶんは考慮しとけ」

「ならば金を寄越せ」

「あとで俺が払うと言え」

「チッ、……まあいい」

「トラブルは起こすな!」

「なんだと? きさま、わたしがトラブルを起こすとでも思っているのか?」

「どう考えても思わずにはいられねえだろ……英語で応答してみろ」

easyかんたん that. Heyおい f**kerクソ clerkてんいん, howこの muchゴミ f**k garbageいくらだ?」

「うひゃひゃひゃ! こいつぁいい! いいぞ嬢ちゃん、それで行ってこい!」

「うむ、では後でな」

 その背中を見送りながら、キリタニはずっと笑っていた。

「……おい」

「ひっひっひ、いいなジニー、ありゃいい。気に入っちまった。車作るぜ?」

「大前提、どんな車に乗り換えても感覚が通じるように仕込め。遊びで終わらせたくはない」

「……ピーキーな車しか好まなくなる未来はあるよな?」

「ねえよ!」

「いやある! 普通の車で満足しちゃ駄目だろ! 最近じゃ燃費がどうの、乗り心地がどうのと小さくまとまっちまっていけねえや! そりゃ俺だってV8が正義とは言わねえよ、最近のガソリンエンジンだって大したもんだ。けど俺だって骨董品のソアラから抜いたVVT-iエンジンを使って一台組み立てたが――」

「ああいい、いい、もういいわかった好きにしろ。先払いで十万ドルやるから、芽衣の面倒は見ろ。いいな?」

「オーケイ、いいぜ諒解だ。――っと、先に荷物だな。待ってろ、今リフトで持ってくる」

「おう」

 しばらく待っていれば、粗雑に積まれた荷物が二つ、リフトで運ばれてきた。

「乗るか?」

「あー、まあ収納関連はパズルと同じだ、どうとでもなる。手伝いはいらねえよ」

「こんなもん手伝うか。エンジンの様子見るから、火を入れろよ、ジニー」

 面倒だったので鍵をそのまま渡し、さてと、段ボールと格闘だ。

「悪くなっちゃいねえが、もうちょい使えよジニー」

「俺がこっちに来たのは、ちょっと前だろ、許せ。……そういや荷物チェック入れたか?」

「おいおい、俺が集荷チェックの業者に見えるなら、ペンキ屋に通うのはやめるんだな」

「ねえだろ、このへんには。まあどっかでチェックは入れてるはずだが、とりあえず爆発物はねえな……あ、新規の携帯端末あるから、連絡先は渡しておくぜ」

「あとでな。オイル替える時間あるか?」

「いいぜ、飯も食い終えた後だ」

「やっとく。タイヤが減るくらい転がせよジニー、かわいそうだ」

「やんちゃな時期はとっくに終わってんだよ馬鹿――っと」

 おおよそ十五分、全て積み込みを終え、あとはロープで荷物を留めれば完成だ。タイヤのへこみを確認しても、過重ではなさそうである。サスペンションには負荷はかかっているが。

 煙草に火を入れて、一服。耳を澄ませ、風を読み、その意識に不自然もなく、紫煙を吐き出す。

「今度は、あの嬢ちゃんがやんちゃをする時期か?」

「んー」

 煙草を突き出せば、キリタニも受け取って火を点けた。これでも元軍関係者だ、煙草と酒と珈琲は、嫌というほど味を知っている。

「正直に言えば、あいつのバランスはすこぶる良い。下手に落ち着いて小さくまとまってもいねえし、かといって足元が見えずに歩いて落とし穴にはまるタイプでもない。探りを入れてはみたが、それに自覚がないのが、また良いわけだ」

「問題は、態度と口の悪さか?」

「こっちは慣れちゃいるが、あんなガキに言われてみろ、世も末だと天を仰ぎたくなる」

「はは、違いねえ。……育てるんだろ?」

「俺はいつだってだ。――こうなって欲しくねえと望むのは、勝手だろ」

「やれやれ……ガキなんてのは、親が何を言ったって、好きに育つさ」

 親がいなくとも子は育つ、そんなことはわかっている。だがジニーは狩人であり、高ランク――教育学なんてものにも触れているし、親の影響を嫌というほど知っていた。

 けれど、ああ。

「楽しんで育てるつもりだ」

「お前はいっつも、楽しんでるだろ。汚れ仕事を今までしてきたぶん、暗部を表に出しやしねえ」

「そりゃ人生経験なら、お前よりある。……まああれだ、引きこもってばっかじゃ何だし、たまにはこうして、顔を出す。芽衣の車、どんくらいだ?」

「とりあえず既製品のカートを購入してからの改造になるからな、せめて三ヶ月は待ってくれ。できれば忘れた頃に持って行きたいもんだ。注文は?」

「半年やるよ。右ハンドル、オンロード仕様。ただし助手席側にも運転システムを連動して搭載しろ、俺が動かせるようにな」

「ちっとデカくなるぞ」

「想定内だ。必要なら設計図も書いてやるぜ?」

「うるせえ、俺の領分だ」

「ナビシステムは搭載しろ、敷地内のマップを後で俺が入れておく。GPSでこっちも位置を把握できるからな。それと予備のタイヤは最低八本用意しとけ」

「ドリフトの練習でもさせるつもりか」

「車の〝制御〟の基本だろ、あれ」

「いいわかった、やってやる。――はは、ガキのおもちゃを作るってのは、やっぱ楽しいな。そう思わないかジニー」

「まったくだ。簡単に飽きるヤツでもねえよ、今はまだ電子戦を覚えてる最中だが」

「電子戦? なんでまた」

「興味が向いたから教えてんだよ。といっても、教材を与えて経過観察中――だが、これがなかなかやる」

「へえ? たとえば?」

「文章がいまいち読めないのが良い方向に転んだ。数学の公式と同じだ。どうしてこの公式になる? ――そいつを後回しにして、そういうものだと覚えてるんだよ、あいつは。一つのコードに対して、その〝結果〟を追うことで、組み合わせながら後で〝過程〟に気付く。学習方法としては、こっちの方が早い」

「あとできちんと、それが基礎であることを忘れずに教えれば、か?」

「抜け落ちたところは、まあそうだな。お前の車ができ次第、そっちの知識も教えるつもりだが、ちゃんと話せるようにしとけよ、キリタニ」

「だから、こいつは俺の領分だと言ってんだろ――オイル交換をする、もうちょい待ってろよ」

「おう」

 なら空気圧チェックくらいは自分でやるかと、作業をしていれば、ごろごろと大きめのカートを押して芽衣が戻ってきた。

「――よう、戻ったか。どうだ?」

「ふん。……おいキリタニ!」

「……あ? オイルの交換中だ、後にしてくれ」

「きさまのワイフは商売のセンスがないな! おまけばかり大量によこしたぞあの女は! ちゃんとさいさんを教えろ!」

「あー……じゃ、今度お前から教えてやってくれ」

「ふん、そんなめんどうなことはやらん。だいたい、9ミリをよこせと言ったら、ケースを出してきたぞ? おいジニー、ここはデトロイトか? じゅうがないと言えば、M36を出してきた。どうかしてる、わたしはチーフじゃない」

「受け取ったか?」

「きょかがないんだ、買えない。おいジニー、このにもつ乗るか?」

「ああいい、すぐ乗せる。ところで9ミリのボックスがないのはどうしてだ?」

「45ACPはないと言っていたからことわった」

「ヘイ、ヘイお嬢ちゃん、愛読書は?」

「以前はじゅうきカタログを」

「エリート教育だ、さすが。今度は車のカタログを送ってやるよ」

「きさまはそんなことより、わたしの車を早く送れ!」

「ははっ、言いやがるぜ。ジニー、終わったぜ」

「ご苦労さん」

 最後にロープを張って荷物を固定、空になったカートを蹴るようにしてキリタニへ。

「新しい口座を送付する」

「そいつはいいが、色はつけるな。いいかジニー、クソッタレ、てめえがぽんぽんと金額を大きめに書くたびに、俺の金銭感覚は狂っちまう!」

「安心しろ、――俺ほど狂っちゃいねえよ」

「なんの慰みにもならねえよバァカ! おい芽衣! この馬鹿どうにかしろ!」

「人生はあきらめもひつようだぞ、キリタニ」

「あーそうかい、わかった、もういい。あーもう……あ! たまにゃツラ見せろよ!」

 わかっていると、車に乗り込んでエンジンをかけた。だが、アクセルを踏む前に、窓から上半身を出して顔を向ける。

「ああそうだ、思い出したよ。うちのガレージに骨董品のエンジンが、埃をかぶっておいてあるんだ。どうも重くって移動したくはねえし? これから使い道があるとも思えない――何しろ俺は技術者じゃないからな」

「……何が言いたい?」

「今のところガレージには二台の車が入ってる。しかし、カートとはいえそれなりのサイズの車が? 新しく入ったとしたら? こいつは邪魔になるし払い下げでもしちまおうかと考えてる。おっと、俺の目の前にエンジン好きの馬鹿がいるなあ?」

「……ブツの内容は」

「FD3Sで使用されていた、13B-REW型のロータリーエンジン」

「ふざけんなてめえ! 埃かぶらすのがもったいねえ俺んとこ持って来い!」

「新しい車をガレージに入れることになったらな。じゃ、ごきげんようキリタニ。浮気してっと、俺も浮気をするかもしれねえ」

「うるせえよクソッタレ!」

「ははは」

 車を走らせれば、隣で芽衣が腕を組んで頷いていた。

「なるほど、こうやるのか……上手いな」

「ん? まあ初歩だ。じゃあネタ晴らしも一緒にしてやろう」

「聞こう」

「会話の内容から、別荘のガレージの話に聞こえただろうが、実際には違う場所に俺が持っているガレージの中にある。埃をかぶってんのは、荷物にかけたシートだ」

「……キリタニは、仕事をいそぐだろうな」

「だが、限界はある」

「だろうな」

「そこで? 一ヶ月を過ぎたあたりに、見知らぬ荷物が届くわけだ。なんだこいつはと開いてみればなんと、一ヶ月前に聞いたエンジンが目の前にある! だがまだ作業中だ、今の仕事が終わっちゃいねえ――さて、反応は?」

f**kinあのバカ suckerやろう, Assクソッ holeタレ!」

「その通り。楽しいだろう?」

「きさま性格がわるいな!」

「よく言われる。戻ったら荷物の開封だ、手伝え」

「わたしへのほうびはなんだ?」

「お前専用の端末が買ってある」

「よしやるぞ!」

 結構と、ジニーは小さく笑う。この少女は口が悪いけれど、基本的に素直なのである。



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