第10章 その2 彼らの言葉1
西の平原にはマノン先生からの報告通り、10体ものメトゥスが蠢いていた。
(この間みたいに、赤味や青味を帯びている様子は見られない……)
物理攻撃無効、魔法攻撃無効と言う展開はなさそうだが……。
(ターンごとに増える可能性はある。それに10体ものメトゥスがてんでばらばらの方角へ移動して街を襲ったら……)
私たちだけでは到底抑えきれない。
(本当にどうしたら……!)
ゲームならとりあえず挑戦してみて、失敗したらセーブ箇所からやり直せばいい。だが、ここではそんなわけにもいかない
(Wikiが見たい! クリアした人から情報聞きたい……!)
心臓がキュッとなる。震える手でロッドを固く握りしめた時だった。
「睦実」
甘く爽やかな、かなたみたまボイスが耳に飛び込んで来た。
「オレ思うんだけど。睦実って天使なんじゃないかな」
(は?)
ライリーの突拍子もない言葉に、私は思わず顔を上げる。
「……何、言って……」
言いかけて思い出す。メトゥスを倒すため、私をいい気分にする言葉をかけるように彼らに言ったのは私自身だ。
「うん、ありがとう……」
自分から求めたくせに、心はピクリとも動かない。腕に装着したガントレットのパワーゲージも静まり返っている。
(ライリーがこの戦闘に勝つために、偽物の私のテンションを上げようと、努力してくれているのは伝わって来るけど……)
「睦実!」
私の前に、ライリーが回り込んで来る。くるくると輝く瞳が、まっすぐに私を見ていた。あまりにも澄んだ眼差しに、心が縮みあがる。だが、私の動揺を気にする風もなく、ライリーはにこにこと言葉を続けた。
「睦実は、外の世界から来たんだよね? で、その世界には、オレたちの住むこの世界を作った創造神がいるんだよね?」
「え? えぇ、まぁ……」
「すごくない? 創造神と同じ世界の住人なんだよ、睦実は! それって神の世界の一員ってことにならない?」
「な、ならないよ……!」
ライリーのトンデモ理論に呆気に取られる。
「聖洞みんとさんは私たちの世界でも神絵師って呼ばれてるし、このシナリオ書いた階先生も神って言われてるけど、私とは何の接点もないもん。あのお二人は、私が同じ世界に存在していることすら知らないよ、別世界の人」
「別世界? でも同じ世界に住んでたんだよね?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、やっぱ睦実は神の世界の住人だよ! すごい!」
「だから、全然すごくないんだって。神の作り出す作品をただ楽しんでいただけの平々凡々な人間で……」
「でも睦実は、神の作り出した世界の情報を俺たちに伝えて、戦闘が有利に運ぶようにしてくれたじゃないか。それって、神の世界からの使いだから出来たことだろ?」
「え……えぇ~?」
「睦実は自分のこと偽物だっていうけど、オレは睦実のこと、創造神のいる世界から遣わされた天使だと思うよ」
「だから、天使って……」
「この世界の少女がいるはずの場所に天使が舞い降りて来るなんて、結構すごいことじゃない?」
「もう、ライリー……」
ライリーの言葉を聞いているうちに、強張っていた心が徐々にほぐれていくのを感じた。
「あ、笑った」
「え……」
「初めてだね、こんな至近距離でオレに微笑みかけてくれたの。ふふっ」
「……っ!」
心臓が跳ね上がる。頬が一気に燃え上がったのを感じた。
「睦実、心配しなくていいよ」
ライリーが銃を取り出し、構える。
「天使が味方についたオレたちが、負けるはずないから。きっと世界だって亡びやしない!」
ライリーの銃が火を噴き、メトゥスに攻撃を加えた。その銃声を合図に、導魂士たちは各々の武器を操り戦闘に入る。
「そうだぜ、睦実ちゃん!」
私の肩に触れる褐色の手。その手が徐々に金色の毛に覆われてゆく。振り返った時、そこにいたのは獣人変化をしたキブェだった。
「睦実ちゃんは、自分を偽物だとか言って、なんか俺らに申し訳ないことしたって気分になってるみたいだけどさ。俺は、ここにいるのが睦実ちゃんで良かったと思ってるぜ」
「……どうして? だって、私には戦うための魔力なんてないし、世界を救う切り札にもなれないのよ?」
「あー、まぁ、それはそうかもしんないけどさ。そんなスケールでっかい話じゃなくて、これは俺個人の気持ち」
「キブェの気持ち?」
「そ!」
言いながらキブェは一歩前に出ると、頭上に振り下ろされたメトゥスの触手を鋭い爪で断ち切った。
「もし、ここにいるのが睦実ちゃんじゃなくて、ソフィアちゃんだっけ? その子だったら、俺のこの姿を初めて見た時、あんなに嬉しそうな顔をしてくれなかったと思うんだよね。俺のこの姿、部族の誰からも疎まれていたからさ」
(キブェ……)
「ううん、そんなことない。ソフィアは優しい子よ。きっとここにいたのが彼女でも、キブェを受け入れたと思うわ」
「そ! 確かに優しく受け入れてくれる子かもしれない。けどさ、睦実ちゃんみたいに心底嬉し気に目を輝かせて飛びついて来る子じゃないっしょ? もふもふ~とか、ぷにぷに~とか言いながら」
「それは……。ないかも……」
「だよね?」
けらけらと笑いながら、キブェは素早くステップを踏み、メトゥスに攻撃を加える。
「睦実ちゃんだけなんだよ。俺のこの姿を初めて目にして、戸惑いもせず頬を染めて幸せそうな顔をしてくれたのは。そのことに俺がどれだけ救われたか、睦実ちゃん、知らないっしょ?」
「……っ」
「極端な話、俺は、睦実ちゃんにこの世を救う力なんてなくたっていいと思ってる。睦実ちゃんはそのままで、俺を救ってくれた大恩人だから」
「そんな、恩人だなんて大袈裟よ……」
「なぁ、戦いに勝って生き延びようぜ! その暁にはモフモフし放題だ!」
「えっ、ほんと!?」
「ひゃっひゃっひゃ、その顔! やっぱ睦実ちゃんはそうでなくちゃな」
(キブェ……)
「この状況で、よそ見をしながらの戦闘とは、ずいぶん余裕だな、キブェ」
そう言って目の前に飛び込んできたのは、白銀の閃光。目にもとまらぬ一振りが、眼前のメトゥスを両断した。
「エルメンリッヒ……」
「睦実、お前は我々のいるこの世界を、ゲームという創作された物語の中だと言ったが。それは間違いないのか」
「え? う、うん……」
「何故そう思う?」
「だって、地名も光景も、登場人物の姿や声も、全部一致しているもの……。メトゥスによって攻撃される世界ってことも」
「では、問おう。お前がこれまでゲームの中で見ていた我々と、今の我々とは言動が完全に一致しているか?」
「え? それは……」
「違うのではないか?」
「え、えぇ……。基本は大体抑えているけど、一言一句同じというわけじゃ……」
「もし、お前の言うとおりここが誰かによって作られた物語の中であれば、我々もその創造主の意図に沿って定められた言動しか取れないはずだ。だが、実際はそうではない。我々は個々の意志を持ち、お前と言う存在に合わせ言葉を紡いでいる」
「……でも……」
「似て異なる世界、その可能性はないか? フッ!」
気合い一閃、エルメンリッヒは襲い来る触手を叩き切った。
「そもそも、我々は神によって作られた存在だと言い伝えられている。そしてそれはこの国だけでなく、世界各国に神話として残されている。お前のいた世界ではどうだ?」
「それは……!」
創世神話と言うものは確かに存在している。細かいモチーフに違いはあっても、大まかな流れは大体同じだ。神が男を作り、女を作り、身分を作り……。
「あるのだな」
「えぇ」
「我らが何者かによって作り上げられた存在だとしても、それは特別なことではない。お前も我らと同じ、何者かによって作られた存在である可能性が考えられまいか」
「!?」
「言い切れるか? お前のその姿に、その言動に、何者かの意志が反映されていないと」
「え? そんなこと考えてみたことも……。でも、まさか……」
「ふっ……、案外我らとお前は、同じ存在なのかもしれんぞ」
(エルメンリッヒ……)
「そこに隔たりはない、そうは思わぬか?」
「…………」
「お前は自らを偽物と言うが、我らが出会った『封魂の乙女』はお前だ。これまで共にメトゥスと戦ってきた仲間だ」
エルメンリッヒのアイスブルーの瞳に、金色の睫毛がかかる。
「私は、お前と共にこの道を進む覚悟だ」
「……っ!」
「危ないですよ、エルメンリッヒ!」
静かだが凛とした声が飛んで来た。
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