第10章 その1 告白


「この世界が、人の手によって作られた世界? お前はその外側の人間? どういうことだ、睦実」


 鋭いアイスブルーの瞳に射抜かれ、私は説明を始めた。


 ここが、『白銀の聖譚曲』という乙女ゲーの中の世界だと言うこと。乙女ゲーとは、機械に映し出される架空の男性と疑似恋愛を楽しめるゲーム―遊びだと言うこと。私は、元々その世界を外から見ているだけの存在であること。どういうわけか入れ替わってしまったけど、本来この位置にはソフィアと言う別の少女がいるということ。ソフィアには、私と違って魔力もあり、ちゃんと『封魂』も行えると言うこと……。


 全てを語り終え、辺りを見渡す。皆、信じられないと言った表情で、私を見つめていた。


「嘘、だよね?」


「……ううん、ライリー、全部本当のことよ」


「そんな……」


「私は本当ならこの世界にいるはずのない人間なの。『封魂の乙女』は、私じゃなくソフィア。私がここにいるせいで、メトゥスに対抗する力を持つ人間が、この世界からはじき出されてしまってるのかもしれない……」


「てめぇがさっき、自分のせいでこの世界が亡ぶと言ってたのは、そういう意味か」


「うん、ベルケル……」


「えっ? 世界が亡ぶ!? 睦実ちゃんそれってマジ!?」


「……多分」


「多分て!」


「『銀オラ』のパッケージにはそう書かれていたの。この物語は、メトゥスによって亡びに向かう世界を、『封魂の乙女』となって救う物語だ、って」


「亡びとは……決定事項なのですか?」


「多分、としか……」


 シェマルの愁いを帯びた表情に、胸が痛む。


「私は5章までしかプレイ……、長い物語のうちの5章までしか目を通せてない状態で、ここへ来ちゃったの。そこから先は、どんな展開になるかも知らない。この物語が何章まで存在しているかも知らない。エンディングがいくつあるのか、どんな条件でどんなエンディングを迎えるかも分からない。ひょっとするとゲームオーバーのない、何らかの救済措置が取られるシステムかもしれない。そうじゃないかもしれない……」


「ほぉ、それは興味深い」


(ミランってば……)


 この世界の真実に目を輝かせるミランを除き、皆一様に重く口を閉ざす。


(当然よね……)


 私は今、彼らに宣告したも同然なのだ。この世界は滅亡するのだと。


「メトゥスとの戦いにおいて、私が事前に敵の攻撃パターンを知っていたのもそのせい。みんなは『預言』って言ってたけど、本当は違うの。5章までプレイしていたから、その内容を覚えていただけ。特別な力があるわけじゃない。それにね……」


 私は一つ深呼吸をする。


「私がゲームでプレイしたのは5章まで。そして前回の戦いは、その5章のものと同じだったわ」


「では睦実、次の戦いに関する情報は貴女の中には……」


「うん、ないの。次の戦いからはもう、有利に戦闘を進められないわ、シェマル」


 皆の失望の表情を見るのが怖くて、私は俯く。膝の上で固く握った自分の手を、じっと見つめた。


「『預言』は出来ないし、私にあるのはミランの機械に頼ってさえ思うように使いこなせない変な力だけ……。『封魂』も出来ないから『封魂の乙女』なんて嘘っぱち……」


「睦実、なぜ今になってそのことを我らに語るのだ?」


(エルメンリッヒ……)


「本当に、そうよね」


真実を告白したからとて、現状が好転するわけじゃないのに。


(だけど……)


「……メトゥスに対抗する力を得るには、必要なことだと思ったの。猫耳カチューシャやホスト服という萌え記号だけじゃ私の心に響かなかったでしょ。パワーを得るには、私と言う人間を知ってもらった上で、私に特化した萌えを供給してもらう必要があるんじゃないか、って……」


 私は自分の発言に一抹の情けなさを感じながら、呼吸を整え言葉を紡ぐ。


「『封魂』を行えない私は偽物、ちゃんとした『封魂の乙女』は別にいる。彼女と入れ替わることさえ出来れば、この世界は救われる……と思う。どうすれば入れ替わることができるかまでは、私には分からないけど。だから、それまで……」


 指が白くなるまで固く握りしめる。


「私をここに置いてほしい。なぜか、この世界でソフィアと私は同一視されてるから」


 偽物のくせに、虫のいい話だと思うけど。


「私が居場所を無くせば、ソフィアもここへ戻って来られない。私がここへいる限り、ソフィアが『封魂の乙女』として入れ替わり復帰する可能性もある……気がする」


 これまで徐々に上げてきた彼らとの親密度は、恐らく今0になっているだろう。だけど、彼らには私と言う人間を知ってもらわなきゃならない。


「私……ソフィアがここに戻るまで、この世界を滅ぼさずにおく責任がある。だから……、私がこんな存在だと知った上で、私に本物の言葉をかけてほしい」


 我ながら言ってることが無茶苦茶だ。


「メトゥスに通用する萌えのパワーを私からガンガン引き出すためには、誰にでもあてはまるありきたりの言葉じゃ駄目。私のために作られた言葉、私のために用意されたシチュエーションじゃなきゃいけない」


 皆に優しくされる資格のない存在のくせに、世界を守るために私にちやほやしろと言っている。頭の中で、バキバキとフラグの折れる音が聞こえた気がした。


「もし、私が急に『封魂』出来るようになったとしたら、それはソフィアと入れ替わった瞬間かもしれない。みんなは、人が入れ替わったなんて認識しないだろうけど……」


「睦実、もう1ついいか」


 エルメンリッヒの低い声。私はびくりと身を震わせる。


「お前は自らの意志で、ここへ来たのか? 『封魂』が出来なければ、世界が亡ぶと知りながら」


 首を横に振る。


「そんな事が出来るなら、自分にメトゥスに立ち向かう力がないと分かった時、すぐにソフィアと入れ替わってるわ。どうやって来たかが分からないから、こうして戻れずにいるんだもの」


「そうか……」


 室内を沈黙が満たす。その時だった。


『睦実、導魂士の皆さん、聞こえますか?』


「っ! マノン先生?」


 いつかと同じように、マノン先生の声が直接頭の中へと響いてきた。どうやら彼女の声は私だけでなく、導魂士のみんなの元へも届いているらしい。


「…………」


 シェマルの双眸が細められ、遠いどこかを見つめるものとなる。恐らくマノン先生へ返事をしているのだろう。私の想像が正しいことは、すぐに分かった。


『あぁ、良かった、その声はシェマルですね。西方の平原にメトゥスが出現したとの連絡が入りました。その数10体。皆さん、直ちに討伐をお願いします』


(メトゥス……! こんな時に……! しかも、10体!?)


 これまで最も多い時でも6体だった。それの倍近い数だ。しかも今回は……。


(事前情報がないのに……)


 どうしてプレイしながら、Wikiにざっと目を通しておかなかったのか。いや、見ていたとしても発売日当日。まだ情報はネットに上がっていなかったかもしれない。


(そうよ、ミサ! 彼女は7章までプレイしたって言ってた。詳しく攻略方法を聞いていれば……!)


 今更悔やんでも仕方がないが、無力感に苛まれる。


「皆、聞いたな。メトゥスは西の平原だ。各自速やかに装備を整え、討伐に向かう!」


 エルメンリッヒを先頭に、導魂士の皆は椅子から立ち上がり談話室から飛び出してゆく。


「オラ、何ぼさっとしてんだ、てめぇはよ!」


 無骨な手が私の腕を掴み、強引に席から立たせられる。


「メトゥスが出たつってんだろうが! 準備しろ!」


「えっ? ベルケル、でも……」


「なんだ!?」


「ベルケル、私を戦場に連れて行きたくないのよね?」


「…………」


「『預言』も出来ないし、……あんな話の後じゃ、私だって浮かれた気分になんてなれないからきっとパワーも溜まらないし、それに『封魂』も出来な……」


「『封魂』が出来ねぇことくらい、てめぇは最初から知ってたんだろうが! 今更何言ってやがる!」


「……っ! そ、そんなことないもん! 最初は……きっと私にもできると思ってた」


「はぁ!?」


「だって、物語の主人公はみんな、異世界に行ったら自動的に不思議な力が使えるもん! 私だって、出来るものだって思ってた! だけど……!」


「だーっ、うるせぇ! 今は悠長にくっちゃべってる事態じゃねぇんだ! いいから来い!」


「ちょ、ベルケル!?」


 私は小脇に抱えられ、ベルケルに部屋から無理やり連れ出された。



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