第8章その1 分かりません


「睦実に、力があるだって?」


「えぇ、そうなんですよ、ベルケル」


 談話室に集ったのは、ベルケルとミラン、そして私の3人だった。ミランは手にした金属製の箱を、愛おし気に撫でている。どうやらそれが、私の魔力を測定した装置らしい。


「私にある力って、何?」


「分かりません」


(は?)


「はぁ? 分からねぇって……、今、こいつに力があるって言ったよな?」


「はい、その通りです」


「えっと、それは魔力ってこと?」


「いえ、それはキミにはありません。0です」


「じゃあ、何なんだよ」


「分かりません」


 ミランは嬉し気に笑いながら装置を撫でまわしている。


「てめぇ、おちょくってんのか……」


「とんでもない。ボクは事実を述べているだけです」


「だったら……」


「あるんですよ、睦実には。得体の知れない未知の力が」


(得体の知れない未知の力!?)


 降ってわいた主人公っぽいフレーズに、少しワクワクする。


「ねぇ、ミラン。それって、私も魔法みたいなものが使えるようになるってこと?」


「分かりません」


「え……。じゃあ、結局使い物にならないの?」


「分かりません」


 ベルケルの顔に苛立ちの表情が浮かぶ。


「ミランよぉ、いい加減に……!」


「でも、ボクの機械は間違いなく、あなたから何らかのパワーを感知してます。シェマルがあなたに魔法の指導を行ったのもその為でしょう」


「え? シェマル?」


「はい、彼は優れた魔法使いです。相手に魔力があるか否かが分からないはずないのです。だが、彼は君に指導を施した。何故か。それはキミの中に魔力らしき力があるのを感じ取っていたからです」


「えぇ、その通りですよ、睦実」


「シェマル!」


 談話室の扉が開き、シェマル、エルメンリッヒ、キブェが姿を現した。


「睦実、私はあなたの中に宿る力を感じていました。それはとても魔力に似たもので……ですから、きっと開花して差し上げられると思っていました。ですが……」


 シェマルが顔を曇らせる。


「ある時、違和感のようなものを感じ取りました。あなたの中にあるのは魔力に似て非なるものではないかと」


「そこで彼はボクに相談をしてきたのです。睦実、キミの魔力を測定できないか、とね」


「その結果、魔力はないと判断したわけだな?」


「えぇ、エルメンリッヒ、その通りです」


 言いながら、ミランは装置をぐるりと回して、表をこちらに見せる。よく分からないが、魔力やその他の力を感知すると針が動く仕組みになっているらしい。


「んぁ? 今、こっちの針が動いてんのは?」


「あぁ、キブェ、それは魔力の値です。シェマルが側にいるのでそれを感じ取っていますね」


「こちらの針は全く動いていないようだが。これは何だ」


「あぁ、それはですねぇ……」


「だぁーっ!!」


 苛ついたようにベルケルが雄叫びを上げる。


「てめぇの機械のことなんざどうだっていい! 睦実から出てるわけの分からん力って結局何なんだよ! それを説明しろ!」


「分かりません」


「ぶっ飛ばすぞ!」


「落ち着いて下さい、ベルケル。ボクは何もふざけているわけじゃないんです。本当に分からないのです。今も、ほら……」


 ミランはピクリとも動かない方の針を指差す。


「この針は睦実から何らかの力を感じ取った時に動くのですが、今は完全に沈黙しているでしょう?」


「え? この針が私の力に反応したの?」


「そうなんです。でも、今はこの通り。そのくせ、予測しないタイミングで針がMAX振り切ることもあるんですよ」


「予測しないタイミングでMAX?」


「とても不安定なんです、あなたの力は。一体何に反応して凄まじいパワーを瞬間的に放つかも不明。これを上手くコントロール出来れば、魔力に変換し、魔法を使うことも可能になるかもしれないんですがねぇ……」


 そう言いながらも、ミランは満面の笑みを浮かべている。


「ねぇ、ミラン。何もかも分からないって状態なのに、どうしてそんなに嬉しそうなの?」


「嬉しいに決まってるじゃないですか!」


 勢いよくテーブルに手をつき、ミランは私の方へ身を乗り出して来た。


「こんなエネルギー見たことないんですよ! 誰からもどんな物体からも出ていない謎のエネルギー! 謎の現象! 興奮せずにいられると思いますか!? くふっ、くふふふふふふ!」


(お、おぅ……)


 駄目だこれ、完全に研究対象を見つけたマッドサイエンティストの目だ。


「しかしミランよ。何もかも分からぬでは、魔力に変換することもかなわぬのではないか?」


「そうですねぇ、解明するのに10年……もしかすると20年……」


「10年!? 20年!?」


「いくらかかるか分からないんで、ボクのライフワークにでもしますかね、くふっ、くふふふふ」


「おいおいおい、ミラン!」


 熱っぽい瞳で中空を見つめるミランの肩に、キブェが手をかける。


「それじゃ結局、睦実ちゃんの謎の力は、メトゥス対策には使えねぇってことかよ!?」


「分かりません」


「だぁああ~っ!!! イライラすんぜ!!!」


「うっわ、びっくりした。猛獣の雄叫びが聞こえてきたかと思ったら、ベルケルかぁ」


 扉の向こうから、ライリーがひょこりと顔を出した。


「ライリー、今までどこへ行っていたのだ」


「えっ? えへへっ」


 ライリーのレディシュの髪には水滴がついていて、それが室内の明かりを反射し、キラキラと輝いている。


「秘密」


「秘密って……」


(あの髪、雨の中、外にいたってことだよね?)


 以前、茜色に染まるクレー射撃場で、1人密かに特訓をしていたライリーの姿を思い出す。


(雨でみんなが外に出てこないのをいいことに、こっそりと訓練してきた?)


 自他ともに認める天才少年ガンナーの、隠れた努力……。


(ふふっ)


「あ」


 突然男たちが一点を見つめ、身を乗り出した。


「今、こっちの針が動いたよな、ミラン?」


「はい、動きましたね」


(え?)


 彼らが見つめているのは計器の、ミランが先ほど説明した「今は完全に沈黙している」と言った方の針だ。


「つまり、今のが睦実から発せられている、謎の力なのだな?」


「はい、そうです、エルメンリッヒ」


「MAX……ではありませんでしたね」


「はい、今のは10%と言ったところでしょうか」


(え? なんで急にそんな反応が……)


「謎の力? ……って、ああっ! 睦実、帰って来てる!」


 ライリーは、初めて私の存在に気付いたらしい。彼は首を巡らせるとベルケルを見て悪戯っぽく笑った。


「へへっ、ベルケルが血相変えて追っかけて行った時は、どうなるかと思ったけど。ちゃんと連れて帰って来られたんだ」


(えっ? ベルケルが?)


「あっ、また針が動きましたねぇ……」


「ぁあ? 誰が血相変えてたって!? 適当抜かしてんじゃねぇぞ、ライリー!!」


「適当じゃないもん、本当のことだもーん」


「このチビ、何が『もぉん』だ。かわい子ぶってんじゃねぇ!」


(ちょ! ベルケルが『もぉん』って言った!?)


「ふむふむ、今度の値は30%、と……」


「ミラン、先程から幾度か装置の針が動いているように見えるが、これは……」


「えぇ、エルメンリッヒ。睦実から何らかの力が発せられているという証拠です」


(え……)


「あ、また0に戻りましたねぇ……ふむ」


 ミランは沈黙した装置を前に腕組みをし、首を傾げる。


「先ほど針が動いたタイミングで起こっていたことを思い起こしましょう。まず、ライリーの帰宅。次にベルケルが大声を出した時。三度目のは、よく分かりませんでしたねぇ……」


 皆が一様に首をひねる。


「驚き、でしょうか?」


 シェマルが、神妙な顔つきで発言する。


「驚きィ?」


「えぇ、キブェ。ライリーが突然飛び込んで来て驚いた。ベルケルの大声に驚いた……とか?」


「って、シェマルは言ってるけど。どう、睦実ちゃん?」


「ん~……」


 ライリーはそんな驚くような登場はしなかったと思うし、ベルケルの大声って言ってもそこまででもなかったし。


「違う、ような……」


「ふむ……」


「あ、そうだ!」


 キブェが何か思いついたらしく、ニカッと笑った。


「睦実ちゃん、ちょっと俺の顔見ててほしいんだけど」


「キブェの顔?」


「そうそう。あ、もうちょっと近くで、そんな逃げないで」


「え……、何する気?」


「いいからいいから」


(良くないって……)


 毎日共に暮らすことで、幾分か慣れてはきたものの……。


(三次元イケメンの至近距離は、やっぱ苦手……)


 目の前30cmくらいのところにキブェの顔がある。褐色の肌、生命力にあふれた双眸、表情豊かな口元……。

 座った椅子のひじ掛けをしっかり掴まれているので、逃げることが出来ない。


(だ、駄目だ……、自然と目が逸れてしまう。意識が遠くなる……)


 限界に達し、もう目を閉じようかと思った時だった。


「ふっ!」


 気合いの声と共に、キブェの頭部が豹バージョンに変わった。


「はぶぁっ!?」


(もふもふ!!)


 逃げ腰だった私の姿勢が、反射的に前のめりになる。


「すごい! 一瞬で獣人変化した! どうやったの!? 前はもっと時間がかかったよね? すごい!!」


「え? あ、いや……、めちゃくちゃ気合い溜めて溜めて、気を一点に集中する感じで一気に放出……って、あれ? 驚かない? つか、喜んでる?」


「もふもふ最高!」


「いや、あのさ、睦実ちゃん?」


「顔、もっとこっち!」


「さっきと態度違い過ぎない?」


「もふもふ!!」


「……あー、はいはい。驚かすつもりでやったのになぁ……」


 キブェは諦めたように、こちらに向けて首を差し出す。私はその喉元から胸にかけてのもふもふを、心行くまで楽しんだ。


「すごい、針が……」


「かなりの勢いで動いているな。80%か……」


「ふむ……」



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