第5章その2 グラ無し声だけモブ子
「この度は真に申し訳ないことをした」
ルーメン学園の学園長室。太陽の光を思わせるブロンドを揺らし、騎士エルメンリッヒが深々と頭を下げる。
「我々の使命はこの地の平和を守ること。その立場にある者が、平穏を乱すような真似をしたとあっては、申し開きのしようもない。如何様にもご処分を」
「ま、まぁまぁ、どうか顔をお上げになって、エルメンリッヒ様」
マノン先生が慌てた様子でエルメンリッヒに駆け寄る。
「彼はただ、教室の外の樹に腰かけていただけですわ。平穏を乱すとかそんな、ね?」
蕭然とうなだれるライリーに、マノン先生が優しく微笑みかける。
「彼には今後、そう言った行為を控えていただければ……」
「いえ」
エルメンリッヒは姿勢を正すと、アイスブルーの瞳で真っ直ぐにマノン先生を見えた。
「この者は、男子禁制の学び舎を覗いたと聞いている。これは紳士としてあってはならぬ所業」
(いや、拠点が女子校の敷地内って時点で、男子禁制もクソもないだろ……)
「お咎めなしとあっては、こちらの面目が立たぬ。ライリーには、私どもから相当の処分を与えておこう」
「ええっ、処分ってなに!?」
「覚悟しておけ、ライリー」
「したくないよ! 待って! オレの言い分聞く気ゼロ!?」
「言い分? 正当な理由があるなら聞こう。話せ」
「だ、だから、つまり……」
ライリーが何か言いたげな瞳をこちらに向けた。
(えっ、何?)
私に何か伝えたいのはなんとなく分かる。けど、何を言いたいのかが伝わってこない。
長く沈黙を保つライリーに、エルメンリッヒはやがて眦を吊り上げた。
「……やはり弁解は出来ぬようだな、ライリー」
「いや、オレはただ……っ」
ライリーがまたこちらを見る。そして半ばやけくそ気味に叫んだ。
「心配だったんだよ! 睦実のことが!」
「えっ、私のことが?」
「そうだよ、だって……心配じゃないか」
ライリーが俯き、ぐっと拳を固める。
「今のままだと、睦実、戦場で自分の身も守れないし」
(うぐ……っ)
全くおっしゃる通り。『普通』の女の子ですら魔法を使えるというのに、私は小学一年生レベルのことも出来ないのだから。
(あぁ、それで……)
『睦実―、気合入れろよ! 集中集中!』
「心配になって見に来て、私のあまりの不甲斐なさに思わず声が出てしまったと、そう言うことですか……」
「あ、いや! 不甲斐ないとかそんなんじゃなくて……」
「私がちゃんと魔法を使えていれば、そもそも覗きに来ることもなかったってことですね。すみません、諸悪の根源は私です」
「諸悪の根源とか大袈裟過ぎ! それに、なんで丁寧語になってんの?」
「…………」
私たちのやり取りを見ていたエルメンリッヒが、何か言おうと唇を動かした時だった。
「二度とこういったことがないようにしていただければ、今回のことは不問にいたします」
学園長が厳かに口を開いた。
「導魂士の皆様は対メトゥスの貴重な戦力です。今回のことで1人欠けでもすれば、長期的に見てこの世界全体が困ることになるでしょう」
学園長が私たちを見る。
「少なくとも今日の一件で、学園の生徒たちに何か被害があったとは認識しておりません。あえて申し上げるなら、勉強を一時的に妨げられたことくらいですが、これも小鳥が迷い込んで来た程度の些細なアクシデントでしょう」
「ですが……」
「生徒たちの心を乱さぬよう、二度とこういったことはなさらないと約束してくだされば、今日のところは十分です。そこの若い導魂士様もお怪我がなくて何よりでした」
「学園長さん……」
「きつい処分など決してなさいませぬよう、私からお願いいたします、エルメンリッヒ様」
「……寛大なご配慮を賜り、感謝する」
学園長先生に一礼し、私たちは部屋を出る。廊下を抜け、皆の待つ応接室へと足を向けた時だった。
「なんだ、あれは……」
応接室の扉が開き、そこへ人だかりができている。やがてこちらに気付いた1人の女生徒が声を上げた。
「あっ、エルメンリッヒ様よ!」
「ライリー様も戻って来られたわ!」
その瞬間、人だかりは一斉にこちらへ顔を向け、次の瞬間には甲高い悲鳴が上がった。
(ひぃっ!?)
猛然と押し寄せる人波に、思わず飛び退る。あっという間にエルメンリッヒとライリーはそれぞれのファンと思しき女生徒たちの群れに取り囲まれ、分断されてしまった。
「エルメンリッヒ様、初めてお目にかかります。ずっとファンでした!」
「ライリー様、今日はお会いできて嬉しかったです。いつでもいらしてくださいね!」
(お、おぉう……乙女ゲーとか少女漫画の、あるあるシチュエーション再び!)
迫力に圧され、私は壁伝いにじりじりと応接室へと移動する。そして中を覗くと。
(うん、やっぱりか……)
他の4人の導魂士がそれぞれソファに座り、その周囲を女生徒が取り囲んでいた。こちらでもきゃあきゃあと黄色い声が上がっている。キブェとシェマルはにこやかに対応しているが、ミランとベルケルはうんざりした表情で生返事を繰り返していた。
やがて、戸口から覗いている私の存在に気付いたベルケルが、勢いよくソファから立ち上がった。
「おぅ、睦実。話は済んだのか。エルメンリッヒとライリーはどうした」
「廊下で囲まれてる」
「チッ、さっきの声はそれか。おい、さっさとここを出んぞ。うるさくてしょうがねえ」
ベルケルの声に他の3人も立ち上がる。女生徒の間から、甘いひと時の終焉を惜しむ声が漏れた。
「では皆さま、失礼いたしますね」
「お嬢ちゃんたちと話せて楽しかったぜ、またな!」
シェマルが微笑みながら、キブェが大きく手を振りながら、私の横を通り抜け、応接間を出た時だった。
「……なんであんな子が『封魂の乙女』なわけ?」
とげとげしい声が、私の鼓膜を貫いた。
振り返った先にいたのは……。
(誰……?)
見覚えがない。少なくとも『銀オラ』第5章までにこんなキャラを見た記憶は……。
(いや、さっきの声……!)
時間差で私は気づく。脳内声リストの中の1つと一致した。確か『銀オラ』の中でも、ソフィアに嫌味を言ってきた……。
「グラ無し声だけモブ子!!」
「……は?」
「こんな顔だったんだ……」
私は相手の顔をまじまじと見つめる。
(ん? これは、聖洞みんとデザインじゃない?)
私はこちらを見つめる他の女生徒も見回す。
(よく見ればタッチを似せてはいるけど、メインキャラ以外は聖洞みんとグラフィックじゃない気がする……。そうだよね。モブまで全員聖洞みんと氏にデザインさせてたら、制作会社もギャラ大変だもんね)
「な、何なの、この子……。さっきから私たちをじろじろ見て……」
(そっか、ゲームに声しか登場しないとはいえ、さすがにこの世界でもグラフィック無しと言うわけにはいかないか。それはそれで見たかった気もするけど)
私の中に一つの想いが湧き上がる。
(おぉ……、私以外にもこの世界に、神絵師の手で生み出されなかった存在がいた……!)
つい、仲間を見つけた喜びに頬が緩む。
「な、何、ニタニタしてんのよ、気持ち悪い!」
(そっか、グラフィックの無かったモブ子が、この世界ではちゃんと姿を持っている。となると……)
「ねぇ、名前は?」
「は?」
「この世界では、あなたにもちゃんと名前があるのよね?」
「……な……」
元・グラ無し声だけモブ子が、薄気味悪そうに私から距離を置く。
「なによ、もう。意味わかんないことばっか言って……」
「い、行こう!」
「そうね……」
「あ、待って! せめて名前を!」
(この世界で何て名前がついてるか、すっごく気になる!!)
足早に逃げ去った彼女らの背中を、私はいつまでも見つめていた。
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