第2章その3 初めての戦闘

 住民の通報によりメトゥスの出現が告げられたのは、朝食を終えて一息ついた頃だった。


「あそこだ、急ぐぞ!」


 エルメンリッヒの先導で、私たちは郊外の平原へと駆けつける。私の手には学園長先生から渡されたロッドあった。

 ちなみに昨夜、ゲームと同じようにロッドを振ってポーズを決めながら例の台詞を言ってみたが、やはり魔法が発動する気配はなかった。


(うわ……)


 昨日見たものと同じだ。空間に裂け目が生じ、そこから這い出て来たであろう悪夢の化身メトゥス。それが周辺の草花をなぎ倒しながら西の街へと向かっている。

 裂け目の側には破壊された荷馬車が転がり、積み荷のフルーツは踏み荒らされ無残な姿を晒していた。


(あ、この光景は!)


 間違いない、『白銀の聖譚曲』第1章のバトルシーンの背景と同じだ。


(てことは、ひょっとして3ターン目にアレが来る?)


「うっわー、ヤッバいね~。荷馬車の持ち主は無事? まさかあのフルーツジャムの一部じゃないよね?」


(エグいよ、ライリー!)


「ふむ。あの色合いを見る限り、人の器官や組織が混じっているようには見えませんねぇ」


(ミランも冷静に、何言っちゃってんの!?)


 ロッドを手にしたシェマルが、優美な顔を引き締め一歩踏み出した。


「このままでは街の皆様に被害が及びます。エルメンリッヒ、急いで食い止めましょう」


「あぁ、そうだな。皆の者、可及的速やかにあのメトゥスを追うぞ」


 鬨の声を上げ6人の導魂士が一斉に駆け出した。


(だ、駄目っ!)


「ぅあ、あぁああ、あの……っ!」


 ロッドを握りしめ、私は声を絞り出した。男たちが足を止めて振り返り、私を見る。


「どうした、睦実?」


(ぁうっ……!)


 完全に三次元化された美麗グラフィックから一斉放射されるイケメンオーラ。圧倒され、私はすくみ上った。


「いえ、あの……、全員であっちへ行くのは……えっと、ちょっとまずいかな、……って」


「あぁん!?」


 ベルケルが大股でずかずかと私の方へと戻って来る。


「へぁっ!?」


 気圧され後退した私に、ベルケルのごつい手が伸びて来たかと思うと、がっちりと手首を掴まれてしまった。


「逃げんな」


「……っ」


 ただでさえ、あまり交流の深くない人間と対話するのが苦手な私だ。ましてや相手が異性だと尚更。イケメンであればリミッターは完全に振り切れてしまう。

 視界を覆う見事な体躯、そして強く鋭い眼光を放つ美丈夫ベルケルに至近距離で見下ろされ、私は声を失った。


「何言ってるか聞こえねぇんだよ。モグラの屁かっつの!」


(オイコラ、乙女ゲー攻略キャラ!!)


「言いてぇことがあんなら、もっと腹から声出しやがれ!」


「ぃ、いえ、だから、えっと……」


「あぁ!? 俺たちは急いでんだ、早く言え!」


「……っ……、……っ」


 喉の奥で声が詰まり、虚しく口をパクパクさせる私の眼前に、しなやかな褐色の腕が伸び、ベルケルの視線を遮った。


「おいお~い、ベルケル。そんな乱暴にしちゃ、睦実ちゃんが可哀想でしょ?」


(き、キブェ……!)


「女の子の扱いは、もっと優しく、壊れ物を扱うように、ね?」


「ケッ!」


 ベルケルの手から私は解放される。


「女の扱いなんざ、知ったこっちゃねぇよ」


「またまた、そんなこと言っちゃって~」


振り返ったキブェが、私に向かってウィンクをする。


「大丈夫? ま、あいつも悪い奴じゃないから、許してやって」


「あ、はい……」


(いい人……っ!)


頭の中に、キブェ推しのヲタ仲間、ミサの顔が思い浮かんだ。


(ミサ! キブェめっちゃいい人だよ! 優しいよ!! 今朝の食堂の時もそうだし、今もそうだし! あんたの男を見る目は確かだったよ!!)


 もはや懐かしさすら覚える親友に思いを馳せた私に、凛とした声が投げかけられた。


「睦実、我々は急ぎメトゥスを討伐せねばならぬ。言うべきことがあれば話せ」


「あ、はい」


 私は一つ唾を飲み、ロッドを握りしめ、視線を泳がせながら口を開いた。


「あのメトゥスだけに気を取られてはいけません。3ターン……少し時間をおいて、もう一体があの空間の裂け目から出てきます」


「何それ、本当に!?」


(びゃっ!?)


 ライリーの身を乗り出す仕草に、私は反射的に後ずさる。動揺を察してくれたのか、シェマルがライリーの肩を指先で押し留めた。


「続けよ」


「は、はい……」


 私は深呼吸して気持ちを落ち着け、ゲームの内容を思い出す。


「後から出てくるメトゥスは1体目より小型で、東に向かって移動します。全員が一体目のメトゥスを倒しに行くと、2体目のメトゥスが出現してから街に侵入する速度に私たちが追いつけず、被害が出ます」


「それは真か」


(う……)


 真か、と言われると自信がなくなる。私が言っているのはあくまでも、『銀オラ』の第1章のバトルモードで起きたことだ。

 ここで全く同じことが起こるという保証はない。


「さぁ、その辺はちょっと……」


「もういい」


 いい加減な返事をした私を見限るように、ベルケルが広い背をこちらに向けた。


「てめぇの言ってることが本当かどうかは分かんねぇが、1つはっきりしていることがある。あのメトゥスをこのまま放って、ダラダラくっちゃべってるわけにはいかねぇってこった」


 私を含め全員が、ベルケルの指し示す方向へ目を向ける。1体目のメトゥスは、じりじりと西の街へと近づきつつあった。



「うむ……」


「じゃあな、俺は奴をぶっ潰してくんぜ!」


 ブンッと音を立て、ベルケルがバトルアックスを肩に担ぐ。そして地を蹴ると、メトゥスに向かって猛然と駆け出した。


(ベルケル……)


「よし、戦力を2つに分けるとしよう。封魂の乙女よ、2体目は小型なのだな?」


「は、はい!」


(……多分)


「分かった。ならばミラン、ライリー、シェマルはベルケルに続け! キブェは私と共に亀裂の前で待機だ!」


「……あ、やっぱり」


 エルメンリッヒのチーム分けを聞いて、思わず声が漏れる。

 金色の髪を揺らし、エルメンリッヒが怪訝な表情で私を見た。


「どうした?」


「あ、あの、いえ……、自分がプレイした時と同じチーム分けだったから」


「?」


「何でもないです、すみません!」


「……そうか。では、我々も亀裂の前に移動だ」


(思ったことをすぐ口に出す癖やめようよ、自分……)


 私は小さく溜息をつく。


(まぁ、そうだよね。夢なんだもの、私のプレイと同じ展開になって当然か)


 『白銀の聖譚曲』では、ここでプレイヤーはキャラの初期立ち位置を設定出来た。私は大型の1体目には攻撃の要としてベルケルとミラン、後方支援にライリー、そして回復役に魔法使いのシェマルを行かせた。そして小型の2体目には、攻撃の要としてエルメンリッヒ、後方支援にキブェ、そして回復役には主人公を……。


(って、駄目だよ!!)

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