第1章その2 ラッキーな夢見?
(よしっ!)
コンビニでお菓子とジュースを買って帰宅した私の目に、予定通り配達された『白銀の聖譚曲』のソフトが飛び込んで来た。
(発売日、1ヶ月延期で待たされた分、今日からGWにかけてがっつりプレイするんだから!)
ソフトをセットして、スタートボタンを押す。ロゴが表示され、やがて何度も公式サイトで聞いたOP曲が流れだす。
(あぁ、綺麗……。動いてる、みんなかっこいい……)
そして……
「『白銀の聖譚曲』、さぁ共に始めよう」
(っしゃ! 城之崎ボイス来たぁあああ~っ!!)
口を押え、声にならぬ声を上げながら床を転がり回る。
(いやいや、こんなことして時間を無駄にしてる場合じゃないってば)
トクトクと早鐘を打つ心臓を抑え込み、呼吸を整えながら起き上がる。
(さて……)
興奮に胸を弾ませながら、私は主人公の名前の枠に自分の本名を打ち込んだ。
§§§
「むっつん、おはよっ!」
教室の机にうつ伏してまどろんでいた私の肩を、軽くつついた人物がいた。顔を上げると、明らかに睡眠不足の顔をした美咲が、不自然にキラキラした瞳をこちらに向けている。
「ミサ……、元気だね……」
「ね、ね! むっつん、何時までやった? 『銀オラ』進んだ? 何章?」
「私は……、3時半……、4時近くだったかな。5章くらい。ミサは?」
「あっはっはっは、完徹! 7章までいった!」
「え、えぇ~……」
「なんか世界が眩しい! あっはっは!」
「無理して徹夜なんてしなくても、明日からGWだからゆっくり遊べるのに」
「だってカラオケ連れてかれて、帰宅したの8時だったんだもん! そこからプレイ始めたら、面白くて止まらなくなっちゃってね~」
寝てない人間特有の妙なテンションが美咲の全身から溢れている。
「ミサ、大丈夫?」
「ダイジョーブ! って、何が? あっはっは」
(全然大丈夫じゃない模様です、現場からは以上です)
「むっつんは眠そう」
「うん。悪いけど、授業始まるまで寝かせて」
「分かった、んじゃね~」
美咲が危うい足取りで自分の席へと戻るのを見届け、私は再び仮眠に入る。
(授業が始まったら、起きて……、休み時間と昼休みで、えっと……全部で何分、寝られるかな……)
答えまでたどり着かぬうち、私の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
§§§
「……つみ、睦実」
誰かが私の名を呼んでいる。
「睦実、まずいわ。先生こっち睨んでる。そろそろ起きなさい」
あぁ、そっか。すっかり寝入っててチャイム聞こえてなかったけど、授業始まってたんだ。
(起きなきゃ……)
ぼんやりと霧に包まれた思考回路。泥のように重い意識を無理やり引き剥がすようにして、目覚めるべく努力する。
(……ん? あれ……?)
違和感を覚えた。
(このクラスに私のこと『睦実』なんて呼ぶ人、いたっけ? ミサが『むっつん』と呼ぶ以外はみんな、『平子さん』だったはずだけど……)
重い瞼を持ち上げ、私を起こしてくれた親切な人物を確認する。霞む視界の向こうに、小柄な少女の姿が見えた。
(……は?)
急速に意識が覚醒する。
隣の席に座っていたのは、ぱっつんと切りそろえたショートボブの……。
「
「そうよ、睦実。寝惚けて親友の顔も忘れた?」
「っ!?」
私は勢い良く身を起こす。教室の中の全ての視線が、一斉に自分に集まったのを感じた。
(何、これ……。嘘でしょ?)
私の目の前に広がっていた光景。それは『白銀の聖譚曲』の中で見た、教室グラフィックをそのまま再現したものだった。
そして隣の席で、口端をわずかに上げて笑っているのは……。
(主人公ソフィアの親友キャラの、雪梅……)
「睦実さん、その席は寝心地が良いのかしら?」
教壇に目を移すと、やはりそこには『白銀の聖譚曲』のソフィアの担任教師、マノン先生が呆れたようにこちらを見ている。クスクスと笑う生徒たちの中には、もう1人の親友キャラ、ディヴィカの姿もあった。
(あ、そうか。これは夢だ)
明け方まで『白銀の聖譚曲』をプレイし続けていたせいで、こんなリアルな夢を見てしまったのだろう。
マノン先生が咳払いをした。
「睦実さん、まだ夢の世界から抜け切れていないようね」
(え? てか、これが夢ですよね?)
「目覚まし代わりに1つ質問に答えてもらうわ。ここはどこでしょう?」
(どこって……)
「ムーシカ国の、主人公の通うルーメン学園の、教室シーンです」
「う~ん……、ひとまずは正解かしら? つまり、睡眠をとる場所でないことだけは理解できているのね。安心したわ」
「う……」
さざめきのような笑い声が、室内に広がる。
「でも、『主人公』とか『シーン』って何かしら?」
マノン先生は黒板を軽くノックする。
「まだ寝惚けているようだから、前に出てこの問題を解いて、頭をすっきりさせなさい」
(おぅ……、マノン先生、ゲームと同じように厳しい)
私は席から立ち上がり、黒板の前へと進み出る。
(まぁ、夢だしそのうち目が覚めるでしょ。それまではこの世界を楽しもうっと。二次元キャラが登場する夢って、結構レアだもんね)
私はチョークを手に取り、問題を見上げた。
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