オブローダー・赤目明人の古道探索記
ふぉーりし庵
1、素晴らしきかな、廃道探索
僕は古地図を見ながら黒木峠への分岐地点を探していた。
等高線を見ながら実際の地形を確認したが、それらしき道は発見できない。
廃道後70年が経過しているといっても元車道だ。
当時の規定は道幅4間(約7.8メートル)となっている。
山間部であることを考慮しても3~4メートルないとおかしい。
――見つからないな。
僕は古びたガードレールに座ると再び地図を開き旧道との位置関係を再確認した。
ここは昭和40年代に旧道となったので、当時のガードレールが少しだけ残っている。
舗装はされていないので、路面が水で流されてデコボコ状態だ。水たまりには生物まで住み着いている。
◇ ◇ ◇
僕の名は赤目明人、古道や廃道などを歩いて探索し、その様子を動画投稿サイトにアップロードしている。
最近再生数が伸びているので、わずかだが広告収益もある。
こういった廃のつく道路関連ものを好んで探索する人のことをオブローダーと呼び、書籍やネットで有料コンテンツを提供して収入を得ている人もいる。
僕はこの業界では初心者の部類なので、これだけで食べていくこはできない。
アルバイトをして取材費に充てている。
今回のターゲットは奈良県南部。
紀伊山地を太平洋側に抜ける国道はいくつかあるが、今回はその中でも酷道の部類に入る道で、その廃道部分を探索している。
酷道とは、国道の読み方に引っ掛けて揶揄しているのだ。
なぜ、そんな漢字を使っているかというと、国道=立派な道路というイメージがあるが、山間部や旧市街などでは地形の関係で狭路が多く、その道幅は0.7車線程度、2メートルを切っている部分も多い。
特に山間部は勾配がスキー場の上級者コース並みのところもある。
落石・倒木は日常茶飯、土砂崩れで道が半分埋まっていたり、路肩が落ちてたり、道路が川になっていたり、本当に国道なのか?と疑いたくなるところが意外と多いのだ。
そんな酷で通行が困難な道を酷道と呼んでいる。
ちなみに県道や府道で同条件の道を、それぞれ険道、腐道と呼ぶ。
つづいて廃道。これは将来にわたって使う予定がなくなったので廃止された道路をさす。
市街地などでは、区画整理によって不要となった道路が廃道になり、取り壊されて宅地や商業施設になる。
道路の改良によって生まれる廃道もある。これが一番多いかな?
日本の車道は明治から大正にかけて整備されたが、山間部はトンネルなどを掘らずにそのまま峠を越えていたりしていた。
そういった道は勾配がきつく道幅も狭いため通行が極めて困難なケースが多い。
昭和に入り、そういった区間や災害の多い場所から改良工事が始まり、道幅を広げたりカーブを緩くしたり、峠の下にトンネルなどを作り整備した。
この時、最初の道路とは別のルートで新規の道が作られることがあり、それをバイパスと呼んでいる。その場合以前の道路は旧道となり、国道に指定されていた道路なら、指定が解除される。
さらに昭和の後半から平成にかけて、バイパスの下にさらにバイパスを作るケースが出てくる。
戦後から昭和中期に整備されたバイパスは、トンネルの大きさが狭かったり、現在の車から見れば道幅が狭く感じられ改良が必要となった。
新バイパスが出来ると旧道は旧々道になり、今まで現役だったバイパスは旧道になる。
旧々道になった区間のうち、使い道のない区間については廃止の手続きがとられ払い下げられる。
いま探索してるのこのパターンの道だ。
実は廃道にはもう一つパターンがある。災害で再起不能になるが予算の都合で放置される道だ。これは廃止の手続きは取られていない。
現役の道路だが、単に通行止めになっているだけだ。
こういった道は、通行不能区間にバリケードが作られ通行止めと書かれている。
中に入るのは自己責任…。
僕は旧道、廃道、廃線、街道(古道)といった古・旧・廃のつくものが大好物なのだ。
これらの魅力は人によって違うが、僕の場合は先人たちが自然と闘いながら切り開いた道の遺構を見て、当時の様子を妄想するのがたまらない。
奈良の南部はこういった古道や廃道の宝庫といえる。
◇ ◇ ◇
地図を見ると赤木峠を越えて800メートルほど進んだ地点で分岐しているはずだが、その痕跡が全く見当たらない。
廃道探索では国土地理院のサイトで見ることができる、明治から現在までの地図で必要なものと、廃道になる前後の空中写真があれば、それも持ってくると分かりやすい。
――廃道になる前の地図を見てもこのあたりなんだけどな…。
このまま探しても時間の無駄になるので、分岐地点を500メートル進んだところから山の斜面を登ることにした。
これが意外ときつくて傾斜角度は45度くらいありそうだ。
時折、横方向に伸びる幅50センチほどの道らしきものに出くわすが、目的の廃道は自動車が走れる幅があるはずなので、雨で路肩が流れたことを考慮してもあり得ない幅だった。
更に斜面を登る、ふと後ろを振り返ると60メートルほど下に、さっき座っていた錆びついたガードレールが見えた。
逆に上を向くと木々の隙間から尾根が少し見える。
――登りすぎたかな?でも、さっきの道のは絶対に違う。もう少しだけ行ってみよう。
僕は更に10メートルほど登ると道らしきものを発見した。今度は幅が3メートルあるので車道に間違いない。
路肩をよじ登り、道の上に立ってみる。左右をもう一度確認すると、車が十分通行できる幅と勾配だった。
目的の道にさえたどり着けば、あとは道なりに進むだけなので、大規模な土砂崩れでもない限り楽に進める。
歩きながら地図を確認し現在地を特定する。持ってきた古い地図にある分岐地点は更に手前だったことがわかった。
昔の測量技術を考えると、ある程度の誤差は仕方のないことだろう。
僕は当時の様子などを想像しながら廃道を歩き続ける。道の真ん中に巨大な岩が転がっていたり、樹齢10年程度の杉が生えてたりするが、それらさえ撤去すれば十分使える感じだ。
廃道後70年以上、放置状態なのに道が残っていることに改めて驚く。
それから1キロ近く道は穏やかな状態が続いた。元車道だけあってとても歩きやすい。
――おや?路肩になにかあるぞ。
気になって近寄ってみると丸石積みの擁壁だった。
この区間に入ってから初めて目にする人工物だ。
廃道の楽しみの一つに道路の構造物が挙げられる。今では建設機材が充実しているが当時は手作業が主流だ。
川沿いや急な斜面がある場合、石を積み上げて擁壁を作り、断崖の区間はノミで岩を削り道幅を確保する。
すべてにおいて手間と時間を要し、難所の建設区間となると事故や災害で命を落とす者がでてしまう。
先人たちが自然と格闘した跡を見ると感動を覚える。
他にも廃隧道、廃橋など道路にはいろんな廃のつくものがある。
人が作った構造物が役目を終えゆっくりと朽ちていく、不気味なところもあるけど神秘的にもみえる不思議な世界。その一つが目の前にある。
擁壁として使われている丸石は黒っぽい物が多いのだが、一つだけ白っぽい物が地面に落ちていた。
長年手入れをされていないため、石組みが崩れたりして転がったうちの一つだろう。
しかも湯気のような?霧のような?白いモヤを発していた。
――って、これはモヤじぇねー。アレだ…。
僕は霊が見ちゃう体質なのだ。幽霊とかって非科学的なものと思われがちだが、近年では科学的に解明されている部分も出てきている。
特に死後の世界。
某公共放送のスペシャル番組でもやってたくらいだ。
人の魂だって解明できる日がくると僕は思っている。
そういうわけで、目の前に丸石にそれが宿っている…。霊がいるのは間違いない。
道路工事で命を落とした職人さんだろうか?
――触れてみていいのかな。憑かれたら嫌だよな…。でも気になるから…、触っちゃえ。
意を決して丸石に手を触れると『助けてください』女の子の声が頭の中に響いてきた。
いろんな霊を今まで見てきたが声が聞こえてきたのは初めてだったので、僕は少しパニック状態に陥った。
『封印のやり方を間違えてしまって…』
女の子は意味の分からないことを言っていた。
――封印ってなんだ、痛い子なのか?
『痛い子ってどういう意味ですか』
――君は僕が頭の中で考えてることがわかるのかい?
『はい、何故か聞こえてきます』
これは念話てやつだろうか。
ハニートラップに引っかかって地縛霊とか悪霊とかヤバのに憑かれたら嫌だな。
『ハニートラップってなんですか?それに私は悪霊ではありません。巫女です』
――巫女!
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