第五葉 みぃーつけた(ライトホラー)

 会社帰りに買ったカルパスをひとつ取り出し、包まれているフィルムの両端を引く。くるりと軽快に赤茶色の燻製肉が回り肉質が露わになったそれを、何の迷いもなく口に放り込む。


 正面の薄型テレビの明りが、ソファーに座る俺とガラステーブルの存在を浮かび上がらせる。電気を消していた部屋に、刻々と変化する画面の明りだけが照らす俺の顔は不気味なものに見えることだろう。

 

「その少女の眼を見たとき絶命すると云われている――」


 テーブルに置かれていた缶ビールを「ごくり」と喉に流し込むと、身体から冷たいものが沸き上がり震えた。今のナレーションと共に映し出されたイメージ映像の少女の眼が、冷たく俺を睨んだからかもしれない。


 会社から帰って来て、ネクタイの結び目を左右に振って首を絞めつけから解放する。着替えることなくソファーに座りテレビを点け、いつものようにプルトップを引き開けた。乾いた喉に冷えた麦酒ビールを流し込むこの瞬間がたまらない。至福の時といっていいだろう。このために生きていると言っても過言じゃない。


 思わず見入ってしまった恐怖体験番組が終わり、軽快なリズムでダンスを踊るコマーシャルが流れるテレビを消した。気づけば、あと五分ほどで二十時になろうとしている。帰宅してから意外と時間が経過していたことに少し驚いて部屋の電気をつけた。

 折角、コンビニで温めてもらったのに冷たくなってしまったお弁当をレンジに放り込む。そして、新たに冷蔵庫から麦酒ビールを取り出した時だった。

 部屋のチャイムがなり、扉をノックする音。


 先程見ていた番組が脳裏をかすめたが、あれはフィクションであり怖がらせることを目的としている。そう判ってはいても少し背筋がひんやりとした。

俺は、なんとなくイヤな感覚を身体全体で感じながらドアスコープを覗く。


 俺の口元が緩み、「ふっ」と微かに息が漏れる。スコープの先に見えていたものは、緑と黄色が特徴の制服。被っている帽子には見慣れた黒い猫のマークが見えた。自分の臆病さに呆れながら開錠してドアを開けた。


「こちらに印鑑かサインお願いします」


 印鑑を取りに行くのも面倒なので、渡されたボールペンでサインをする。贈り主欄を確認すると、二日前にネットで購入したサプリメントの会社からだった。私はサイン済みの伝票を宅配人に渡す。


「ありがとうございました」と、宅配人は元気良く帽子を取り頭を下げてそう言った。折っていた腰を元に戻し帽子を被り直す。一瞬、俺の肩越しから部屋の中を覗くように目が動いた。あまり良い所作しょさではないため少し気にはなったが、一瞬だ。たまたま目が部屋の方へ向いただけだろうと軽く流した。


 レンジから温まったことを知らせる音が、ドアを閉め鍵をかけたときに背後から聞こえる。俺が荷物に貼られた伝票を見ながら踵を返した時だった。


 俺の前には白いワンピースを着た少女らしき人が立っていた。

 前に垂らされた長い髪の隙間から、微かに見える細い眼らしきもの。その白い部分が眼球が動いたことを教えてくれる。移動した黒眼の焦点は下から俺を見上げるように鋭く睨んでいた。顔には不気味な笑みを浮かべている。


「みぃーつけた」


 手にしていた荷物が床に転がった――



- FIN -

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