第三章 「魔王VS姫騎士 ~クラウンプリンセスとアナグラム~」

#54 平穏な箱庭


 人々は噂話が好きだ。

 それを酒の肴にするくらいに。


 日がまだ出ているのに、その酒場には活気があふれていた。

 酒場で飲み交わす人々の喧噪。それを生み出す数々の世間話、噂話にフィリーは耳を傾ける。


 巷で流行の話題や時事のことを知り、報告を行うという任務のため。

 フィリーはその一つ一つ内容に聞き耳を立て、脳へと記憶していく。


「……ま、今日のそれなんて大体は予想つくけど」


 その彼女の小さな呟きの通り。

 話題の中心はやはりマリス教と自警団のことだった。


 マルス教と自警団が争い、両トップの小競り合いになったこと。

 その争いに理由には、不思議な少年少女がいたこと。

 

 それらに尾ひれはひれが付いて、面白おかしく人々は語り合っていた。

 中には全く原形をとどめていない話もあり、その話には苦笑するほかなかったが。


『まあ、あれだけの出来事なら3日はこの話でもちきりだろうね』


 その出来事に少し関わっているものとして、不思議な気持ちも覚えながらもフィリーは小さく目の目の前にある飲み物に口を付ける。

 いつもはミルクが入っている木樽ジョッキの中の飲み物の苦さに、小さく顔をゆがませながら。


 任務は滞りなくこなしながらも、頭が少しぽかぽかしていく感覚を覚え始めるフィリー。

 時間にしては、半時。


『……ま、こんなところかな』


 飲み物の最後の一口を飲み終えると、

 フィリーは席を立ちあがる。


「ここにお代置いていくね」

「はいよ! また来てね」


 元気のいい掛け声を背中に受けながら、外に出たフィリーは次の目的地である市場へと向かう。

 若干の眩暈と、火照りが身体を包んでいくことを覚えながら彼女は思う。


「酔い覚ましに、オレンジベリーの飲み物でも買いにいきますか」


 市場の情報屋へ行く途中の道に、それらしいものを売っていた店があったはずだ。

 果実は酔い覚ましによく効くらしい。



 * * *



 空が茜色に染まるころ、フィリーは任務を終えた。


 目元まで隠れるローブを被り、人目を避けながらフィリーはエルバッツ城の城門へと辿り着く。

 フードを外しながら警備兵に用件を伝えると、難なくその場所を通ることができる。


「今、姫様は?」

「いつものところですよ」


 城内でお付きの者から聞いたその言葉を受けて、小さくフィリーは息を吐いた。


「またですか」


 まったく“姫”らしくない。

 そんなことを思いながらも、その変わらない何かに少し安堵した自分がいた。


 自分の一室で身を清めた後、彼女の白と黒の彩りをした職業着に身に包む。

 いわゆる、メイド服というそれを一週間ぶりに着て、フィリーは再認識する。


「やっぱり、こちらの方が落ち着きますね」


 身なりも、言葉遣いも、目に映る全ても。


「しっくりきます」


 正装に身を包んだフィリーは、姫がいるその場所へ向かった。

 その場所の扉の前にいる兵士に軽く会釈しながら、その扉を開ける。


 そよ風が、その人の花のような香りを運んだ。


 エルバッツの街並みが見渡せる、その場所はいわゆるやぐらだ。

 物見でもないそこにいる、その女性。


 ブラウン色をした後ろ髪が、光沢を放ちながら、夕暮れにそまる。

 周りの景色も相まって、後姿は絵になった。


「フィリー? 久方ぶりね」


 足音を立てずに近づいたが、やはり気づかれていたらしい。

 声の主が、振り返った。


「何をおっしゃいますか姫様、たった一週間ですよ」

「馬鹿じゃないの。私にとっては久年よ」


 凛とした雰囲気にそぐわぬ、その風貌。

 長いブラウンの髪と、芯の強そうな瞳を携えた彼女はリリーナ。


 このエルバッツ王国の、第一後継者の王女。

 そしてなにより、私の主だ。


「――ま、無事に帰ってきて何よりだわ」


 髪を搔きわけ揺らしながら、彼女は再び視線を街へと向けた。

 夕暮れに染まった、エルバッツを見ながらふぅと彼女は息を吐いた。


「相変わらず、きれいな街並みね」

「はい、綺麗です」


 夕焼色に染まったエルバッツの街並みは、綺麗だ。そして、平穏だ。

 その平和すぎる景色を見て、フィリーは思う。


 この平和が目の前にいるこのリリーナ様によって、保たれていると知ったら住民はどんな反応をするだろう。

 民衆からはおろかでうつけと呼ばれる、その道化の姫によって。


「"作り物"なのに、何でこうも綺麗なのかしらね」


 その言葉の真意を、エルバッツ住民が知る由もない。

 いや、それが分からないでいてくれるからこそエルバッツは平和なのだ。

 

 そんなことを思っていると、リリーナは思い出したように任務について尋ねてきた。


「それでどうだった街の様子は? また私の悪口が飛び交っていた?」


 相変わらず尋ね方が直球だと思いながらも、フィリーは主の問いに答える。


「今日は一言、二言くらいですね」


 その報告を受けて、ずいぶんと変な顔をするのがリリーナ様の面白いところだ。

 悪口を言われたら言われたらで不満そうな顔をするのに、言われないでも不満らしい。


「……ずいぶん少ないのね」


 いつもは文句ばかり言うくせにこういうときばっかり。

 悪口を言うなら毎日言いなさいよね、全く。


 そんな声が聞こえてきそうな表情を浮かべるリリーナの姿は、どこか滑稽だ。

 愚かな姫と呼ばれ、うつけと呼ばれながらも、道化を演じる彼女が一番人間らしいことに、フィリーは心の中で苦笑する。


「やはり小競り合いが原因?」


 やはりあれだけの騒ぎだ。

 流石に姫様の耳にも入っていたかと、フィリーは小さく頷いた。


「まったく、人同士で争うなんてね。あの二人も貴重な戦力なのに」

「でも、姫様のいう希望には届かないんですよね?」

「そうね、惜しいけどね。あの二人が合わされば、なりうるんだけどね」


 小さく息を吐いた姫に、フィリーは先ほどから言いたくてたまらなかった言葉をついに発した。


「そうですか。ところで姫様、報告しなくてはいけない事柄が二つほどあります」


 フィリーは、主の眼を真っ直ぐに見据える。


「悪い知らせと良いお知らせです。どちらから聞きたいですか?」

「愚問ね。美味しいものは最後に食べることをあなた知っているでしょ」


 予想通りのリリーナの言葉を聞いて、フィリーは言葉を続ける。


「それでは悪い知らせから。私は、任務中にお酒を飲んでしまいました。今、若干酔っています」


 重大な規律違反。

 フィリーが初めて犯したそれに、目の前のリリーナは目を丸くしながらも何かを感じ取ったらしい――その口角が小さく緩んだ。


「通りで酒臭いわけね。でも、普段アルコール飲まないあなたがなんで?」

「とてもうれしいことが、ありましたので」

 

 続けてと、リリーナは目配せをする。

 それを受けて、フィリーは頷いた。


「良いお知らせです」


 その眼に、小さな涙をためながら。

 フィリーは高らかに声をあげた。


「希望が、見つかりました」






 




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