#29 名無しの少女の名前


 予想外のその言葉だったが、俺は小さく頷く。


「……うん、いいな」


 ミヤが提案したそれに、俺も賛同した。


 名前なんてあるのが当然と思っていたが、名前が無いと呼ぶ時もそうだが様々な場面で不便だ。

 これからのことを考えても、このエルフ少女に名前があった方がいいだろう。


 そんなことを思っていたら、ミヤは早速声をあげた。


「新規加入つながりで、イトイやな!」

「却下だ」


 俺は間髪入れずにその案を退けた。

 そもそも名前じゃなくて名字だし。


「じゃあ、ヨシオ?」

「……女の子だぞ」

「た、確かに、そうやね」


 その後もミヤは、バース、グリーンウェル、ウィリアムスと続けたが、全て俺は却下する。

 自分の意見が通らないミヤは釈然としないのか、今度は俺へとそれをふってきた。


「アキラはなんかいい案あるん?」


 と、言われると俺は弱い。

 なんせ生まれてこの方、人の名前なんて付けたことはない。


「えーと、ももとか? あずきとか? きなことか?」

「……なんやそれ、食べ物とか犬の名前とかやないんやで」

「んじゃ、名無しの少女からとってナナシ?」

「ナナシってなんやねん」


 今度は今度でミヤから駄目出しされた。

 その後も、俺たちは名前の案を出し合うがなかなか決まらない。


「名前を付けるのって難しいんやね」


 俺も頷き、その言葉に同意する。

 考え疲れた俺は気分転換に背筋を伸ばしながら、エルフの少女を一瞥した。


 相変わらず不思議そうにこちらを見ているが、自分の名前が議論されているのなんて夢にも思っていないだろう。


「……名前か」


 名前はその人を表すと共に、想いや願いが込められているものと聞いたことがある。

 俺も昔、何で【彰】という名前なのか親に聞いた時にそんな話をされたことがあった。


 想いや願いか。


 もう一度エルフの少女に視線を移す。

 名前の無い、名無しの少女。


 不幸な運命を背負ってきた少女が、そこにいる。

 だからこそ、ありきたりかもしれないが、俺は不幸ではなく、幸せになってほしいと思った。


「名無しの少女か」


 これが彼女を表す、今の言葉。名無しの少女。

 そこで先ほど提案した、ナナシという言葉がまた浮かぶ。

 くるりと脳が回転すると、頭の中でその言葉が浮かんでは、変化していく。


 ――言葉遊びが、始まる。


 ナナシ。

 これを数字に当てはめると、7(ナナ)4(シ)。


 日本では死を連想させる「4」が不幸の数字、忌み数だ。

 逆に「7」はラッキー7と言われるくらい幸運の数字だ。


 不幸ではなく、幸せになってほしい。

 もう一度、その想いが脳へと浮かぶ。


 7(ナナ)4(シ)から、不幸の数字である4を取ると、そこに残ったのは幸運の数字だ。

 7(ナナ)。


「ナナ」


 その言葉が、ポトリと口から洩れた。


「ナナ?」


 ミヤはその言葉を反芻するように復唱した後、しばらくして大きく頷いた。


「ええやんそれ!」


 ミヤがうんうんと何度も頷く。

 ミヤもこの名前が気に入ったようだった。


「実はなぁ、うちが一番最初に提案した選手の背番号も7(ナナ)番やねん!」


 ミヤが賛同したのは、非常にどうでもいい理由だった。

 その後ミヤは、ナナだからなーちゃんと呼ぼうと早くもあだ名へと変換していた。


「よろしくな、なーちゃん」


 名付けられた本人はまだ分かっていないらしいが、このエルフの名前は【ナナ】に決まった。

 名前に籠めた幸せになってほしいという願いが叶うことを信じて、俺もまたその名前を呼ぶ。


「よろしくな、ナナ」


 二つの声に視線を動かす、名前のなかった少女。

 

 無表情なのは変わらない。

 だが、【ナナ】はそれに対して、ほんの少しだけ頭を揺らしてくれた気がした。


 名前が決定したことによる達成感。

 そして、心地よい少しばかりの知恵熱に俺が浸っていた時、その声が耳元へと響く。


「という訳で名前も決まったわけやし」


 ミヤは腕組みをしながら、その言葉を高らかに宣言した。


「入団試験といこか!」

「――へ?」


 俺は思いもよらないそのミヤの言葉に唖然とした。

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