#16 変わらないもの

 トラッキーが態勢を立て直し、ミヤをなんとか背中に乗せる。

 しかし、その後も俊敏なトラッキーの動きは見られない。


 湿原に足を取られ、動きは遅い。またパールドたちを庇いながらの戦いだから、自由に動けないらしい。

 トラッキーは劣勢を覆すためにホーリーフレイムを吐くが、湿地帯だからかいつもより威力が弱いように見える。


「これはもう……」


 中年冒険者の言葉通り、明らかに今度はトラッキーが防戦一方だった。

 そして、ぬかるむ地面にトラッキーが足を取られ、動きが止まった。


 その隙を大王河童ロブスターは逃さない。


 ハサミが降ってくる。鈍い音が辺りを響く。


 それはトラッキーの肉体が悲鳴を挙げた音。

 トラッキーは身を挺してミヤを守ったらしいが、もうボロボロでふらふらだった。


「おしまいだ。あれじゃもう――ってお前どこにいく!?」


 その言葉を背中越しに聞きながら、俺は湿原を駆けた。


『いつか後悔するぞ』


 そうミヤに言ったことがある。


『うちは馬鹿やからなぁ~難しいことは考えんことにしてんねん』


 ミヤは笑った。


『でももし……』


 そして恥ずかしそうに、


『うちが間違ったことをしようしてたら止めてな』


 そう付け加えた。


「……普通の問題は解けないくせに、こういう時だけは」


 間違ったことがないな、俺は笑いながらそう悪態をついた。


 大きなハサミの手があがる。

 それがミヤへと振ってくる。


 ギロチンのように。それは振り落とされる。

 トラッキーが最後の力を振り絞り逃げようとするが、弱弱しく態勢を崩し、ミヤと共に崩れ落ちる。


 その一瞬の間で、そのハサミが迫る。

 もう、それから、逃げきれない。


 ――だったら、逃げなくてもいいようにするだけ。


 ゴガッ!!


 という鈍い音の後。

 水飛沫が上がり、その腕の軌跡は変わる。


「キャエェエエエエエエ!!!!」


 そして、大王河童ロブスターの悲鳴。

 ハサミの腕を上げながら、そいつは悶える。


 腕に刺さった、こん棒。

 俺が投げたそれは、大王河童ロブスターの攻撃の軌跡を変えた。


「――遅れて悪かったな」


 その言葉に、ミヤは泣きそうな顔をしながら、おかしそうに噴出した。


「ふはは……遅すぎやわぁ」


 その会話を邪魔する、パールドの声。


「バカ! まだ攻撃が」


 そして、大王河童ロブスターの攻撃。

 上から振ってくるのは、大きなハサミの拳。


 大木以上の大きさのその拳を見ても俺は恐怖を感じない。


「トラッキーとは互角の勝負をしてたみたいだけど」


 俺は、地面に落ちたこんぼうを拾い上げ、一振り。


「――だったら、負けるわけないわ」



【 名 前 】 アキラ

【 職 種 】 魔法使い

【 レベル 】 4

【 経験値 】  0(次のレベルまで1)

【 H P 】 921/921

【 M P 】 10/10

【 攻撃力 】 2510

【 防御力 】 614

【 俊敏性 】 100

【  運  】 100

【 スキル 】 なし

【特殊スキル】 アナグラム……【アナグラムで遊べる】



 水飛沫が上がるほどの衝撃と共に、その腕が吹っ飛ぶ。

 間髪入れず、俺は大王河童ロブスターの頭へこん棒をぶん投げた。


 爆風のような衝撃で、大王河童ロブスターの頭は破裂した。


 絶命した大王河童ロブスターの身体が、地面に叩きつけられる。

 辺り一面の水を飛ばす勢いのその衝撃で、水しぶきの雨が降ってくる。


「――お前一体何者なんだ?」


 俺を見ながら目をぱちくりさせるパールドのその疑問に、


「強いて言うならば、こいつの保護者だな」


 俺はそう一言を返した。


 何を言っているか分からないという表情を浮かべるパールド。

 疲れて気を失ったらしいミヤをおぶりながら、俺は思い出したように声を上げる。


「あ、後これ返すわ」


 俺はパールドにペンダントを投げた。


「……何でこれを?」


 パールドは、安堵したようなそれでいて不思議そうな顔を浮かべながら、こちらを見た。


「拾った。大切なもんならちゃんと持っとけ」


 俺はそう言い残すと、ミヤを背負いながら踵を返した。

 トラッキーもボロボロな足取りで、それに続く。


「"妹"さん、元気になるといいな」


 去り際の一言。それに伴い、聞こえる嗚咽の声。


 水しぶきの雨に包まれた湿原。

 その雨がやみ、太陽の光が届くと、そこには綺麗な虹が出来た。



 * * * 



 冒険者ギルドで、ミリアさんは不思議そうにそれを見ていた。


「大王河童ロブスターのドロップ品ですか……? いくら私によいところを見せたいと思ってもさすがにそれは……」

「いや、これはほんまにアキラが倒したものやで」


 意識を取り戻したミヤは口々に弁明するが、俺はそれを制した。


「これはミヤが手に入れたものです」

「はへ?」


 そう不思議そうな顔がおかしく、俺は笑い声をあげた。

 納得いかないミヤだったが、俺は無理やりその言葉を押し通した。


 確かに大王河童ロブスターを倒したのは俺かもしれないが、だがそれ以上のことをミヤはしたと俺は思っていた。


 宿への帰り道。 


「アキラなんであんなことしたん?」


 まだ納得していないミヤに対し、


「なんとなく」


 そう俺は答えた。


「意味分からへん」


 そう口々に不満を言う美弥だったが、


「腹減ったし、飯いこうぜ」


 その一言で、すぐに機嫌がよくなった。


「ええな! うちぺこぺこやねん!」


 人懐っこい猫のような笑みをこぼすミヤに、俺もまたつられて笑顔になる。


 俺たちは、昨日と同じ飯屋へと向かう。

 "変わらない"一日がまた終わろうとしていた。


* * * * *



『うちは馬鹿やからなぁ~難しいことは考えんことにしてんねん』


『でももし……』


『うちが間違ったことをしようしてたら止めてな』


 いつか聞いたその言葉に、俺はこう答える。

 今のところは大丈夫だ、と。


 そして、こうも思う。


 願わくば、

 異世界ここでも、

 こいつが変わらないでほしい、と。




第一章「魔物使いとアナグラム遊び(ミヤ編)」

         完

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