#15 馬鹿でいいやつ
「何でここの主出るんだよ!」「そんな深層部じゃないぞ!」「それにまだ季節は先だろ!」
口々にそう叫びながら、遠目に見える冒険者たちはこちらに向かって逃げてくる。
俺はその風景を見ながら、隣にいたその中年冒険者に尋ねた。
「あれ、そんなに強いんですか?」
「馬鹿言うんじゃない。Bランクモンスターだぞ。ここにいる俺たちが束になっても敵うかどうか」
トラッキーよりも弱いじゃん、と俺は思った。
大王河童ロブスターから逃げる冒険者たち。
ほとんどが逃げ切れたらしいが、一隊そのパーティは逃げ遅れたのが見える。
目を凝らして見れば、それは先ほどのパールドがそこにいることに気付く。
あれほど偉そうなことを言っていたのに、あいらは防戦一方だった。
「あいつら、終わりだな」
ぽつりと、中年冒険者が呟いたその言葉に。
ざまあみろと、思わなかったと言えば嘘になる。
だからこそ、そいつのその迅速な行動が眩しく見えた。
「――うち、助けてくるわ」
ミヤはそういうなり、トラッキーへと乗る。
「アキラ、他の皆を安全な場所に避難させておいてな」
そう言うと、ミヤはトラッキーをポンと軽く叩いた。
「……別にお前が助ける義理はないだろ」
「あはは~そうかもしれんけど、でも決めたねん。時間がないから話はあとでな」
訳の分からないその答えを返すと、ミヤはトラッキーと共に駆け出した。
隣にいる中年の冒険者は、驚いたように頷いていた。
「先ほど気付いたが連れているモンスターはユニコーンタイガーだったか。それにしても、今の世で珍しい性格の持ち主だな」
その言葉に小さく、頷く。
湿地をかけるそのミヤとトラッキーの姿に一種の羨ましさを覚えながら、どこか自分が恥ずかしいという思いも少し沸いた。
「あの一つ、聞きたいんですが……」
俺は中年冒険者に尋ねた。
「ミヤが助けに行かずあいつらを放っておいたら……」
「死んでたな」
中年冒険者は間髪を入れず、答えた。
死。現実感のないその言葉に、俺は動揺した。
「で、でも、生き返らせる呪文とかあるんでしょ?」
「そんな呪文あるはずないだろ。回復呪文こそあれど、死者を生き返らせる呪文なんて、それこそ神しか持っていない」
……だとしたら俺は、あいつらを見殺しに?
あんな奴らでも死んでもいいとなんて思わない、けど。
その思考に、言い訳をする俺。
自分を正当化するために言い訳をする。
でも、あいつが悪い。あんな奴なんて、糞だ。助ける義理なんてない。
その思考を、その声が遮った。
「――助けにきたで!」
甲高いその声は、この湿原に響き渡る。
勇敢に大王河童ロブスターに立ち向かうその姿は、伝記に聞いた戦乙女をほうふつさせる。
「……それでも、ミヤは助けに行った」
あんな奴でも、あいつは助けに行った。
「……なんで? 馬鹿なのか?」
その答えは、誰よりも俺が知っていた。
あいつは、そういう奴なんだ。
馬鹿でいいやつ。
それ以上にあいつにふさわしい言葉を俺は知らない。
トラッキーの突進が、大王河童ロブスターへと向かう。
それに対し、大王河童ロブスターは大きなハサミで応戦する。
一進一退の戦いが繰り広げられる。
「……ほんとにバカだよな」
元の世界でもわけ隔てなく人と接するような奴だった。
困っている人がいれば、進んで人助けをするような馬鹿おひとよしだった。
『なんでそんなことするんだ』
そうミヤに聞いたことがある。
『野球と一緒や。エラーしてもみんなでカバーように、助け合いの精神が大事やと思うねん』
『――でも、助ける価値のない人だっているだろう。悪い奴もいっぱいいるだろ』
それに対し、ミヤはこう答えた。
『人の価値なんて難しい言葉、うちには分からへんけど。根っからの悪人はいないとうちは思うんや。口の悪い人やガラの悪い人だって、話してみればいい人やで。タイガースファンの人たちと触れ合ってみてそれが分かったねん』
その答えを聞いて『甘い考えだな』と思ったことがある。
本当に悪い奴は沢山いる。こいつがまだ知らない、あったことがないだけで。
いつかその考えも変わっていくだろうと、その時は思っていた。
「……でも」
一進一退の攻防が続く。
大王河童ロブスターを交わしながら、トラッキーは攻撃の手を休めない。
何の見返りもない。何の義理もない。その戦いに、ミヤは身を置いている。
……俺の予想に反し、結果は違った。この光景がすべてだ。
ミヤは全く変わらなかった。
「なんでなんだろうな」
その答えはこいつの周りにが根っからの悪人なんていなかったことにある。
本当に嫌な奴にこいつは今の今まで会わなかった。
もしかしたら本当に悪い奴なんて世の中にいないんじゃないかと俺が一瞬思ったくらいに、こいつが関わる奴はみんな根はいい奴ばかりだった。
「だけど、それも今回までだったな」
ミヤが助けようとしているその男が脳裏に浮かび、俺は小さくため息を吐いた。
「パールドとかいう奴は嫌な奴だよ、間違いなく……」
その言葉の途中、何の因果か俺はそれを見つけてしまった。
湿地の泥の中に光る、金の輝き。
手に取ってみると、ペンダント風のそれは魔法アイテムらしく、写真のようにある風景を切り取っていた。
パールドと映る、その少女。
肌の色が血色に優れない、どこか憂いを感じさせる少女。
その少女を全力で笑わせる為か、変顔を決めるパードル。
それに対し、苦笑と浮かべるその少女。
パールドの女だろうか? でもこんなパーティにいなかった気がするような?
その思考の最中、俺はその魔法アイテムに描かれた文字を見つける。
それを見て、唇をかみしめ、拳をグッと握り締めた。
『お前やっぱりすごいな』
言葉にするには恥ずかしいその思い。
戦うミヤの姿に、どこか憧れを抱く。
遠くで見えるその戦いは激しさを増すが、ミヤが優勢のようだった。
俺は少しばかり安堵の息を漏らした。
「あいつが助けに行けば助かりますよね?」
まだ逃げずにいる中年冒険者にそう聞くと、その冒険者は少し顔を顰めた。
「……だといいが、何せ主のフィールドだからな。ほぼAランクとBランクの違いなんてない。それにBランクでも大王河童ロブスターはかなり上位に位置する存在だ。攻撃力と防御力はユニコーンタイガー並みだしな」
その言葉に感じた、嫌な予感。
その言葉が現実になるかのように、それは待った。
防戦一方だった大王河童ロブスターの反撃。
トラッキーと共に、ミヤが飛ばされる。
「ミヤ!」
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