第一章 「魔物使いとアナグラム遊び」

#3 異世界は寝起きにタイガー


 眩しいと、感じた。

 目を開けると、真っ白な光が緑の背景から抜け出してきたかのような光景。

 それはまるで木漏れ日のようで――ていうか木漏れ日だった。


 ここはどこ、俺は誰?


 俺の名前は本間彰ほんまあきら。高校二年、男。B型の蟹座。趣味は……まあいいや。


 そして、ここは……どこ?


「どこだよここ?」


 辺りを見回すと、木。木。木。

 体は草むらの上にあり、少し動くと草と土の匂いがむわっと広がった。


 森の中……らしい。だが、俺が今まで見慣れた植物とは違うことは分かった。

 なんというかRPGに出てきそうな植物だった。


 一応、頬をつねってみる。


「……うん、痛い」


 その痛みで記憶が蘇る。


「異世界……か」


 ただありのままを受け入れると、楽になった。

 とは言え、実感は湧かないが。

 

 と、そこで視界にあるものが映った。

 この異世界には場違いに見える、普段見慣れた顔。まるで昼寝が如く穏やかな寝顔を浮かべるそいつ。


「おい、美弥。起きろ」

「……はへぇ?」


 寝ぼけ眼をごしごし擦るながら、大きな欠伸をしながら美弥は起き上がる。

 ぼさぼさのツインテールが不規則に揺れた。


「……夕食の時間? 阪神勝っとる?」


 まだぼんやりとする美弥だったが、

 辺りの様子を二回三回と確かめると、何となくこの状況が分かったらしい。


「これは大変なことやと思うよ」

「それはそうだろ」


 はへ~と言いながら、興味津々といった体で忙しなく美弥の視線は動き回った。


「これが異世界なんか。自然がいっぱいやね」


 辺りの様子の観察が一通り終わると、美弥は思い出したように声を上げた。


「他のみんなはおらんの?」

「……いや見てない」


 美弥の言う通り、俺たちはクラス全員で異世界に転生されたはずだ。

 だが、俺と美弥以外の姿は近くには見えない。


『異世界のどこに転送されるかは全て、ランダム。君たちはもしかしたらもう会えないかもしれないかもね』


 脳で再生されるその声は、嫌な余韻を残す。


「みんな無事やといいけど」


 美弥の言葉にもっともだと頷き、あいつのことが脳へと浮かんだ。

 あいつも無事だといいけど。それにあいつ、俺に何を言おうとしたんだろう?


 そんなもんもんとした思考を、美弥の言葉が遮った。


「なぁ彰。もう一度聞くけど、ほんまにここには他のみんなはおらんの?」


 さっぱりとした性格の美弥にしては、くどい言葉だと思った。

 だが、異世界のこの状況に混乱しているだろう。そう思った俺は、同じように返答した。


「多分、いないと思うが」

「ああ、そうなんや……うーん」


 歯切れの悪い美弥の言葉に、俺もまた違和感を感じた。

 視覚的な情報に気を取られ、今まで気づいていなかったそれ。

 

 聴覚が、何か、感じた。


 ゔぅー、と。

 それは聞こえる。


「なあ、彰」

「……なんだ?」


 俺と美弥は顔を見合わせる。


「だったらこの音は……」


 大地を踏みしめる、重量が感じられる足音。

 そして、先ほどから聞こえる、その獣のようなうめき声。


「……なんなん?」


 泣きそうな顔をした美弥。

 俺も泣きたいくらいの状況。しばらくは聞き間違いだとか、モノマネがうまい川崎君のおふざけとか、そんな現実逃避に走ってた思考だったが、諦めたようにこう結論を出した。


「……モンスターか魔物じゃね?」


 瞬間、美弥の顔は青ざめ、あははと空笑いをする。

 そして、段々近づいてくるその音。


 逃げよう、という思考はあったもののこの密林の中で方向感覚はマヒしていた。

 木と木が音を反射し合い、どの方向から音が聞こえているかも分からぬ状況。


 そんな中、どこに逃げればいいのか。

 それに逃げたって俺らが逃げきれるわけない。

 

 そもそも足が震えて動けない。もう三重苦だ。

 美弥もまた俺と同じような状況であることは火を見るよりも明らかだった。


 音の不協和音が、最高潮に達した時。

 そいつの姿は見えた。


 高さ2メートルはあるであろうそいつは、虎に似ていた。

 だが、普段見ているような色合いではなく、雪をかぶったような純白の毛並みをまとっている。

 

 また虎にはないはずの角が額から生えており、鋭く銀色に光っていた。

 まるで想像上の生物のユニコーンと虎をかけ合わせてできたようなそいつ。


 そのあまりの美しい姿に、俺は一瞬息を飲んだ。

 が、その感情もそのうめき声を聞くとすぐに消し飛び、俺と美弥は声にならない悲鳴をあげた。


「「――!?」」


 のしのしと緑の地面を大きな白い足で歩く白獣。

 それが近づいてくるにつれ、俺は死を覚悟した。

 

 美弥もまた、そう思ったらしくぽつりと小声を漏らした。


「……タイガースファンとしては幸せな死に方や。虎に殺されるんやからな。本望や」


 諦め。憂い。後悔。それらの感情を超越した美弥。

 聖母のような表情を浮かべる美弥は、静かに目を閉じた――まるで自分の終わり際を予感するかのように。


 瞬間、白獣が地面を蹴り、飛んだ。

 その標的は案の定、美弥。


「――美弥!」


 俺の声もむなしく、白獣の軌跡は一直線に美弥の元へと向かっていく。

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