第4話「硝子のオルガン/芸術について」

 つたない指が宝石を生み出す。

 透明な鍵盤からこぼれおちる重さのない星たち。

 静かな海をたたく。

 その波紋こそが音だ。

 その波紋こそが絵だ。

 その波紋こそが言葉だ。

 その波紋こそは人間に出来得る表現のすべてだ。

 これだ。

 これこそが、いま、芸術と呼ばれるべきものだ。

 それは目の覚めるような旋律。

 それは耳で見る絵画。

 それは心臓を醒ます文章。

 詩であり。

 歌であるもの。

 喝采せよ。

 我々の芸術の時を。

 今透明な七色が指先を導く。

 無邪気にただ遊ぶように沸き立つ芸術を顕せ。

 これは遊戯だ。

 これ以上の遊戯があるだろうか?

 ガラスの割れる音の美しさ。

 星星が夜にともる。耳を澄ませばその瞬きが聞こえる。

 遠く地平線の間際に現れる空と地の境。その境ににじむあの黎明の色を見たか?

 今芸術を始めよう。

 このガラスのオルガンで。

 鍵盤をたたけば、それが音になる、絵になる、言葉になる。

 人の限りない想像力をここに示そう。

 今芸術は始まれり。

 夢を具現することと心得るならば。

 誰しもが、その心にガラスのオルガンを持つのだと知る。

 耳を澄まし、目を凝らし、言葉を作る。

 誰しもが、芸術の主役になる。

 さぁ、弾きたまえ。

 さぁ、弾くがいい。

 心にある風景を現すのだ。

 その片鱗をこの世界に現すのだ。

 その拙い指先で、この夜の海に波紋を響かせるのだ。

 それこそが、芸術である。

 それでいい。

 心を自由にするために。

 私は、自分のオルガンを弾いてみようと試みる。

 さぁ、歌おう。

 さぁ、詠おう。

 夜空に星をともすように、小さな光を生み出すのだ。

 今宵、芸術が生まれる良き日に。

 硝子のオルガンを持つもの。それを自覚すならば、弾きたまえ。

 弾きたまえ。

 その指は一切のしがらみをはねのける。

 その指は自由だ。

 それこそが心だ。

 何物にもくみせず邪魔されない拙い自由な指が芸術を生み出す。

 さぁ、始めよう。

 さぁ、始めよう。

 今宵はよい夜。

 芸術を始めるにはいい夜だ。

 さぁ、たたこう。

 透明な鍵盤を。

 自由な指先で。

 描くように歌い。

 聞くように見よ。

 心の自由は拙い。

 けれどそれは星の灯りに似て。

 輝く。

 今が夜であるならば、空を見よ。

 星があるのならば、それが心だ。それが芸術だ。

 名もなき幾数千もの心の輝きが夜を一枚の絵画にする。一遍の小説にする。鳴りやまない旋律にする。

 これが人の自由な心の外的表現。

 心のうちにあるあの透明な音を光を言葉をあふれるように導くように顕すのだ。

 その時が自由だ。

 自分を自在にする感覚。

 何物にも代えがたい喜びをもたらす。

 ただひたすらに鍵盤をたたけ。

 今芸術の時は来たれり。

 さぁ、弾きたまえ。

 さぁ、弾きたまえ。

 心を自由にするのだ。

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