第26話 変わったプレゼント
翌日、父と千春は出かけた。
どこへ向かうのかというと、ホームセンターである。
目的のホームセンターでほしいものを探す。
「本当にそれでいいんだな?」
千春は手にとったものを父に見せる。
それはいつも父が着ているようなつなぎであった。
「うん、ほしい! これ着たら、もっと手伝える気がする」
「だけど千春ぐらいのサイズはないぞ?」
つなぎを着て作業をするのは圧倒的に男性が多い。女性用のサイズはなかったため、男性用の一番小さいサイズから選んでいく。
「めっちゃ足長い!」
「だからそんなサイズないんだって……」
「どれがいいかな~」
父がぼやくのをすべて無視して、好みのつなぎを探す。するとお店の人がやってきた。
「何かお探しですか?」
「ちょっと、つなぎを買いに……いや、娘が着るんですけど」
スタッフは千春を見て少し驚いた顔をした。
「女性サイズはないんですが、裾の調節はこちらでいたしますので、購入の際にお申し付けください」
そういってスタッフは去っていく。千春は再び選び始める。
「なんでもいいじゃんかよ。どれでもいいじゃんか」
「待って! 今見てるんだから! 買ってくれるんでしょ!」
普通の女の子なら、かわいい洋服屋さんへ行って、どれがいいか悩むところだが、千春はホームセンターで悩む。普段の服を買いに行くときは、すぐにこれがいいと決められるのに、つなぎを買うとなると、ものすごく悩んでいた。
こっちの色がいいだろうか、それともこっちの色がいいのか。でも形が微妙にあっちの方がいい。そんなこんなで30分も悩んでいた。
「まだかよ。長いよ」
「だってあっちのもよかったんだもん」
「だからって女は決めるのにこんな時間かかるのかよ……」
「でもやっと決まった!」
「どれどれ……?」
千春は決めた紺のつなぎを父に渡した。父にとっては色や形はどうでもいい。気になるのは値段であった。値札を見つけた父は唖然とした。
「おいおい……こんなにするの? 本当にこれ買わなきゃだめ?」
このつなぎの値段は5000円近かった。いつも父が着ているつなぎの値段は2000円しないもの。それの2倍以上するとは思いもしなかったようだ。
「誕生日プレゼントでこれって言ってるんだから、すごいいい子だと思うんだけど。着て手伝うって言ってるんだから、いいでしょう?」
「わーかった、わかった! これ買うなら、長靴もあった方がよくね?」
千春が決めたつなぎを父が持ち、長靴が並んでいるコーナーへと向かった。つま先が足袋のようになっているものから、ひざ下ですぼむようになっているものまである。父はさっと見て、黒い長靴を1つを手に取った。
「千春にはこのくらいの長さだろ。これはいてみ」
床に置かれた長靴に足を入れてみる。ガラスの靴の代わりに長靴であるが、シンデレラのような気分である。
「ぶかぶか」
そんな気分もつかの間。千春の足より大きかったようである。父はもう1サイズ小さい長靴を取って床に置いた。
「んじゃこれでどうだ?」
「うーん……まあ、普通」
大きかった長靴を脱ぎ、次に出された長靴には両足を入れてみた。普通といいながらもちょうどいい。そのままぺたぺたと歩いてみる。
「ならそれでいいや。たぶん、ばあちゃんと同じぐらいだから、千春がはかなければばあちゃんがはくだろうし」
「やったー。全身コーデが完成した!」
長靴を脱いで、もともとはいてきた靴に履き替える。脱いだ長靴は千春が持ち、レジへ向かった。
支払いを済ませた後、試着室で一度つなぎを着てスタッフが裾をはかってくれた。そして、長さを千春に合うように切って縫ってもらう。たまたまほかのお客さんがいないため、30分でできるから、店内を見ていてほしいと言う。一緒に買った長靴もつなぎと一緒に預けておき、時間をつぶすことにした。工具以外にも生き物や文房具、洗剤など様々なものが売られているので、時間をつぶすのは簡単であった。
30分経ったので、長さを調節してもらったつなぎを受け取り、父と帰宅する。思ったよりも出費が多かったから、父は帰るまでの車中、表情が暗かった。反対に千春は満足した顔でニコニコしていた。
☆
帰宅してから、買ったつなぎをきて、母と祖母に見せた。
「どう!? よくない、これ!」
「ずいぶん時間をかけたのねえ。サイズもいいじゃない」
「それ着て手伝ってくれるならいいねえ」
母と祖母は褒めてくれる。後ろから父が千春の姿を見て、笑った。
「お前、足、短いな! 本当に短い!」
もともと男性用のサイズであり、お店で長さを調節してくれたと言っても、足の裾を切ってくれただけだ。つなぎであるため、胴体の長さは変えられない。よって、足が短く見えてしまうのであった。
「パパと違って身長がないの! ママが小さいから仕方ないんだから! ママこれを着ていいよー」
「いいですーいらないですー」
父の身長は180を少し越えている。しかし、母は千春より少し小さく150センチぐらい。千春は150より少し大きいぐらいで成長が止まった。父も母も腹囲がメタボリックシンドロームの基準に引っかかっている。母の服は千春にとって大きすぎる。逆に千春の服は母にとって小さいのだ。今回買ったつなぎを母が着ることは無理であった。それを知っていて言っているのだ。
「あとね、長靴買ってもらったー。ばあちゃんもはいてねー」
祖母も千春と身長はとんど変わらない、この3人は身長も変わらなければ、足のサイズも変わらなかったのだ。
「貸してくれるんかい。ばあちゃんはいつも長靴はくから、すぐに悪くなっちゃうけどいいんかい?」
「だってそんなに長靴はかないしー」
長靴と言ってもオシャレなものではない。本格的に田んぼで使えるようなものである。たいして使う予定もなかった。
「それじゃあ、使わせてもらおうかねえ。ぼっこれちゃったらばあちゃんが新しいのを買っておくよ」
「はーい!」
新しい千春専用のつなぎ。小さいころから父が着ているのを見てずっと憧れていた。父とおそろい。これを着てもっと手伝わなくてはならない。
見た目から入るタイプの千春は、以前よりもやる気がでた。
つなぎを着て1人ファッションショーをしている千春を見た姉の美咲は、ものすごく気持ち悪い顔をしてこちらを見ていたが、母にすすめられて、1度着てみたらどうかと言われて着てみたら、美咲もほしくなってしまった。
「パパ、うちにも買ってよ。千春に買ったなら、うちにも。じゃないと、これうちがもらってくよ?」
もはや脅迫である。美咲は別に誕生日でもないが、午後に再び同じホームセンターに行き、美咲用のグレーのつなぎを購入した。美咲も千春と体型が変わらないので、同様に足の裾を調節してもらった。今日の父の出費は大きくて落ち込んだが、娘が2人とも農業の手伝いをしてくれるための前払いと考えれば、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
だがしかし、種まきまではつなぎを着る機会はまったくなく、しばらくタンスの中で2つのつなぎは眠ったのであった。
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