第18話 綴られた思い
封筒を見つけた千春は鍵をかけずに棚の扉だけをしめ、家の中へ封筒を持って入った。そして祖母の元へむかう。
「千春、ずいぶん汚れたねえ。着替えてきなさい」
祖母は日記をもともと入っていた箱にもどし、その箱を部屋の隅へ運んで掃除機をかけていたが、ドタバタとやってきた千春にすぐ気が付いた。
「それよりね! また手紙が入ってたの!」
「まずは着替えてきなさい。せっかく掃除機かけたのにまた汚れちゃう」
再び着替えるように言われてからやっと自分の服を見た。泥やほこりで汚れているのに気づいた千春は、見つけた封筒を床に置き、自分の部屋は走っていった。
祖母は千春が置いていった封筒を手に取り、確認する。封筒の表にはそれぞれ『千春へ』、『美咲へ』と書いてあり、裏面には2つとも『おぢいちゃんより』と書かれている。『じ』ではなく『ぢ』と書くのは祖父の癖でもあった。
着替えてきた千春が祖母の元へ急いで戻ってきた。祖母は『千春へ』と書かれた封筒を手渡した。
「こっちは千春へで、こっちは美咲へ。わざわざ隠してたんねえ。部屋でゆっくり読むといいよ。片づけはもういいから呼んできなさい。美咲が来たら、こっちの封筒も渡してくれるかい?」
美咲へと書かれた封筒も祖母から受け取った。片づけの間、姉のことなんて頭になく、片づけを楽しんでいた。祖母から封筒を受け取り、謝るときに渡そうと決めた。そして、千春は自分の部屋へ向かった。
机に向かって座り、しっかりと封がされている封筒をはさみであける。中には白いコピー用紙にボールペンで文字が書かれていた。
『千春へ
お元気ですか? 千春がこれを見ているときは、おぢいちゃんはもういないかもしれません。』
何とか解読できた冒頭の文で涙が込み上げてきた。それでも読もうと続ける。なぜ敬語なのかは疑問であったが、自分も祖父へ宛てた手紙は敬語で書いた気がするので、似たような気持ちだったのかもしれない。
『最近病院にばっかり行ってるし、おぢいちゃんは先にいなくなるでしょう。
しっかりものの千春におばあちゃんのことを頼みます。』
ここまでで涙が零れ落ちた。涙で見にくい視界で続きを読もうとする。
「……読めない」
涙のせいではない。祖父の書き方のせいで読めない。
読めずに急に涙が止まった。焦って読むのが悪いのだろうと思い、時間をおいてから読むことにした。
いつのまにか日も暮れ、父も帰宅し夕食の時間となった。
そろって夕食を食べていると祖母が千春に聞いた。
「じいちゃんの手紙は読めたかい?」
「手紙って何?」
父は千春へ聞いている祖母の質問に加えて千春に問う。手紙のことを知っているのは祖母と千春だけ。仕事に行っていた父と、食事のときにしか会ってない母は何も知らなかった。
「じいちゃんの片づけしてたら見つけたん。姉さんのもあった」
「そんなのあったんかい。どこにあったん?」
「物置の中の鍵のかかった棚んとこ」
「あそこ鍵なくしたっておやじが言ってたぞ? どこから鍵でてくんだよ?」
「ばあちゃんの部屋の押入れ」
「おやじ、隠してたのかよ……鍵はどうした?」
「そのままさしといた。でも扉はしまってるよ」
「まあ、特に盗まれて困るようなものでもないし、いっか」
祖父の行動に父も驚いたが同時にあきれたようである。
「んでね、手紙、読めない……字が」
「まあ、頑張って読むんだね、千春が。はっは」
父は笑いながら言った。
「なんだか今日は千春は元気そうね。あんなに暗い顔して学校を早退してきたのが嘘のようだわ」
言われてみれば、今日は気分もいい。母は千春の変化にすぐに気が付いた。
「まあね~」
千春は夕食を取り終えると食器を片づけ、部屋に戻って再び手紙を読み始めた。
『千春と美咲はいつも仲良くしているところが見れなかったのが心残りです。
2人だけの姉妹なのだから、仲良くやってほしい。
なにかあったら2人で助け合ってほしい。
喧嘩もしないでほしい。
千春はすぐに泣くけども強い子だ。
仲良くできるさ。』
まるで今喧嘩しているのを予想していたかのような内容で驚いた。ここで2枚目にうつる。
『うちは米作ってる。パパに全部教えてあるからしっかりやってくれるだろう。
男の子の孫がいればそれをさらに継いでほしかったが、
2人のかわいい女の子の孫だ。無理に継いでほしくはない。
嫌なら継がなくていいんだ。好きにしなさい。
できればおぢいちゃんは千春に継いでほしい。
美咲は遊んでばっかりだし、何も知らない。
それなら千春にやってほしい。』
(好きにしろって言いながらも継いでって……)
涙ぐみながら読みにくい祖父の手紙を読む。やっとこの字に慣れてきたのか読むスピードが速くなっていた。
『ぢいちゃんは千春達が幸せに生きてくれることを願ってます。』
手紙はここで終わった。
「じいちゃん……」
祖父が亡くなるときの入院時はもう字も書けないし、会話もほとんどできないような状態であった。その入院前には話せはしたが、字は書けない。物忘れも悪く、目もよく見えてないのか、食事の際テーブルクロスの柄が食べ物に見えたのか箸でつまもうとしていたほどだ。なのでこれはもっとずっと前に、字がしっかり書けるときに書いていたのであろう。わざわざ隠したのも、生きている間に見られたくなかったのかもしれない。いつかは遺品整理をして隠していたのを見つけてくれると考えたのだろうか。祖父はよく病院に行くようになったときから、死を考え、早めに手紙を書いていたのだ。隠し方がずいぶん強引ではあるが。
「心配してたんだね、じいちゃん……」
祖父の思いを受け取り、ひとり呟いた。誰もいない部屋にその言葉は消えていく。千春の涙は止まらなかった。
気が付くと千春は机に伏せて寝ていたようで、肩にはベッドに乗っていたブランケットがかかっていた。
(誰かかけてくれたんだ……)
机の上にある時計に目をやると、夜の11時。ほかの家族は寝ている時間だ。明日も冬休みで休みではあるが、規則正しい生活を心がけている千春はお風呂へ向かった。
ゆっくり湯船であったまりながら、祖父の手紙について考える。
千春だけでなく、美咲にも手紙がある。これをすぐに伝えるべきであるか悩んだ。手紙があるから帰ってこいと言って帰るか。そうでもないだろう。でもいつ帰ってくるかわからない。
ずっとここで考えていたらのぼせてしまうと思い、頭と体を洗ってすぐに出た。
部屋で美咲へ宛てられた封筒を見つめる。もうすでに日付が変わっている。食後に寝てしまっていたが、眠くなってきたのでとりあえず寝た。
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