第4話 雨がふったら?

 正直に言うと、種まき以降に千春の手伝える作業はほとんどない。何か手伝ってと言われれば手伝うが、あれをとってくれ、持ってきてくれなどそのくらいの手伝いしかない。

 千春はいつも暇を持て余していた。

 小学校に入学したてであり、学校の宿題もまだあまり出ていない。出ていたとしても、まじめな性格の千春は帰宅してすぐ終わらせるタイプである。

 小学校から下校するときには、田んぼに囲まれた通学路を通る。その時によく祖父がトラクターで田んぼで作業する姿を見かけては嬉しく感じた。トラクターのエンジン音は大きいため、遠くから大声で呼んでも、気づかない。そのために声をかけることはないが、見かけるたびに嬉しくなっていた。


 何度も田んぼをトラクターで耕したり、水が漏れないように畔をつくったりと、種まき後は田植えの準備を行う。しっかり田んぼを整えてから水を入れるころには、少し前に並べた苗は10センチ以上になっている。この苗を植えるのだ。かなり昔は手作業で腰を曲げながらひとつひとつ田植えをしていたが、今では田植え機で行う。技術の進歩は素晴らしい。大人一人で田植えを手作業で行えば何日もかかるところを、この田植え機で行うと田んぼの面積にもよるが数十分で終わらせることができる。千春の家にも田植え機はあるが、それに屋根はなく、日光が上から照り付ける。さらに、水面から日光が反射して360度、あらゆる方向から日光があたるのだ。それでも田植えをやらなくてはならない。父いわく、機械でやるけれども、まっすぐ植えるのは難しいらしい。一度にすべての苗を田んぼへもっていって植えることはできないため、田植え機で父が田植えをし、苗箱を母が軽トラックに積み、祖父が運転して父のもとへ苗を運ぶ。祖母は田植え機でどうしても植えることができなかった田んぼの角などに手作業で植える。種まき同様、家族で協力して行うのだ。米農家としてはここまでが一番大変な時期だろう。


 4月末の種まきから6月の田植えまで、休日はほとんど農作業を行う。そのためにゴールデンウイークは出かけないことがほとんどだ。千春にとってはそれが当たり前であったため、何も疑問にも、不満にも感じることもなかった。父によると、わざわざゴールデンウィークに人がいっぱいいるところに行く必要はないとのことだ。混んでいるところも、並ぶことも嫌いな父らしい内容である。毎週末忙しい農家ではあるが、雨が降り、田んぼでの作業ができないときには買い物に出かけたりもする。

 田植えまでの間の週末で田んぼの準備ができないと考えられるときには、父は有給休暇をとって田んぼへ向かう。天気に左右されるが、休みはないといっても過言ではない。


 

 5月上旬の日曜日。朝から雨が降りつけた。天気予報では午後には雨が上がるそうだ。雨が降っては農作業はできないと、千春は父とともに買い物に行くことにした。

「どこに買い物に行くの?パパ」

 買い物に誘われた千春は二つ返事で了承しついていくことにしたが、行先は知らない。父がいつも会社に行くときに使ったり、家族で外食しにいくときに使うワゴン車に乗ってから聞いた。

「野菜の苗買うんだってー。まあ今年もいつもと同じやつだよなあ」

 車のエンジンをかけながら答えた。 

 都会と違い、田舎では交通手段は主に車だ。一家に一台以上は車を所持していることが多い。千春の家では農業で使う軽トラック、祖父、父、母が一台ずつ車を所持しており、祖母はスクーターを所持している。そのほかにも、トラクターを一台に田植え機一台。これらを庭に置いておけるのだから、十分な敷地がある。そんな庭の一角にある畑に以前ジャガイモをまいたが、まだスペースがあるので他の野菜を育てることにしたのだ。


 車を走らせること30分。目的地の小さな直売所についた。

 直売所の中では花に野菜と様々な苗が販売されている。父は真っ先に野菜のコーナーへ向かうと、端から苗を見ていく。離れないように父についていく。

「何の苗買うの? お花は見ないの?」

「ナス。あとピーマン。そのくらいか? 花は食べられないからいらないの」

 その言葉を聞いて千春はぎょっとした。

「ナス!?ピーマン!? いらない! お花がいい!」

 どちらも千春の嫌いな野菜であった。好き嫌いはよくないのはわかっているが、味といい食感といい好きにはなれない野菜ベスト3に入る。そんな野菜を育て、収穫したら食卓にいつも並ぶに決まっている。それなら食べられなくてもきれいな花を植えたい。

「わがまま言うな。うまいぞ」

 にやにやしながらいう父は、これらの野菜が千春の嫌いな野菜であることを知っている。

「まずいもん。苦いもん」

 やだやだと駄々をこねる千春を無視して、苗を選んでいく。そのときふと、いいアイデアがでた。

「トマトはどうだ?ミニだけど」

 嫌いな野菜と一緒に千春の好きなトマトを育てることを提案したのだ。

「トマトなら食べるー!いっぱい食べる!」

「いや、食べるのはまだ先だけど……買ってくか」

 喜ぶ千春を見て、ミニトマトの苗も選びレジへ向かうのであった。


 家に戻ったときには雨も上がっていた。庭には軽トラックでやってきたであろうどこかの家のおばあさんが祖母と楽しそうにしゃべっていた。

 父が車をいつもの庭の車庫にとめた。千春が車から降りると祖母に呼ばれたので、祖母の方へ歩いて行った。

「こんにちは。こりゃ孫かい? いいねえ」

 祖母と話していたおばあさんが挨拶してきた。人見知りの千春は小さな声で挨拶を返した。

「これね、うちで今朝とれたキュウリなんだけど、食べてくんろ。うんめえから」

 おばあさんは千春に、キュウリが入ったスーパーの袋を手渡した。袋をのぞいてみると、深い緑色をした長いキュウリがいっぱい入っている。

「ありがとう!」

 人見知りだが千春は元気な声でお礼を言ってキュウリをもち、家の中に入った。


 とれた野菜のおすそ分けはよくある。野菜以外にもハンバーグを作ってきてわざわざ持ってきてくれたこともあった。食べ物だけでなく、祖父母のご近所付き合いも多いので、いろいろな情報が手に入る。だれだれの孫がどこの学校に行ったとか、何に就職した、犬の散歩してたなんて話も聞ける。どうでもいい話でも祖父母たちによって話が広まる。同級生の話も祖父母から聞くこともあり、意外なことが聞けたりする。なんでもご近所にすぐに知られてしまうのだ。なので、恥ずかしくない学校に行こうと思った。

 家の中に入ったあと、さっと1本のキュウリを水で洗い、かじりながらそんなことを考えていた。別に味はしないが、みずみずしい新鮮さがとてもよかった。

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