友達以上恋人未満-僕は君が好き-

如月李緒

第1話 告白のトキ

 土曜日。

 窓から夕日が入り込む大学の食堂で、彼女は待っていた。

 黒髪の腰まであるロングヘアーに、黒いレースのカーディガンのようなもの、そして白いワイシャツと黒っぽいジーンズ。

「あ、黒崎くん遅いよ!」

 約束の時間まではあと5分あるはずなのに、彼女はすでにそこにいた。

「あれ、講義はどうしたの?」

「少し早く終わったんだよ」

 一応、講義が終わる時間に来ておけば、待たせることはないと思っていたのは、少しあまかったらしい。

「……それで?改まってどうしたの?」

 呼び出しておいて、まだ自分の心の準備ができていなくて、口ごもる。

 それでも、なんとか話さないといけないと思うから、遠回しにアプローチしてみる。

「石山さんってさ、何で彼氏作んないの?」

「急にどうした」

 一瞬、質問を聞いて彼女が固まった気がした。けれど、すぐに笑っていつもの彼女だ。

「いや、そーゆー話聞かないなぁって」

 彼女には、相手が冗談のときは真面目に答えてくれないところがあるから、少しだけ真面目に返す。

 そうすれば、彼女は少しだけ悩んで、考えてから返事をくれた。

「……まぁねー、友達がいれば充分かなって」

 それは、普段の彼女の言葉の端々から感じていた。まぁ、だからこそ、こんなに悩んだし、こんなに遠回しにアプローチするのだけど。

「今まで告白されたこととかないの?」

 質問ばかりする僕に、少しイラッときたのかもしれない。少しだけ、彼女のまとう雰囲気が冷たくなった気がした。

「……今日は随分プライベートなこと聞くね」

 それでも僕は、引き下がるわけにはいかない。

「うん。知りたいと思ったから。それで、告白されたことは?」

 少し強気に、堂々と繰り返す。

「……あるよ。でも、全部断ってきた」

 予想していた通りの答えに、少しだけドキッとする。

「その人たちは……」

「みんな、今でも仲のいい友人たちだよ」

 僕の言葉を最後まで聞くことなく答えた彼女は、優しい笑みをうかべていた。

「そっか……ごめんね、急に」

「ん、もう終わった?」

「うん。ありがと。帰ろっか」


 帰り道。いつもはついてくるはずの分かれ道で、珍しく彼女は「それじゃ」と別れようとしてきた。

「あれ……、今日は来ないの?」

「あぁ、たまにはまっすぐ帰ろうかなと思ってさ」

 雨でも降るんじゃないだろうか。いつもは帰りが一緒になると必ず、来るなといってもテキトーな言い訳を作ってまで最後まで送るくせに。

 でも、今日はこんなとこで別れるわけにはいかない。

「そっか。……じゃあ、たまには僕が送ろうかな」

 僕の言葉に、嫌そうな顔をして僕をジトっと見る。けれど、すぐに諦めたようで、大きくため息をついた。

「……そう。好きにしなよ」

「うん。いつもついてくる石山さんには断われないよね」

 一緒の時はいつも絶対ついてくる彼女に、ささやかな仕返しのつもりで言うと、彼女は諦めたように「そうだね」と言った。

 それからは、他愛もない話をしながら歩いた。そして、彼女のアパート前に着く。

「……ありがとう。それじゃあ、また月曜日に」

 いつもなら名残惜しそうに話すことさえある彼女が、そそくさと別れようとする。

「あ、待って!」

 とっさに叫んで、手をつかんでから、しまったと思う。

 この辺りは大学生が多いアパート街だ。知り合いに見られるかもしれない。

「……あーもう、わかった」

「え?」

 やれやれという風に、彼女は僕をみる。

「まだ話したいことがあるんでしょ。この近くに、小さい公園あるから。そこで話す?」

「あ、いや、すぐ終わるから……」

 言ってしまってから、自分を追い込んでいることに気付いた。これで、心を落ち着ける猶予はなくなった。

「じゃあ、うちにあがりなよ。こんなとこでやってたら、他の人に迷惑かけるかも」

 彼女はまるで全てを見透かしているかのように言った。

「あ、うん。ごめん……」


 玄関にあがって、彼女は靴を脱いだ。

 脱ぎ終わるのを待ってから、僕も一歩前に出る。

 彼女がそのまま部屋に入っていこうとするのを、腕をつかんで止めた。

「……」

 彼女は振り返りもしないし、何も言わない。

 後ろでバタンとドアがしまった。

 真っ暗な玄関。二人の間を流れる沈黙。

 もしかしたら、一瞬だったのかもしれないけれど、僕にはそれがとても長い時間に感じられた。

 彼女の腕をつかんでいた手をはなして、ぎゅと目を瞑る。

「僕は白山さんが好きです!付き合ってください!!」

 ………。

 彼女の答えはない。

 恐る恐る目を開くと、こちらに背を向けたままの彼女がいた。

 すぐに逃げられるようにドアに手をかけていたのに、彼女の様子が気になって恥ずかしさも逃げることも忘れてしまう。

「白山さん……?」

 呼びかけると、ハッとするようにこちらを振り向いた。

 けれど、僕と目が合う頃にはいつもの笑み。

「──いいよ。付き合おっか。ただし……」

 予想外の言葉に心臓がはねる。

 けれど、そのあとに続いた言葉に僕は驚きを隠せなかった。

驚く僕をよそに、彼女の言葉は止まらない。ようやく、彼女が言い切ったところで、僕はかろうじて、「え?」と反応した。

「まぁ、条件のようなものだよ。どうする?やめる??」

 そういう彼女は、変わらずに不敵な笑みを浮かべている。

 少しだけ悩んで、言葉を選んだ。

「……もしもやめたら?」

「今日のことはなかったことにしよ。私たちは食堂で待ち合わせなんてしなかった。だから、こんな話もしていない」

 そういう彼女は、どこか嬉しそうに語っていた。けれど、僕の勇気がなかったことになるのは、やっぱり少し嫌で、僕は意を決する。

「……いや、なかったことになんてしたくないから。白山さんがいいのなら、お願いします」

 そうして、僕は彼女に付き合ってもらうことにした。

「そう。それじゃあ、3ヶ月間よろしく」

「うん」

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