「ポケットの中の女神」  田口仙年堂

ポケットの中の女神

 ち、違うんだ! 話を聞いてくれ!


 俺は変態じゃない!


 いや、確かにこのスマホに写ってるのはお前の写真だけど、盗撮とかそういうんじゃないんだよ!


 クラスメイトの写真くらい誰だって撮るだろ!?


 え、そういう問題じゃない?


 一緒に撮るならともかく、自分しか写ってないじゃないかって?


 いや、それは、そうなんだけど……。


 だから違うんだよ! 話を聞けって!


 黙って撮ったら盗撮だって? だからそういうんでもないんだって!


 ああ、そりゃ撮ったのは俺だよ。


 でもこれは偶然撮れたんだ。たまたまレンズの先にお前がいたんだ。


 見ろよ、最新のスマホなのに全然ピント合ってないだろ。


 ほら、他の画像フォルダも見せてやるよ。盗撮画像なんてないだろ?


 それどころかお前以外の女なんてまったく写ってないだろ?


 俺のスマホの画像フォルダにいる女は、お前と、このネコくらいだぞ。


 それに、どうせ盗撮するんなら、パンチラとか着替えとか、そういうエロいシーンを狙うもんだろ。


 お前がだらしない顔で笑ってる姿なんて盗撮して何の得があるってんだよ。


 痛い! 痛いって、殴るなってば!


 ――え? じゃあなんで画像データを消さないのかって?


 日付も四ヶ月前だし――ワンタッチで消せるだろって?


 それは……。


 ……ああ、いや…………その。


 ……消したくなかったんだよ。


 悪いかよ、いつまでも持っていて。


 ……悪いか。そりゃそうだよな。


 理由も知らず、クラスメイトの男子が自分の写真をいつまでも持ってる――


 あー、こうして言葉にすると本当にキモいな。


 え? 正直に言うだけマシだって?


 ……サンキュ。そう言ってもらえて、本当に助かる。


 悪かったよ。ちゃんと話すから、聞いてくれ。



 ――偶然撮れたってのは本当だよ。嘘じゃない。


 ほら、校内の自販機で期間限定の珍しいジュースが売ってた時期があったろ?


 あれ撮ってSNSにアップしようと思ったんだ。


 で、ジュース買って、適当な場所を探してたら、たまたまお前が見えてさ。


 一緒にいたの、彼氏だろ?


 ほら、この端っこにちょっとだけ写ってる、背の高いの。


 そいつと話してるお前の、だらしない笑顔が――本当にだらしなくてさ。


 気を許した相手にしか見せない顔って言うのかな。


 普段のお前とあまりにも違うんで、思わず撮っちまったんだ。


 ――なんだよ、そんな怒るなよ。


 だって、見ろよ、このだらしない顔!


 どっからどう見ても、だらしないだろ!


 顔だけじゃなくて、全身緩みきってるじゃねーか!


 ……けど、その顔が良くてさ。


 なんつーんだっけ、こういうの。自然体だっけ?


 ぜんぜん警戒してないこの顔が、頭から離れなくなっちまったんだ。


 いや、何度も消そうと思ったんだよ。


 だけど、この顔を見てると楽しくなってきてさ。


 つまらない事とか、ムカつく事とか、全部どうでもよくなってさ。



 最初はテスト前だったかな。


 あんまり勉強してなくて、すげー緊張してたんだ。


 そんな時にこの写真を見たら、一気にリラックスできたんだ。


 おかげでテストの結果もバッチリ。


 それからだよ、何かあるたびにこの写真の世話になった。


 テストもそうだけど、部活の試合前とかに緊張をほぐしてもらったり。


 生活指導のアイツに怒られてヘコんだ時とかさ。


 そのうち、何か選ばなくちゃいけない時や、どうしても決められない時とかもこの写真に頼るようになった。


 神様みたいって?


 ホント、それだよ。


 俺の中では、お前は女神様だった。


 スマホの中の、身長15・の女神だよ。


 だらしない顔の女神に、本当に助けられた。


 今までやってこられたのは、確実にこの女神様のおかげだ。



 それって、写真で妄想してるのかって?


 違う違う!


 お前が言いたいのはアレだろ?


 この写真のお前を、俺が都合のいいように歪めてるとか、そういう事だろ?


 そういうんじゃないんだ!


 アイドルの写真とはわけが違うんだって!


 一年の頃からよく知ってるお前の写真だから意味があるんだよ!


 わかんねーかな?


 お前の頭が悪い事も知ってるし、一言多いからよくケンカするのも知ってる。


 目の前の事に一生懸命になるタチだってのも知ってるし、困ってる奴がいたら解決できるかどうかもわかんねーのにとりあえず話を聞こうとするのも知ってる。


 ついでに言えばケンカした奴と仲直りすると、ケンカする前より仲良くなってるのも知ってる。


 そういうお前の写真だから、ちゃんとお前の言葉で励まされる気がするんだ。


 まぁ、それも俺の想像かもしれねーけどさ。


 けど、お前のいいところはちゃんと知ってるつもりだぜ。



 あ、だけど癒さたり励まされるだけでもなかったぞ。


 本当に心の底までヘコんでる時にこのツラを見ると、怒りが湧いてくるんだ。


 俺はこんなにキツい思いしてるのに、なんでお前は笑ってんだよ、って。


 彼氏の前でこんなに嬉しそうなツラしやがって!


 なんだよこのイケメン!


 俺は独り身だっつーのに、イチャイチャしやがって!


 こっちがどんどん惨めになって、ムカついてくる笑顔でもあるんだよ。


 救われる時もある笑顔だけど、ハラ立つ時もあるんだよ。


 そういう時はライバル心っていうのかな、負けたくないって気持ちになるんだ。


 絶対に負けねぇ、って思って、怒りをパワーに変換するんだな。


 そうやって問題を解決した時もあったわ。


 で、また違う日に見ると、今度はこの顔に癒されたりするんだ。


 自分でもわけわかんねーと思う。


 ま、色んな方法でこの写真に助けられてきたって事だよ。



 そんなわけで、ごめんな。


 勝手に撮って、勝手に使って。


 お前からしてみれば、たまったもんじゃねーよな。


 でも、見られちまった以上、全部正直に話すよ。


 変に誤解されるより、全部話して嫌われた方がマシだし。


 だけど俺は感謝してる。


 お前の笑顔が好きで、ずっと憧れてた。


 本当にありがとう。


 ……ま、そういうわけだから。


 そろそろこの画像、消すわ。


 いつまでもお守りみたいに持ってるのもキモいだろ?


 じゃあ、消すな。


           ※


 あ、待って!


 えーっと……何て言えばいいんだろ……。


 その……えーと……うん。


 まず三つほど言わせて。


 あんた、盗撮じゃないって必死に主張してたけどさ――


 完っ全に盗撮だよバカ!


 偶然撮れたのは分かったけど、それでも一言言えよっ!


 なんだよこの顔!


 この何も考えてなさそうな顔!


 デヘヘ、って擬音が似合いそうなこの顔!


 そんな写真いつまでも持ってんなよぉ~……。


 はぁー……。


 いいか、あたし以外の女の子には、絶対にするなよこういう事!


 どんな理由があっても、盗撮はダメ! 絶対!


 分かった!?


 ったく、何に使われてるか分かったもんじゃないんだから……。


 え? 変な事には一切使ってない?


 いや、そんなムキになって怒鳴らなくたって……。


 なに、大事なことなの? それが?


 ま、まぁ、いいけど……。



 で、二つめなんだけど。


 あのー……ね、あんたが彼氏だと思ってる、この人。


 これ、お姉ちゃんなんだよね……。


 知らないかな、バスケ部のキャプテン。


 背が高いから男の人によく間違われるんだよ。本当イケメンだよね。


 うん、めっちゃモテる。後輩の女の子から。


 家族の前だったら、そりゃだらしない顔もするって。


 あたしの彼氏? そんなんいるわけないじゃん。


 いたら今頃あんたなんかと話してないっての。


 ほんと、早とちりなんだから。



 えっと、それで三つめだけどさ……。


 あんた、気づいてる?


 さっきから本人の前で「女神様」だの「好き」だの連呼してるって。


 フツー、目の前でそういう事言うかなぁ……。


 めっちゃ恥ずかしいんですけど……。


 って、なんであんた今さら顔赤くしてんの!?


 もしかして気づいてなかった!?


 はぁー……本当に天然だね。


 ま、まぁ、べ、別にイヤじゃないけどさ……。


 イヤじゃないけど……その、色々順序ってもんがあるでしょ。


 こんなヘンテコなやり方で言われた事なんてなかったし。


 あの……うん。


 ……………………。



 じゃ、じゃあもうひとつ! 四つめ!


 やっぱりその画像消して!


 当たり前じゃん、イヤだよそんなのいつまでも残してたら!


 それに盗撮なんだから、消すのが普通じゃん!


 ……そ、その代わりにさ。


 もっと、ちゃんとした写真、撮ってもいいから。


 盗撮は犯罪だし、変な顔残されるのもイヤだけど。


 ちゃんとあたしに許可とれば、撮ってもいいからさ。



 ……次は、可愛く撮ってよ?

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