第3話 旅立ちのきっかけ

「あら?」

アレンが家の戸の近くで座り込んでいると、茶髪の女性が現れる。

「貴方は…」

「…俺は、今晩だけこちらで世話になる、旅の者だ」

その茶髪の女性は、アレンを眺めてきょとんとしていたが、すぐに最初の表情に戻る。

「…半ば、うちの義妹いもうとによって強制的に…って所かしら?」

このラスリアの姉らしき女性の台詞ことばに対し、少しだけ呆気にとられていたが、アレンはすぐに我に返る。

「…そんな所かもな…」

アレンは、その女性に対してそう返したのである。


「姉さん!!」

後ろを振り向くと、ラスリアが見知らぬ男と一緒に歩いてくるのが見えた。

彼女が姉の前まで歩いてくると、その口を開く。

「彼…グスタフがうちに用があるからって一緒に帰ってきたけど…どうしたの?」

その台詞ことばを聞いた姉は、一瞬黙り込む。

しかし、すぐに自分の方を向いて話し出す。

「ごめんなさいね、旅人さん。貴方を先に寝室にご案内するけど…3人で話があるので、寝室にいてもらってもいいかしら?」

「…構わないが…」

アレンは、文句を言う事なくそれに応じる。

一人だけ蚊帳の外に追い出されたような状態だったが、アレンは元から他人の事情にあまり干渉しない性格のため、何を話すのか気になる事はなかった。


「では、こちらで少し待っていてくださいね!」

ラスリアの姉シシュは、アレンを寝室に案内した後、笑顔で挨拶して部屋を出て行った。

 さて、今後はどう進んでいくべきか――――――

寝室のベッドに座り込み、アレンは手に入れたばかりの世界地図を広げる。

自分が何者すらかもあまり解らないアレンではあったが、どの場所にどんな国があるかといった、一般的な知識だけは覚えていた。彼自身、なぜ所々で知識があるのかという疑問すら生まれないようだ。

 村人がここは「スト」という村だと言っていたが…ここか?

アレンは、世界地図に描かれているクウィーンヴァル大陸の北東の方に目を向ける。

彼がこの村を訪れた一番の理由は、この辺りで“星降り”がよく見えるのが、この場所だったという事を知っていたからである。


「“未開の地”…」

彼は、世界地図のど真ん中にある大陸に書かれた文字を読む。

この世界の中心に位置する大陸は、人が住んでいるかもわからない未到の地であるため、世界地図上でも、その土地の詳しい地形は描かれていない。この大陸には学者連中がいろんな議論を行い、様々な仮説が打ち立てられる。

幾人もの冒険者達がこの地を目指したとも言われているが、生きて戻ってきたという話はまるで聞いたことがなかった。故に、“未開の地”なのである。

 おそらく、ここに「イル」があるのかもな―――――――――

アレンは一人考え事をしながら、世界地図を眺めていた。


          ※


「話って何?シシュ姉さん!」

ラスリア達3人は、居間にある椅子に座る。

彼女は何の話をするのか、気になって仕方がなった。

 姉さんとグスタフが隣同士で座っているって事は…何か、改まった話なのかな?

彼らの様子を見たラスリアは、内心でそんな事を考えていた。


「ラスリア、あのな…」

「姉さんの…!」

グスタフが内容を話し出そうとした瞬間、ラスリアは彼の言葉を遮る。

「姉さんの口から…聞きたいです…」

はっきりとした口調で言うラスリアであったが、内心はとても緊張していた。

数秒程、彼ら3人の中で沈黙が続く。

「えっと…あのね、ラスリア…」

すると、黙り込んでいたシシュの重たい口が開く。

「私達…結婚するの」

「…え…!?」

頬を赤らめながら言う姉を見て、ラスリアは呆然とする。

「い…・いつの間に…!!?」

自分の姉とこのグスタフという青年の仲が良い事は、彼女自身もよく知っていた。

しかし、このような展開になるとまでは、予想だにしていなかったからだ。

「私達、お互いに両親がいないじゃない…?だから、誰に最初に報告するか、一瞬迷ったわ。でもね…やっぱり、血がつながっていなくても唯一の家族であるラスリアへ一番最初に報告するのが良いかな…と思って」

「そっかぁ…おめでとう…!!おめでとう、シシュ姉さん!!!」

ラスリアは、自分の事のように喜ぶ。

「喜んで…くれるの…?」

「もちろんよ!」

家族のいない自分達にとって「新しい家族ができる」という事は、なによりも嬉しいはずである。

 でも、そうなると私は…・・

喜ぶ一方で、「自分の居場所がなくなるのでは」という疑惑が生まれる。


果物屋おみせは…どうなるの…?」

素朴に感じた疑問を、彼女は姉達にぶつける。

しかし、その答えはすぐに返ってきた。

「お店は彼も手伝ってくれるので、今まで通り大丈夫よ!」

「…でも…」

言葉を濁すラスリアには、一つ不安があった。

彼ら姉妹は、このグスタフを良く知っている。それは良い所も悪い所も…。

彼は同じ村の人間で姉より2歳ほど上だが、実は仕事といえる仕事を全くしていない。親が地主だから、“働く”事を全く経験せずに育ったのだ。そんな男に姉と、この店を任せる事ができるのだろうか―――――――ラスリアの脳裏には、そんな不安があった。

「グスタフ…本当に…大丈夫なのね…?」

ラスリアは、睨み付けるようにして姉の婚約者を見上げる。

 結婚には賛成だけど、この人で本当に大丈夫なのかな…?結構、不安だよ…

内心そう思う彼女に対し、グスタフの口が開く。

「確かに、僕は両親に甘えて、働いた事がない…。でも…少しずつ…少しずつでいいから、仕事を覚えて“自立した大人”になりたいんだ…だから…!!」

世間知らずの青年の目は、とても真っ直ぐに見えた。

ラスリアとしては、まだ一つ不安があったが、その眼差しに強い意思を感じた彼女はため息を尽きつつも、再び口を開く。

「…義姉あねをよろしくお願いします」

ラスリアは、グスタフに対して挨拶をしたのである。

 

 姉たちとの話が終わり、ラスリアは部屋を出る。

「…お前は、どうするんだ?」

「わっ!!」

いきなり声をかけられたので驚いたが、自分の寝室の前でアレンが立っていた。

「…話を聞いていたのですか?」

「…聞きたかった訳ではないがな…」

アレンは、静かに答える。

その後、ラスリアはその場で一瞬黙り込む。

「私…やりたい事があるんです…・」

ラスリアは、深刻な表情かおをしながら話し始める。

「実は…私と義姉は、孤児だったんです。両親がいない事はあまり寂しくなかったのですが、私…自分の事がよくわからなくて…」

「…己が…?」

不思議そうな表情かおで、アレンは彼女を見つめた。

「実は私、他人が持っていないような能力ちからを持っていて、今から12年前…8歳の時に、自分の持つ能力を自覚しました」

ラスリアの話に、アレンは黙って聞き耳を立てている。

「だから、自分が何者なのか、それを知りたくて旅をしたい…と考えた事もありました。しかし…義理の姉と一緒に始めたこの果物屋と、姉の事を思うと実行に移せなかった…」

そう口にした後、ラスリアの視線は下を向いていた。

すると、黙っていたアレンが口を開く。

「…姉の結婚を機に、旅に出るのか…?」

「…はい。これも良い機会なのかも…というより、行かなければいけない気がするんです…・!」

「…だからか」

「…え…?」

アレンが低い声で呟いたため、ラスリアは、またもや彼の台詞ことばを聞き逃す。

 アレンさん…時々、ボソッと呟くから、何を言っているのかわからないな…

内心でそう思う彼女に対し、アレンはため息をついたような表情かおで、思いがけない事を告げる。

「…一緒に行くか…・?」

「え…?」

突然の提案に対し、ラスリアは目を丸くして驚く。

「貴方と…ですか?」

「…嫌なら一人で行くことになるが…」

それを聞いたラスリアは、一瞬考える。

 …驚きの発言がこの男性ひとは多いな…。でも、一人で旅に出てあれこれと迷うよりも、私より長く旅をしている人に着いていく方が、なにかと安心…かも?

彼女なりに一生懸命考えた結果、ツバをゴクリと飲んでから口を開く。

「私も一緒に…貴方の旅に、連れて行ってください…!」

真剣な表情で、ラスリアはアレンに告げた。

 この時、彼女はこの銀髪の青年の顔を初めて、真正面から見たのである。澄んだライトグリーンの瞳で綺麗な顔立ちをしているが、左目の下に、不思議な紋章のような形をした痣が存在するからだ。

しかしラスリアは、今はどういうつもりで彼が「自分と一緒に行かないか」と言ってくれたのか、この痣は何なのか…本人には訊かない事にした。

それは、自分自身にも、まだ彼に対して話せない事があるからだ。

「…決まりだな」

そう呟いたアレンは、すぐさまベッドに寝転ぶ。

「あの…アレンさん…?」

呆気に取られたラスリアは、恐る恐るアレンに声をかける。

「行くと決まったら、長居は無用だ。…早く寝てさっさと行くぞ」

そう告げたアレンは、ベッドに寝転んだ後、すぐに眠りについたのである。

 この人…もしかして、かなりせっかちな男性ひと…!!?

あっという間に寝付いてしまったアレンを見て、ラスリアは少しだけ呆れてしまう。

 でも…さっきの話を聞いた上で「一緒に行くか」って言ってくれたという事は、優しい部分もあるのかな…?

ため息を尽きつつも、グッスリと寝ているアレンに対し、ラスリアは布団をかぶせたのであった。



 翌朝――――――まだ義姉あねが寝入っているような時間帯に起きて、支度をするアレンとラスリア。

「姉さん…。いってくるね…!」

面と向かって挨拶すると泣きそうだったので、彼女は1枚の手紙を義姉あねの枕元に置く。

 旅の目的を果たしたら、またこの村に戻ってくるから――――――

そう心に誓ったラスリアは、静かに家の戸を閉めた。


「…用意はできたか…?」

家を出ると、鍛冶屋から戻っていたアレンが立って待ってくれていたのである。

「…はい。お待たせしました」

ラスリアはアレンの方を向いて、真剣な表情で頷いた。

「…行くぞ…」

「はい…!」

出逢ってから間もないのに、割りと打ち解けられたのは何故だろうと考えながら、ラスリアは数十年間過ごした村を後にする。



ヴェスペディラ暦25年―――――――この年に起きた“星降り”は、世界中の全ての生き物が目撃していた。それは、彼らが知らぬ違う世界でも…。

そして、“星降り”が起きた翌日に、アレンとラスリアは旅立ったのであった。

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