(20)到着
先行した者が近隣の村で野盗との遭遇及び応援を要請した事で、その知らせはすぐにレンフィス伯爵領の中央部まで伝わり、セレナ達の一行が夕刻になってから館に到着した時には、玄関前とホール内に使用人の殆どが整然と並んで待ち構えていた。
「セレナ様、クライブ様、遠路お疲れ様でした」
「お二人のお顔を見る事ができて、感無量です。領地の者は皆、今日のこの日を指折り数えて心待ちにしておりました」
「出迎えありがとう。本当にあなた達には、余計な心配や苦労をかけてしまったわ」
馬車寄せの最前列に並んでいた初老の男二人が、一人は涙ぐみながら、もう一人は満面の笑みを見せながら挨拶をして、揃って頭を下げる。セレナはそんな彼らに頷いてから、クレアに二人を紹介した。
「クライブ。こちらは館を取り仕切ってくれているモルガン、こちらは領地の執政官長のケーニッヒよ」
「出迎え、ありがとうございます。バルド大公クライブです。これからよろしくお願いします」
「勿体無いお言葉……。精一杯、努めさせていただきます」
深々と頭を下げたモルガンの隣で、ケーニッヒが表情を硬くしながら申し出る。
「お二方には、まず謝罪を。領地を来訪早々野盗と遭遇など、本来あってはならない不始末。今現在、私兵組織内で討伐隊を編成しておりますので、一両日中に一網打尽に致します」
ここでクレアは余計な叱責などせず、彼に対して冷静に要請する。
「ケーニッヒ殿。野盗への対処は勿論ですが、それに加えて、その一党の襲撃によりこれまで被害を被った領民や旅人の調査、及び被害内容に応じた補償の手配をお願いします」
「心得ました。それでは失礼して、実戦指揮官との打ち合わせに入ります」
「お願いします」
為政者の顔になったクレアの発言に、ケーニッヒは恐縮しつつも心強く感じながら、早速行動に移った。一礼して踵を返した彼を見送ってから、セレナはクレアに続いて自分達より数歩後ろに控えていた二人を、邸の者達に紹介する。
「モルガン。こちらのお二人が、王太子殿下の命で私達の護衛に派遣された、パトリック様とコニー様よ」
それを受けて、モルガンは満面の笑みで頷き、背後の使用人達と共に彼らに向かって頭を下げた。
「お話は伺っております。お二方を精一杯おもてなし致しますので、こちらに滞在中はごゆるりとお過ごしください」
「お世話になります」
「よろしくお願いします」
「それでは、皆様のご案内を頼む。他の者は、各自の持ち場に戻るように」
「畏まりました」
「セレナ様とクライブ様はこちらに」
「パトリック様とコニー様、こちらにどうぞ。後程、お部屋に荷物をお運びします」
一通り挨拶が済んだところでモルガンが背後に控えていた使用人達に指示を出すと、セレナ達や客人担当の世話係は即座に案内を始め、他の者達は自分の持ち場に散って行った。
セレナとクレアは早速当主夫妻が使用する部屋に通され、お茶を出されてから、夕食までの時間を二人で過ごしたいと申し出て、侍女に引き上げて貰った。そして人目が無くなってから、セレナが多少気だるげに言い出す。
「はぁ……、やっと着いたわ……」
倦怠感が滲み出たその台詞にクレアは苦笑いしてから、一つ確認を入れた。
「途中、色々ありましたね……。ところで、私が本当は女性だという事実は、王都の邸では使用人の皆がご存じでしたが、こちらの館内ではどうなっていますか?」
その問いに、セレナは瞬時に真顔になって説明する。
「義兄様やエリオットと相談しましたが、管理棟では不特定多数の人員が出入りしますし、居住棟も領民の出入りが意外に多くて。ですからこちらで事情を知るのはモルガンの他は、侍女長に加えて前々からの住み込みの使用人数人に抑えます。今夜にでも、顔合わせをする予定ですから」
「分かりました。方針が決まっているのであれば、後はパトリックとコニーの前でこれまで以上に熱愛夫婦を演じて、二人にはさっさと帰って貰いましょう」
「ええ。それに加えて私がクレアさんと終始一緒に居れば、クレアさんが女性の姿で外出して街の人に目撃されても、偶然何となくバルド大公に似ている女性として、気にも留められないと思います」
「なるほど。愛妻家のバルド大公が、妻と別行動をするわけがありませんからね」
「そもそもバルド大公が女装したり、女性かもしれないと疑う人はいないと思いますが、念には念を入れようかと」
「ええ。色々頑張りましょう」
そこで女二人は笑顔で頷き、夕食までのひと時をのんびりと過ごした。
「……だから、そういう事ですから」
「もう! クライブったら、冗談ばっかり!」
腕を組んで密着しながら、楽し気に会話しつつ食堂にやって来たセレナとクレアは、自分達以外の三人が既にテーブルに着いているのを認めて、笑顔のまま謝罪した。
「すみません、遅れてしまいましたね」
「クライブと話に夢中になってしまって。ごめんなさい」
「いえ、遅れたという程の事はありませんので」
「時間通りかと思います」
「それでは、料理をお運びいたします」
確かに予定時刻より僅かに遅れただけであり、控えていたモルガンの指示で滞りなく料理が運ばれてくると、並んで座った二人は上機嫌に会話しながら食べ進めた。
「明日は早速、クライブに街を案内するわね。勿論、王都とは比べ物にならないし、ヤーニス辺境伯領のタレンよりも規模は小さいけど、見せたい物やお店があるの」
「それは楽しみですね。でもさすがに、二人きりでは無理でしょう?」
「ええ。そうしたいのは山々だけど、こっそり出かけたりしたらケーニッヒが心労で倒れるわ」
「それは申し訳ないですね」
くすくす笑いながら応じたクレアに、セレナはちょっとした提案をした。
「レンフィス伯爵家の私兵が護衛に付く予定だけど、普通の通行人の姿でさりげなく護衛をして貰えば良いかしら?」
「そうですね、そうして貰いましょう。王都でも騒ぎになるのを恐れてろくに外出などできませんでしたし、こちらにいる時位、気分だけでも二人きりであちこち見て回りたいです」
そんな風に笑い合っている二人に、パトリックは控えめに声をかけた。
「あの、クライブ様。外出時には、私達も一応ご同行させて貰いたいのですが、少し離れて目立たないように付いて行った方が良いでしょうか?」
その問いかけに、クレアは少し考え込む様子を見せてから、笑顔で頷く。
「そうですね……。そうして貰えれば嬉しいです」
「分かりました。そう致します」
そこでパトリックとコニーは顔を見合わせて頷き、ラーディスは沈黙を保ちながら夕食を食べ進めていた。
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