(19)領地境での騒動

「ようこそ、歓迎しますよ、大公夫人」

「さあ、私が来たのだから、さっさとその人を離しなさい」

 些か乱暴に腕を掴まれ、首謀者らしき男に引き寄せられながらも、セレナは平然と依然として他の男に腕を掴まれたままの少女について言及する。しかしその台詞を聞いた男達は、揃って彼女に哄笑を浴びせた。


「はっ! やっぱり高貴な方は、頭がおめでたいな!」

「誰が女を離すかよ!」

「こいつを売り払って、あんたの身代金も手に入れるに決まってんだろ!」

「何ですって!? 騙したわね! 嘘つき!!」

「騙される方が悪いだろ」

 男達の言い分を聞いた少女は怒って周囲を詰ったが、セレナはその反応を予測していた如く、自分を捕らえている男の顔面に向かって、勢い良く頭突きした。


「おめでたい頭は、あんたの方よ!」

「ぐあっ!」

「この女!?」

 まともに鼻に衝撃を喰らった男は、堪らずに呻いてセレナから手を離し、周囲が血相を変えてセレナを睨み付ける。すると近くの木立の陰からラーディスが音もなく飛び出し、少女を捕らえていた男とその近くにいた男を背後から急襲した。


「うおっ!」

「何っ!? うげっ!」

「良し、人質確保」

「え? えぇぇっ!?」

 一人は首筋をラーディスが左手に持っていた短剣の柄で強打され、もう一人は彼の右手の拳が顔面に入り、物も言わずに倒れ込んだ。その直後にラーディスが少女の手首を縛っていた縄を切り落とし、彼女が呆気に取られているうちに背後に庇う態勢になる。


「なっ!」

「いつの間に、そんな所に!」

 少女と同様に野盗達も目を見張ったが、その隙にレンフィス伯爵家の者達が一斉に動き出し、一人が馬車の背面の金具を外し、それで取り付けてあった槍をセレナめがけて放り投げた。


「セレナ様!!」

「貰った! とりゃあぁぁっ!」

「ぐはぁあっ!」

放り投げられた槍を空中で受け止めたセレナは、それを勢い良く半回転させたかと思うと、先程頭突きを喰らわせた男の眉間に、刃とは反対側の石突きを正面から叩き込んだ。その衝撃に、男はもんどり打って地面に倒れ込み、セレナが周囲を見回しながら声高に叫ぶ。


「皆! 活きの良い鉱山労働者、久々の現地一括確保よ! 強盗に人身売買を繰り返しているでしょうから、軽く見積もっても二十年はこき使えるわ! 額を割る位は良いけど、手足の筋を切らないでね!?」

「了解!」

「お任せください!」

「女の敵ですから、顔は潰しても良いですよね!?」

「構わないわ」

「よっしゃあぁぁっ!」

身も蓋もない宣言と共に護衛達は嬉々として反撃に転じ、それとは逆に指示者を欠いた野盗達は狼狽しながら逃げ惑い始めた。


「全く、無茶苦茶だな! 切り捨てるのは駄目なのか!」

「だが、取り敢えず火の粉は払わんとな!」

「その通りだ。大公夫人のご要望にもお答えするか」

「それ位できないと、近衛騎士団の名折れだな」

「ぐはあっ!」

「ごはっ!」

あまりにも予想外の展開にパトリックとコニーは頭痛を覚えたが、近衛騎士としては一伯爵家の私兵に遅れを取るわけにもいかず、馬車を護衛しつつ手近な賊に襲い掛かり、的確に戦闘能力を削いでいった。


「さて、全員確保? 取り逃がしていない?」

乱闘が完全に収束してから、セレナが槍を片手に、地面に倒れて呻いている男達の間をすり抜けてラーディスの所にやって来た。しかしそこで問われた内容に、ラーディスが肩を竦める。


「さすがに元々の人数差があったから、全員は無理だったな。この機会に、徹底的に山狩りをする必要があるだろう」

「それはそうね。帰った早々に、仕事ができたわ」

仕方がないと言った顔つきになったセレナは、気を取り直して続けざまに指示を出した。


「取り敢えず、ジュドーは一番近くの集落まで走って、私達の到着と襲撃についての伝令を、館まで出して貰って頂戴。ついでに連中を移送する為の、荷馬車の手配もよろしく」

「分かりました」

「ゲイルはまず、襲われた隊商の状況確認。必要な物を揃えてこのお嬢さんを連れて、負傷者の救助に行くわ」

「行ってきます」

「賊は全員縛り上げて、首謀者らしき者は荷馬車に放り込んで。他は木に括り付けておいて、後で回収させるわ。急いで」

「了解」

彼女の指示を受けて何人かが馬を走らせ、セレナを含めた他の者がテキパキと動き出したのを眺めながら、パトリックとコニーは呆気に取られていた。


「凄いな……。セレナ様、動じなさ過ぎだろう」

「それはそうだが……、本当に生き生きしておられるよな」

「生き生きと言うか、以前彼女は槍術が一番得意だから、狭い室内での対決には向かないとかなんとか言っていたと聞いたが、本当だったんだな」

「凄いでしょう? もう本当に、私なんか敵いません」

「クライブ様」

急に笑いを含んだ声が割り込んだ為、二人が慌てて背後を振り返ると、いつの間にかクレアが馬車から降りて彼らの近くに来ていた。


「二人共、怪我は大丈夫ですか?」

「はい、かすり傷一つありません」

「ご心配なく」

「それは良かった。結婚後にセレナが庭で鍛錬をしているのを見せて貰った事がありましたが、その時以上にキレのある動きでしたね。見ていて惚れ惚れしました」

「はあ……」

「しかし大公夫人が、あそこまで武芸の達人である必要も無いかと思うのですが……」

何となく(これで良いのか?)と思いながら意見を述べたコニーに対し、クレアは事も無げに応じる。


「私達は色々と規格外の夫婦ですから。偶には妻に守られる夫という夫婦がいても、良いのではありませんか?」

「それはまあ……、クライブ様がそう仰られるなら」

「他人が口を挟む筋合いはございませんので」

「そうでしょう?」

にこやかに微笑むクレアに、パトリックとコニーが何も言えなくなっていると、粗方の処置を済ませたセレナがクレアに駆け寄った。


「クライブ、一人で待たせてしまってごめんなさい。近くの村に連絡がついて、これから怪我人や罪人の回収に人手を出して貰えるから、私達はこのまま領地の館に向かう事になったわ。馬車に乗りましょう」

「分かりました。セレナ、お疲れ様でした。貴女の戦っている姿は、とても素敵でしたよ?」

「嫌だわ、クライブったら。さすがに野蛮人とまでは思わないだろうけど、ちょっと暴れ過ぎたとは思っていたし」

「とんでもない。私の為に戦う貴女は、まさに光り輝いて見えました。本当に貴女は、私の守護女神です」

「もう、クライブったら! 恥ずかしいから、本当に止めて!」

クレアがセレナの肩を抱き寄せて、楽しげにそんな会話を交わしながら馬車に向かって歩いていくのを見送りながら、二人はボソッと呟いた。


「うん……、まあ、本人達が幸せなら、それで良いよな」

「そうだな……」

そんな二人は、戦闘による疲労感とは種類が異なる、軽い脱力感を覚えていた。

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