(8)元側近達の動揺

 クライブならぬバルド大公夫妻の一行は、夫妻が乗車する馬車が一台と、荷物を運搬する荷馬車が二台、付き従う護衛役の騎士や身の回りの世話をするメイドですら騎馬で移動し、その数が十数名と、一般的な貴族の旅行としては小規模過ぎた。れっきとした貴族であるパトリックとコニーは、それを目の当たりにして色々言いたい言葉を飲み込んだが、その代わりに自分達のすぐ前で馬を走らせていた、近衛騎士団の鍛練場で面識のあったネリアに、控え目に声をかけてみる。


「ええと……、すまない。確か君はネリアと言ったかな? 近衛騎士団の鍛錬場で、君とルイ殿の腕前を見せて貰ったが」

 そのパトリックの台詞を聞いたコニーが、噂で聞いた凄腕の侍女が目の前の人物なのかと、ギョッとした顔になった。しかしネリアは斜め後ろを振り返りながら、笑顔で応じる。


「はい、ネリアです。今回は同行、宜しくお願いします」

「こちらこそ。少々尋ねたい事があるが、構わないか?」

「はい、何でしょうか?」

「その……、今回の旅では、荷物が少々少なくは無いかな? 侍女殿達も騎馬で、あなた達の馬車が必要ないのは分かるが、大公夫妻はお一人で一台をお使いにならないのか? 途中で増える予定でもあるのだろうか?」

 それは十分考えられる疑問であり、ネリアは予め皆で考えて頭の中に入れておいた想定問答の中から、該当する答えを口にした。


「やはり事情をご存じない方は、不思議に思われますよね……。パトリック様の疑問は尤もです。レンフィス伯爵家の質実剛健さと清貧さから考えると、一人で一台は勿体ないと判断されたからと思われそうですが」

「あ、いや、まさか、そんな邪推はしていないから」

「勿論、何かきちんとした理由がおありだと思っています」

 ネリアが神妙な表情で語り出した為、男二人は僅かに動揺しながら弁解したが、彼女は益々申し訳なさそうな顔つきになって語った。


「お気を遣わせてしまって、申し訳ありません。単に『片時も相手の側を離れたくないから、馬車は二人で一台で構わない』と、お二人が口を揃えて主張したからなのです」

「…………」

 揃って無言になったパトリック達を見ながら、ネリアは(本当は、『王都でエリオットが使う馬車を確保しておかなければいけないし、二人で一台は当然』だと二人の意見が一致したからだけど)と思いつつ、余計な事は一言も口にしなかった。


「クライブ様からは『疲れたら、遠慮なく交代で馬車に同乗するように』とお二人に言付かっておりますが、その時は精神的な面で色々と差し障りがあるかと思いますので、それを踏まえた上で同乗された方が良いかと思います」

 ネリアから大真面目に忠告された二人は、顔が引き攣りそうになるのを堪えながら頷いて了承した。


「良く分かったよ。説明、どうもありがとう」

「だが心配は無用だよ。私達は一応近衛騎士なのでね。騎馬での行軍訓練などはこなしているし」

「それなら宜しかったです。後は何か、ご質問はございますか?」

「いや、特には無い。ありがとう」

 そこでネリアは再び前方に意識を集中し、パトリックとコニーは微妙に馬の距離を詰めて小声で言い合った。


「なあ、コニー。殿下は結婚されてから、微妙に性格が変わられたかな?」

「殿下呼びは、本人に向けては止めろよ? 確かに以前は常にどこか感情を抑制されているところがあるようにお見受けしたが、ご結婚されてからは感情表現が豊かになったみたいだ。だが、それは良い変化だと思うぞ?」

「確かにそうだな」

 彼等に続いて最後尾を走らせながら、周囲を警戒していたラーディスは、自分のすぐ前でそんな会話が交わされているのを耳にして、小さく溜め息を吐いていた。

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