(24)意思統一

「クレアさん。どうしても分からないので、お伺いしたいのですが」

「何ですか?」

「父のあなた宛ての手紙には、『故クライブ殿下の遺骸は、我が家の墓所に埋葬済みで毎年供養しております。後程、家族にお尋ねください』と記載してありますが……」

 最後に回ってきた手紙に視線を落としながらエリオットがそう述べると、フィーネがその後を継いだ。


「確かにレンフィス伯爵家の墓所に、全く表記が無い小さな墓碑が有ります。私達はそれを、セレナの前後に産まれて夭折した、兄弟の物かと思っておりました。ですがそこが、本物のクライブ殿下の墓所だと言うのなら、どうして旦那様がご遺体を引き取る事ができたのでしょう?」

「ゼナ?」

 その場にいる殆どの者を代表した彼女の問いに、クレアは困った顔になってゼナに声をかけた。しかし彼女も、当惑した表情のまま首を振る。


「それは本当に私達にも、全くわけが分からないのです。泣く泣く深夜密かに後宮の庭園の、目立たない片隅の木の根元に、殿下のご遺体を埋めた筈でしたのに……。そこで時折、祈りを捧げていたのですが」

 するとここで、この間黙っていた庭師の一人が、恐縮気味に手を上げながら発言した。


「エリオット坊ちゃま。少し喋っても構いませんかね?」

「キリル? 勿論、構わないよ?」

 そして発言の許可を貰った年配の庭師は、首を傾げながら話し出した。


「王宮に何人の庭師が居るのかは知らんけど、きちんと担当する場所が決まっとりますよね?」

「普通に考えると、そうじゃないのかな?」

「加えて、王宮の庭園なんていう所だと、毎日隅々まで手入れを行き届かせる必要がありませんかね?」

「それは確かに……」

「落ち葉が大量にあっても、いつの間にか無くなっているしな」

 エリオットに続き、セレナとラーディスも考え込みながら答えると、キリルは真顔で話を締めくくった。


「それなら素人が穴を掘って埋めた所なんて、幾ら目立たない場所だとしても、日々管理している庭師の目に留まらないものですかね? 不自然に柔らかい土が盛り上がっていたら、俺だったら気が付きますが」

 それを聞いたエリオットが、納得した風情で頷く。

「ああ、なるほど……。なんとなく、繋がった気がする」

「エリオット? 繋がったって、何が?」

 不思議そうに問いかけた姉に向き直った彼は、たった今考えついた内容を他の者達に披露した。


「父様は貴族にはしては珍しく、我が家にとってはかなり珍しい、内務省勤務の官吏でした。最後はそこそこの地位にいましたが、二十年程前であれば、下っ端のすぐ上の辺りの地位が妥当ですよね?」

「そうかもしれないけど……。それが?」

「内務省でも人事部辺りの配属だと、王宮内で使役されている人間の管理などを担いますよね?」

「……それで?」

 なんとなくセレナには話の筋が見えてきたが、余計な事は言わずに弟に話の先を促した。


「当時、庭師なども監督する立場だったのかな、と。それで自分が管理している庭園が不自然に掘り返されているのを見つけた庭師が、不審に思ってそこを掘り返してみたら、どう見ても王族の特徴がある乳児の遺骸を発見してしまったとしたら?」

 それを聞いた彼の家族は、真剣な顔で意見を述べ合った。


「相当驚く事は確かね。対外的には、クライブ殿下は死んでいないのだし」

「陛下が女性に手を出して産ませた子供が、密かに処分されたとか邪推しそうだ」

「どう考えても一介の庭師の手に余るし、変な騒ぎになったら、責任を取らされるかもしれないわ。それで青くなった庭師が、密かに旦那様に相談したのでは?」

「それで父様は密かに遺骸を引き取った上、その庭師に口止めしたわけね?」

「あの義父上ならあり得る。そして身元が不明だが、公にしないまま王族かもしれない遺骸を放置できないと、レンフィス伯爵家の墓所に密かに埋葬したわけだ」

 顔を見合わせながら頷き合う家族を見て、エリオットが話を続けた。


「恐らく、それが真相じゃないかと思う。それから父様は王宮内の動向を調べて、陛下が手を付けた女性の話も聞きつけたんじゃないかな。更にその家が産まれた娘をどこぞに養子に出した事実を知って、グランバル国との当時の関係性を考慮して、その娘と殿下を入れ替えた事まで推察していた上で内密にしていたのなら、父様の勘の冴えに寒気を覚えるけど」

 そんな事を淀みなく言い切った弟に向かって、セレナは顔を引き攣らせながら感想を述べた。


「エリオット……。私は今、あなたの推理っぷりに寒気を覚えているわ」

「そうですか? それで女の身であるので婚約者も決められず、最近すっかり進退窮まっていた王妃様とクレアさん達の境遇と我が家の継承問題を、死ぬ前に一気に纏めて解決しようと企んだ父様の胆力には、本当に頭が下がります」

「いや……、それは胆力云々と言うより、腹黒いと言う方が相応しいと思う……」

 思わずラーディスが額を押さえながら呻いたところで、クレアが顔付きを改めて声をかけてきた。


「それでは、こちらの事情は全て説明しましたので、レンフィス伯爵家の意向をお伺いしたいのですが」

「え? 意向?」

 咄嗟に意味を捉えかねたセレナが困惑すると、エリオットが横から解説した。


「姉様。つまり、このままクレアさんとの偽装結婚を成立させる事を目指すのか、それとも長年陛下を欺いていた事実を白日の下に晒すのか、どちらを選ぶのかと言う事です。ですが告発する場合、我がレンフィス伯爵家の関与も明らかになって、責任を問われるのは確実です。継承云々の前に、我が家の取り潰しの危機ですね」

 そんな事を冷静に断言されて、セレナは本気で頭を抱えた。


「お父様……。今更言っても仕方がないけど、せめて当事者にだけは、直接説明しておいてくれても良いじゃない……。本当に恨むわよ?」

 そこで家族や使用人達から、憐憫の視線を一身に浴びたセレナだったが、少ししてから決意に満ちた顔を上げた。


「分かりました。こうなったらクライブ殿下に関する真相は、死んでも漏らしません。あなたと偽装結婚するので、エリオットが無事に正式に伯爵位を継承するまで、宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げた彼女を見て、クレアは表情を緩めて大きく頷く。


「勿論、エリオット君の後見についてはお約束します。その後、クライブは死亡した事にして、あなたを解放してあげますから」

「それに関しては、引け目に思わなくても結構です。最悪、遠縁のバカボンを押し付けられるか、年寄りの後妻にされるかと思っていたので。寧ろ、結婚相手が若くて美形なんですから、望むところですわ!」

「それはどうも、ありがとうございます」

 握り拳で主張してきたセレナを見て、クレアは思わず失笑してしまった。そんな二人を眺めながら、屋敷の者達が呆れと諦めを含んだ呟きを漏らす。


「お嬢様……、完全に開き直ったな」

「どう見ても、自棄になってますよね」

「確かにまともな神経じゃ、やっていけないかもしれないけど」

「若くて美形なのは確かだけど、女じゃなぁ……」

 そんな彼らに向かって、セレナが語気強く叫ぶ。


「皆、分かっているわね!? 今、ここで見聞きした事は、口外厳禁よ! 例え親兄弟妻子にも、漏らしたら駄目ですからね!?」

「畏まりました」

「勿論ですわ」

「承知しました」

「本当にレンフィス伯爵家の家風と言うか気質は、普通の貴族とは随分異なっていますね」

 セレナの厳命に使用人達は即座に真顔で応え、そんな彼らを眺めながら、クレアは心底感心した風情で無意識に呟いていた。

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