ニワトリはブウと鳴く

木々 たまき

幽霊の彼

彼は幽霊だ。

しかし、彼にそんなに表現は適当ではない。

ほかの幽霊とは違うのだ。

今、なにが違うのだ、と思っただろう。

幽霊はふつう、死んだ人間の魂だ。

いっぽう彼は死んでいない。

おや、話の行くすえが難しくなってきたぞ。

ううん、つまり、そう、彼は存在はしているが、この世に認められていない、この世のルールに反する人間なのだ。


あ、いい例えを思いついた。

例えば君が学生で、教室の中に、ぱっとしない顔のドジでノロマで勉強も運動もできないいじめられっ子がいたとしよう。

そのいじめられっ子は誰からも好かれず認められていない。

そのいじめられっ子だ。

そのいじめられっ子こそが彼を表すのにピッタリだ。


彼はそういう存在なのだ。

たしかにそこに居るし、しゃべることだって歌うことだってできる。

だけど彼は誰にも知られず、存在を認めてもらえず、姿も声も見えず聞こえないのだ。

だから彼は、自分のことを『幽霊』と読んでいる。


さて、そんな彼もやはり人間。

彼はある日、街中を歩いている時に、素敵な女性とぶつかった。

彼はぶつかったつもりだが、女性は彼のことが見えておらず、なにか見えないものに押された、という気持ちだった。

「きゃっ、痛い。」

「す、すみません…。」

彼は思わずそう言ったが、自分の声が人に届かないのを思い出した。

「ああ、言ったって聞こえやしないか。それにしても、いきなり飛び出してくるなんて、ガサツな女だな。」

彼が何気なくつぶやくと、女性は

「まあ、なんてこと。」

と、驚いていた。

「あれ、ひょっとして君、僕の声が聞こえるのかい。」

彼がびっくりして尋ねると、女性は連れの友人に

「私は今、ぶつかったのよ、ここで。」

と話しかけていた。

女性は彼に語りかけたり、質問に答えたりしていた訳では無いが、彼はすっかり思い込んでいた。


「いやはや、びっくりだ。まさか君のような美人に僕の声が聞こえるなんてなあ。どうだい、記念にお茶でもしないかい。」

彼は調子にのって、女性をお茶に誘った。

「嫌ね。怖いわ。」

「むむ、そうかそうか。たしかに初対面でなれなれしすぎたかなあ。僕はもう何年も誰かと会話していないもんで、勝手がわからないんだ。」

彼女は目に見えないなにかに対しての感想を、友達に語っていたのだが、彼はまたしてもそれを勘違いした。

「ねえ、君にしか僕の声は聞こえないんだ。僕は今までとっても寂しかったんだよ。君ともっと、お話したいんだ。お願いだよ、お願いだ。」

「うーん。」

「どうだい、少しは考えてくれたかい?」

女性は自分のぶつかった相手を街の中から探していたが、見当たらなかった。

「ねえ、見つかった?」

女性の友達が女性に話しかける。

「いないわ。」

「なにを探しているんだい。返事をしておくれよ。」

「気味が悪いわ。もう行きましょう。」

女性は立ち去ろうとする。

「気味が悪い!?まって、まっておくれ!」

「ほんと、もう2度とこんな思いはしたくないわ。」

女性は怪奇現象かと思い、逃げ帰っていく。

「ごめんよ、ごめんよ。」

彼は叫ぶ。

すると女性が振り返る。

「ねえ、今なにか聞こえなかった?」

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