第2話「見えない狙撃魔は危険な香り」Aパート
リオック・ジオボーグを倒した翌日早朝。梶山家の敷地にある、社屋の裏山に雪路はいた。
中腹の平らな場所に木人やウェイトといった練習器具や荷物が置かれ、ちょっとした訓練場の体をなしている。
雪路の特別な力として、「怪力をはじめとする身体能力」「自己回復力」のほかに、「武術」があった。
誰から教わったわけでもなく、気づくと体の鍛え方がインプットされたかのように雪路の中にあった。体を鍛えると、体さばきや構えと言った使い方が浮かんできた。挙句の果てには技までが使えるようになった。
全くの我流ではあるが、まるで何かの武術の秘伝書か何かが頭の中に入っている。そんな不可解な状況だった。
しかし、交通事故に巻き込まれた際忠与を助けようとして強く抱き留めすぎ、大怪我を負わせてしまった雪路にとってはこの「武術」が心の支えとなった。
「自分のこの『力』を御することができれば、今度こそ忠与を傷つけず助けられる」
「誰かのため役立てることができれば、得体のしれない『力』も存在理由が見つかる」
そう思って、10年間この『訓練場』で自分を鍛え続けてきたのだ。
そして。雪路は今、第4の特別な力を試そうとしていた。
(まず、精神を集中させる)
雪路は手の甲を前に向け、両腕を顔の前で×字に組んだ。
(次に、力を溜めて開放するイメージを作る)
握っていた両の拳を、獣が爪を立てるかのように開く。
(そして……解放した力を、燃やす!)
腕を、獣がかぶっていた人の皮を脱ぎ捨てるかのように開く!
「があああああああッ!!」
雄たけびとともに、雪路の目の下に赤いラインが走り、光を放つ。そして、光が退いて……
「これで『変身』完了ってわけね」
そこには、黒い甲殻に覆われた身長2メートル超の人型が立っていた。大きな赤い目と口元の鋭い牙が特徴的で、頭から辮髪のように垂れ下がった触手状の器官と合わせるとどことなく蛇を想像させる。
『ヴァイパー・ジオボーグ』。昨日出会った仮面の男は、そう呼んでいた。
「昨日倒したコオロギ人間が『リオック・ジオボーグ』、あの女が変身したのが『スコーピオン・ジオボーグ』。それで私が『ヴァイパー』……たしかマムシの事だったわね」
仮面の男は言っていた。昨日突如現れた、赤いドレスの女……『スコーピオン』の毒に侵された忠与を救うには、スコーピオンを倒さなければならない。
そして、スコーピオンに会うには……1面にしか目が彫られていない『1面ダイス』を6つ。いや、昨日手に入れた「3」を除いてあと5つ集めなければならない。
そして、1面ダイスはこの街のどこかに潜むジオボーグたちが持っており、彼らもまた自分の願いをかなえるためにダイスの奪い合いをしている。
つまり、最低でも5+アルファ、6人のジオボーグを倒さなければならない、ということである。しかも、3か月という制限時間付きで。
(で、そこまでは分かってもそれ以上は何も分からないのよね)
正直なところ、仮面の男やスコーピオンの目的だとか、ジオボーグが何かだとかはこの際どうでもいい。雪路にとっては、『忠与が危険な状態であり、助けるためにはジオボーグに変身してジオボーグと戦わなければならない』というのが全てである。
では、戦わなければならないとして、自分の……ヴァイパーの実力はいかばかりか?
昨日は無我夢中で戦って勝利したが、何度もそううまくいくとも限らない。
(だからこそ、どんな力を持っているかテストする必要があるわ)
まず、ヴァイパーは近くにある手近な木の前に立った。細すぎず、あまり太すぎず。サンドバッグ替わりにちょうどいい木である。いつもは手を傷つけないように藁など緩衝材を巻くが、拳も分厚い甲殻と皮膚に覆われているため、今回はそのまま殴る。
(では、一発……)
そこそこの力を込めて、まずは一発試しに殴る。
「せいっ! ……え?」
バキリ、と音を立てて木が傾いた。
「あっ、あっあっあ!!」
まさか試しの一発でへし折れるとは思わなかったし、誰も来ないような時間帯を狙ったとはいえ万が一誰かが下敷きになっては危ない。慌ててヴァイパーは木を受け止める。
(……軽い)
変身しなくてもこの程度受け止められる自信はあったが、3、4メートルはあるそこそこの樹木が今はプールで遊ぶフロートのように軽い。持ったまま水平に倒し、近くの地面に置く。
(力の次は速さ、ね)
ヴァイパーは、木人の前に立った。太い柱にいくつも横向きの棒が備え付けれられた、一見ハンガーに見えなくもない器具である。これを敵に見立て、素早く殴り、払い、突く練習をする。
「スゥーッ……」
ヴァイパーは構えを取ると、深呼吸した。力加減を間違えると、今度は木人を粉々にしかねない。力を最小限に抑え、とにかく早く拳を繰り出すことを意識する。
「はああああああッ!」
(速い!)
体が大きくなり厚い甲殻に覆われているにもかかわらず、拳が軽い。
「今度はこいつっ!」
爽快感に心が弾み、木人の反対側に腕をスナップさせると、鞭状の触手が手首の装甲から飛び出し岩の上に置いてあった空き缶を貫いた。
「もういっちょ!」
今度は反対側の腕を横向きに払う。すると鞭は横薙ぎに飛び出て、一列に並んでいた空き缶を真っ二つにした。
(よし!)
あの「蛇人間」……ヴァイパーそっくりのジオボーグの夢を見続けていたのが功を奏した。どうやら姿だけではなく能力も大体同じらしい。
(……そして、最後にッ!!)
「はぁッ!!」
ヴァイパーは身を屈めると勢いをつけて垂直に飛び上がった。
(……高い!)
木々をゆうに超えて、向こうには自宅の屋根すら見える。
(というか……高……すぎる!)
そう。高すぎた。そして、ヴァイパーは高くジャンプできても空を飛ぶことはできない。そのまま重力に囚われ……
受け身をとれず、うつぶせで地面にダイブする羽目になった。
「ン”ン”ッ!!」
地面に激突し、木の1本や2本は倒れたかのような音があたりに響き渡る。
「っ痛~……」
変身前でいう鼻のあたりを抑えながら、よろよろとヴァイパーは起き上がる。ジオボーグになって体がより丈夫になったものの、痛いものは痛いのだ。
(!)
ふと、朝もやの向こうに人影を感じた。成人男性と思しき影が1つこちらに向かってくる。
変身した姿を見られないように誰も来ない早朝を練習時間に選んだのだが、今の音で気づかれたらしい。
(と、とりあえず元に戻らなきゃ)
変身の時とは逆に、体から力を抜くイメージを取る。するとヴァイパーの身体を赤い光が包み……光が退くと、黒い装甲のヴァイパーは練習着の黒いジャージを着た雪路に戻っていた。
「何だ、ゲンさんか」
「何だ、じゃねえよ驚かせやがって」
人影の正体は、ゲンさんだった。作業着が乱れているのが着替えるだけ着替えて慌てて駆け付けたことを物語っていた。
「目が覚めちまって散歩でもしてたらとんでもねえ音が山からしたんでな、身投げでもしたのかと思ったんだよ、こっちは」
「ご、ごめんなさい。ちょっと稽古してたら木を倒しちゃって」
雪路は先ほど自分が倒した木を指さした。心配をかけたことと嘘をつくこと、二重で罪悪感があるものの本当のことなんて口が裂けても言えない。
「こいつぁまた、豪快にやったな」
拳打によって大きく窪みが出来た木は、地面に置いた時の勢いで折れて3本になってしまっていた。
「え、あ、忠与が良くなったって聞いたらちょっと元気になったから。そしたら変な夢も見なくなったし、もう現場の手伝いもできるわ、うん」
テンションで押し切ろうとして、ついつい早口になる。ゲンさんはそんな雪路とずたずたになった空き缶を見て、ため息をついた。
「そりゃあ結構だけどよ、無茶はするなよ? 社長に申し訳が立たねえ」
「それを言うなら副社長(かあさん)に、じゃない?」
クスクス笑う雪路に、ゲンさんは一瞬ギョッとした顔をすると、慌てて渋面を作った。
「けっ、それだけ減らず口叩けんなら平気だな……じゃ、早いとこ帰って学校の支度しろよ」
「は、はーい……」
ズカズカと立ち去っていくゲンさんの背中を見送りながら、姿が消えたところで雪路はため息をついた。
スコーピオンにしろ、リオックにしろ、仮面の男にしろ。その行動様式は三者三様だが、どいつも人の命など己の欲望を果たす踏み台としか思っていない。他のジオボーグも、何をしでかすか分かったものではない。
万が一従業員も含む梶山家の人々が危害を加えられることがあったら。
いや、今だ入院中の忠与が狙われるようなことがあったら。
だからこそ、この戦いに自分以外を巻き込んではいけない。
(あの男は、待っていればダイスを求めてジオボーグがやってくるって言ってたけど……そんな悠長なことしていられないわ)
こちらから打って出てジオボーグを倒し、ダイスを集めなければ。雪路は決意を固くした。
(意気込んだはいいけど……結局手掛かりはないのよね)
数時間後。年度初めのため早々に放課となった教室で、雪路はたそがれていた。
昨日の元・リオックの大暴れもすっかり忘れ去られ、生徒たちは部活の話題かこの後どこに遊びに行くかで持ち切りである。
(仕方ない、か)
むしろ、昨日の騒ぎやそのあと起こったもろもろが異常なのだ。
(それこそあっちから攻めてくるのを待つか……いや、誰かを巻き込みかねない。ここはやはり情報を)
そんな折、近くで数名の女子生徒が噂話をしているのが耳に入ってきた。
「ソゲキ魔? 何それ」
「狙撃する通り魔だから『狙撃魔』なんだって」
なにやら事件か。もしものことを考え、聞き耳を立てる。
「何それ」
「だからぁ、気づいたら怪我してんだって。ターゲットはバラバラ、手がかりもロクにないからまだ捕まってないんだってさ」
「はぁ? 仕事しろよ神奈川県警」
無差別に人を狙う、姿の見えない『狙撃魔』。もしかして――
「ねえ、ちょっとその話詳しく聞かせてもらっても」
席から立ち上がり、そう話しかけたとたん。
ビクリ、と女子生徒たちが震え、そのまま固まってしまう。
「あ、も、もう帰るわ」
「あ、うん。またねー」
そして蜘蛛の子を散らすように立ち去っていた。
「へ……?」
何が起きたか分からず、今度は雪路が固まってしまう。そしてふと、周囲の目線に気づく。まるで、人里に出てきた熊でも見るような眼だ。
(まあ、当然よね)
納得がいった。彼らからすれば、錯乱して暴れまわる男子生徒をパンチ一発で沈めて何事もなかったかのように去っていくような奴がズカズカと話しかけてきたのだから怖がるのも無理はないだろう。
「狙撃魔」に関しては他をあたろう……そう思って教室を出ようとした時だった。
「あ、ちょっと梶山さん!」
そう言って呼び止めたのは、先ほどまで大きな人の輪の中心にいた男子生徒だった。
「ちょっとこっちね」
たしか馬場とか言う名前だったその男子は、ひらひらと手招きしてくる。ついていくと背後からわずかにどよめきが上がったことが彼のクラス内での地位を予測させた。
「さっき『狙撃魔』について聞いてたよね?」
少し歩いて、廊下の奥の空き教室の前まで来たところで、馬場が切り出した。
「ええ、そうだけど······」
雪路は馬場に不審な目を向ける。
「私、貴方と会ったことあるかしら?」
そう聞いて、馬場は一瞬目を丸くしたが軽く吹き出した。
「ああ、そういう事ね」
何故笑うのか。眉をひそめる雪路を見て、馬場は慌てて取繕う。
「あっ、違う、違うのよ。俺は梶山さんにお礼を言わなくちゃいけない立場なの。俺の友達が昨日の変なやつから知らない女の子庇って骨折しちゃってさ。それでも止めるって聞かなくて……だから梶山さんが止めてくれたことに感謝してる。女の子矢面に立たせといてなんだって話だけどさ」
まくし立てる馬場を見て、雪路は肩透かしを食らった気分になった。
「別に、感謝されるいわれも謝られるいわれもないわよ」
殴りかかられたから止めた、忠与が危害に遭いかけて腹が立ったから殴った。そうでなければ無視していたかもしれない。
だったら見ず知らずの人間を庇うためにジオボーグの『人間体』に立ち向かった彼の友達とやらの方がよほど立派だろう。
「それで?『狙撃魔』について何を知っているの」
「襲撃に関する情報、出現場所も含めて」
「!」
雪路の平静な仮面が剥がれた。餓えた蛇が鎌首をもたげるように雪路は身を乗り出す。
「まずは襲撃情報。被害者は女子供に年寄り……いわゆる『弱い立場』ってやつね。時間も場所も、人の多いところを狙ってる。具体的にはこの辺とこの辺、あとこの辺ね」
馬場は、スマートフォンの地図アプリ画面を見せた。いくつか示されたのは学校の最寄り駅から一駅ほどの場所で、各地点も数百メートルしか離れていない。
「凶器は、大体は改造エアガン。エアガンって言っても馬鹿にしちゃいけない。当たりどころの悪かった被害者は入院する羽目になってる……とっくに両手じゃ数え切れないくらいに」
「そこまで被害が出ているのに、捜査が進まないの?」
雪路の問いかけに、馬場は大きく首を縦に振る。
「犯人そのものに関する手掛かりが全くないんだ。まず犯人の姿が一切見えない。『狙撃魔』っていうのはこれが由来ね。
とはいっても『どこかから狙い撃ってるんじゃないか』って仮説に基づいて呼んでるだけで、使われている弾は飛距離が短すぎるし、銃槍以外の傷を負った人もいて本当に狙撃したかどうかは定かじゃない」
ふむ、と雪路は腕組みをする。
「つまり、改造エアガンをよく使っている……程度ではっきりした手口は分かっていないのね。それでエアガン以外での傷についてもう少し詳しく教えてくれる?」
雪路の問いかけに、馬場は鷹揚にうなずいた。
「何人かの被害者には、打ち身や切り傷があった。しかも何かの唾液でベットリと濡れてたんだ。猛獣が引っ掻いたか噛み付いたかなんて言う刑事さんもいたみたいだけど……
被害者はそんなもの見てないって言うし、証言を繋ぎ合わせたら『エアガンを持った未確認生物が通り魔をしている』なーんて話になって捜査班は頭抱えてるみたいね」
馬場は肩をすくめ笑い話のように語るが、雪路の脳内では論理のパズルが蠢いていた。
道具を使う知恵を持つ、人智を超えた怪物……!
「教えてくれてありがとう」
そう言って、駆け出そうとする。その背中に馬場が言葉を投げかけた。
「探しに行くつもり?」
「だとしたら何?」
煩わしそうに振り返る雪路に、馬場は眉を下げる。
「どうもしないよ。止めても聞かなさそうだし……俺の友達も、そういう目よくするから分かるんだ」
呆れつつもどこか弟妹を見るような遠い目をする馬場を見て、ホームルームであちこちの骨を骨折してしばらく入院することになった同級生がいると話があったことを、雪路は思い出した。
「……ありがとう」
どこか気勢を削がれたというか、肩の力が抜けたというか……雪路は馬場に会釈すると、再び駆け出した。
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