専用車両

foxhanger

第1話

 引っ越して、今までとは違う路線の電車に乗って通勤することになった。

 しかし初日から、早速アクシデントに遭ってしまった。

 車内に乗り込むなり、顔面にストレートパンチを見舞われたのだ。

「おいこらぁ!」

 酔っ払いのようだった。こちらと目が合うとわけのわからない因縁をつけてきて、適当にあしらった次の瞬間、拳が飛んできたのだ。

 しかし、周りの乗客は止めるでもなく、ただにやにや笑って見守っているだけ、なのだ。

 なんたること。

 次の駅で降り、トイレの鏡で顔を見ると、右目の周りに見事な青たんが出来ている。

 わたしは憤然として、駅員に今の仕打ちを伝えた。

「どういう状況だったんです?」

 駅員が問うと、わたしは応えた。

「三両目に乗っていまして」

「三両目ですか?」

 その言葉を聞くと、駅員は態度を変えた。

「お客さん、知らないんですか。三両目は暴力専用車両なんですよ」

「はあ?」

 聞いたこともない。

「ほら、痴漢防止に女性専用車両を作ったように、うちの会社は暴力専用車両を作ったんですよ。最近車内暴力が増えていますからね。ほかの車内や駅員相手に暴れられるより、暴力を振るいたいひとはこの車両で思う存分ストレスを発散していただければよろしいのです。そして被害に遭いたくなければ、この車両を避ければいい。名案でしょ」

 駅員は我がことのように胸を張る。そんなことはどうでもいい。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「そんな車両だと知らずに乗ったあなたの災難ですよ。まあ、手当はしておきますがね」

 駅員は素っ気なく応えた。


 翌日。

 今度は三両目を避けることにした。もう、あんな目に遭うのはごめんだ。

 四両目の表記のあるところで電車を待つ。

 しかし今度も災難に遭った。

 財布をすられてしまったのだ。

 ほんのわずかな隙に、ものの見事にバッグから財布を抜き取られてしまったのだ。異変に気がついたのは、隣の駅についたときだった。

 とりあえず駅員に声をかけた。

「財布をすられてしまったのです」

 駅員はまたもや、しれっとこういったのだ。

「四両目は、すり専用車両なんです。この車両にすりを隔離して、思う存分やってもらえばいいと思いましてね。おかげで被害が減りましたよ。はっはっはっ」

 駅員は無責任に高笑いした。

 いくらほかの場所ですりが減ったとしても、財布がすられていい理由にはならないではないか。

 憮然として、わたしは駅を去った。


 次の日。

 今度はもう失敗はしない。

 四両目も三両目の停車位置も通り過ぎ、一番前の車両に乗り込んだ。

 この車両はぎゅうぎゅう詰めの満員だった。

「ちょっと、通して下さい」

 隙間に無理に押し入り、吊革につかまってしばらくすると、尻の辺りに妙な感触を感じた。

 誰かの手のようだ。

 はじめはほかの乗客に押されて、ふれあっているのかと思ったら、違う。その手は明確な意思を持って、わたしの尻を触ろうとしているのだ。

 痴漢だ、と声を上げようとして、ある考えが頭をよぎった。

(まさか、この車両は痴漢専用車両だったんじゃ……)

 もうひとつ別の手が、尻に伸びてきた。さらに別の手が、こんどは前に……。(了)

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