第三章 ストライクフォートレス 二
二
『こめっと』の愛機、『マジカルこめっと』が全員を見渡すような仕草をするのと同時に、インカム越しに『こめっと』の声が聞こえてきた。
「さて、これで皆集まったね」
俺と『ムウ』が集合場所へと戻ったとき、ほかのメンバーは皆、既に集まっていた。とはいえ、集合時間に遅れたわけではないのだけど。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
一番遅い機体の『マジカルこめっと』を先頭にして、俺たちは事前に決めておいた採掘拠点の予定地へと向かった。
まずは、そこが拠点として良い場所なのかを調べ、その後で運営側への申請を行い、安全地帯の設定を行う。その後で、採掘機材やら壁やら迎撃装置やらを機動エレベーターの『部屋』から降ろす。
と、いうわけで、まずはその場所へと行かなくちゃならない。
そんな中、『くま』が一つの疑問を口にした。
「……もし先客がいたらどうする?」
『くま』のそんな疑問に対して『こめっと』は、いつもの、まるでアニメのキャラクターのような声で答えた。
「まず無いとは思うけど、もしそうなったらこの星での最初の戦闘になるかな」
『こめっと』のそんな言葉に対して、『ヒメ』は感心したような口調で言った。
「へー、別の場所を探すのかと思ってたけど、その感じからするとよほど良い場所みたいね」
「昔の資料を調べたりしてけっこう真剣に考えたからね」
「そーなんだ、じゃあ期待しておこうかな」
『ヒメ』がそう言って話題を切り上げようとしたところへと、『ムウ』が容赦ない一言を言った。
「もし前よりも悪い場所だったら、それなりのペナルティーを払ってもらわないと」
「怖いこといわないでよ『ムウ』。ま、心配ないはずだよ」
確かにこの資源採掘惑星は以前にも使われていた場所だから、調べようと思えば当時の資料は出てくるだろう。それはとても大変なことだろうけど、それをいつの間にか一人でやってのけるあたり、『こめっと』の『スペース・フロンティア』に対する本気具合が良くわかった。
そして、そんな彼等の会話を聞いていて、ふと思ったことがあった。何故、『こめっと』はボイスチェンジャーを使っているんだろう、というものだ。まあ、そんなことは本人に直接質問すればすぐにわかることなんだけど。
「ん? どうしたんだい、『タツヤ』。さっきから随分と静かだけど」
「何でもないですよ、『こめっと』」
質問するまでもなく分かり切っていることだ。
ただの趣味。
それ以外に無く、それ以上でもそれ以下でもないだろう。『こめっと』はそういうヤツなのだ。
×××
「さあ、ついたよ。ここがボクの目星をつけておいた場所だ」
山沿い、いや、崖沿いと言うべきか。どういう風にして出来た地形なのかは分からないが、それなりの高さのある天然の壁が長く続いていた。
確かにこれを利用すれば、少なくとも一方向、多分拠点として整備した場合は後方から攻撃を受けなくなるという守りに適した地形だ。
「逆に言うと崖の上からの、陸戦機の奇襲も有り得るわけだけど、そこに索敵装置を置ければ完璧ということか」
まあ、何にでも長所と短所がある。それをしっかりと見極めさえすれば、より効果的な運用が可能だということは、今までの経験からよく分かっている。
俺のそんな感想を聞いた『こめっと』は、少しだけ自慢げに言った。
「確かにそうだけど、この場所を最初に陣取ることには、もっと大きな意味があるんだ。この崖を背にした拠点が、これから先いくつも出来ていくだろうからね。ここを最初に押さえておけば、ボクたちがゲームバランスの基準点そのものになれるってわけなんだよ」
「……それは、確かに重要なことだな」
なるほど。それは最初にこの場所に来た者だけの権利だ。
ゲームバランスの、ルールの根幹そのものに成れると言っても過言じゃない。これからの『スペース・フロンティア』は、俺たち先行開拓組によって、形作られていくのだ。
「おまけに、このあたりは大戦争の直前に採掘施設の建造が計画されていたみたいだからね。地下資源の埋蔵量は保証済みだよ」
そんな『こめっと』の言葉へと『ムウ』が疑問を呈す。
「そんなに簡単に調べられるものなの?」
「調べられるんだよ。簡単じゃなかったけど」
「……機密性のある情報ではないから、調べれば出てくるかもしれない。……だが、……かなり昔のことだ。並大抵のことではない」
「流石リーダー。本気具合が半端じゃない」
「ボクはいつだって本気なんだよ」
そう自慢げに言う『こめっと』に対して俺は素直に感謝し、そして同時に流石だと思った。
『こめっと』は変わった人ではある。先日のオフ会で実際に会ってみて、やはり変わった人だというのはよく分かった。
だが同時に、リーダーとしてチームのトップに立ち、メンバーをまとめるだけの能力がある。ただ指示を出すだけではなく、自ら率先して行動し、メンバーをまとめ目的を達成することに対して労力を惜しまない、行動の伴ったリーダーという側面がある。
だからこそ、射撃特化という奇妙な機体を使用し、常にボイスチェンジャーを使ってキャラになりきるという奇妙な人物であったとしても、リーダーとして慕われてきたのだ。
先ほどから周囲を見渡していた『ヒメ』が、唐突に提案した。
「ねえ、このあたりちょっと散策してみない? もうちょっと地形とかを把握しておいた方が良いだろうし、この雰囲気だと、ここを他のチームにとられるってこともなさそうよ」
『ヒメ』の提案はもっともだった。それに、この未知の惑星を散策するというのは中々にワクワクする提案だった。俺と『ムウ』は、さっき少しだけ散策したが、それでも、『ヒメ』の提案に反対する理由はない。
「……賛成」
「俺も賛成だ」
「賛成」
俺たちの意見が出揃ったところで、リーダーの『こめっと』が言った。
「ボクも賛成だよ。むしろボクの方からその提案をしようと思ってたくらいだ」
×××
かくして拠点候補地の、周辺探索が開始された。先頭は『こめっと』の『マジカルこめっと』だ。自分から先頭を志願するあたり、『こめっと』もなかなか乗り気のようだ。
「あれ、『ヒメ』、なんか見慣れない装備がついていますけど」
『ヒメ』の『ウイニング・フェアリー』の頭部、幾つものセンサーが搭載されている、人間で言えば『目』に相当する部分に、見慣れないパーツが追加されていた。
「お、よく気がついたね『タツヤ』くん。試しに撮影ようのカメラを搭載してみたんだ。記念すべき先行開拓組の新惑星探索動画、ネットに上げたら大人気間違いなしだわ」
「ああ、確かに。でも、わざわざ撮影用のを追加しなくたって、パソコンの画面キャプチャーとか使えば、それだけで十分なんじゃないですか?」
「十分じゃないのよ。カメラの用途が違うからね。機能面で言えば、こっちの方が数倍優れてるから」
「……『ヒメ』は、拘り始めるとけっこう突き詰める性格でな」
「わかります」
そんな雑談をしながら、俺たちは周辺の散策を続けた。重力や大気成分の違いからくる操作感覚の違いにも、だいぶ慣れていた。以前と比べると全体的に操作が楽になるという方向なわけだから、慣れるの自体は結構早いのも当然かもしれない。
さて、この資源採掘用惑星の環境は地球とはだいぶ違っている。
まず、水というものが全く見あたらない。
そして、それ故に植物と呼べるようなものは全くと言って良いほど存在しない。
ならば殺風景な砂漠のような場所かというと、そうでもないのだ。
いくつもの巨大な、奇妙な形状の岩石が、まるで森のように乱立している。これをわかりやすく伝えるのは非情に難しいことだが、まあ、ファンタジーに出てくる『魔界』とか『地獄』とか、そういった世界を想像するのが、もしかしたら正解に一番近いのかもしれない。
そんな、地球にいては絶対にお目にかかれない場所を、いや、確かに俺自身は地球にいるわけなのだけど、ともかく、そんな場所を散策していた俺たちが、少し開けた場所まで来たときに、『こめっと』が突然叫んだ。
「まずい、崩落する!」
その言葉の直後、俺達の機体が立っていた地面が崩れ始めた。
こういった状況で一番危ないのは、飛翔能力に乏しい、叫んだ当人である『こめっと』の機体だが、流石に間に合ったらしく、『こめっと』の『マジカルこめっと』を含めた全員の機体は、空中で制止しながら足下の地面が崩れていくのを見ていた。
「まさか、こんなことが起こるなんて。……みんな、大丈夫?」
『ヒメ』の呼びかけに対して、皆次々に応じた。
「……ああ、大丈夫だ」
「俺も大丈夫だ」
「ボクも大丈夫だよ。どうにか間に合った。いやー、何が起きるか分からないね」
これには、随分と驚かされた。
確かにストライクギアの重量はそれなりのものだから、地盤の弱い場所では起こりえることではあるけど、実際に体験したのは初めてだった。
『ヒメ』が呟く。
「ふみ固められてなかったり、弱い場所が残っていれば、確かに有り得るけど、先行開拓組ぐらいだろうね、こんなことに遭遇するのは」
その言葉を最後に俺たちは少しの間、無言のまま土煙を上げて崩れていく地面を見つめていた。
『ムウ』の『ドリーム・フェザー』が崩れていく地面の、その奥を指さした。
「みんな、あれ見て」
何かがある。
明らかに人工物と分かる何かが。
崩落はすでに収まっていた。
そして『こめっと』が全員の気持ちを代弁するかのように言った。
「行ってみよう」
×××
突然現れた巨大な地下空間の、その先にあった巨大な人工物。昔使われていた何かの施設だろうか。
「……と、言うよりは宇宙船だな、これは」
「ってことは、戦争時代の戦艦?」
『ひめ』の言葉に応じたのは『こめっと』だった。
「戦艦と言うよりは輸送船みたいだね。待機してたのか、隠れていたのか、あるいは不時着したのか。それで、近くの山が崩れて、そして今の形になった。とか、多分そんな感じだろうね」
『ムウ』が、少し声を震わせながら言った。
「輸送船っていっても色々あるけど、まさか」
何を言おうとしたのかはすぐ分かった。そう言えば夢宮さん、ホラーとか苦手だって言ってたな。
「人間が入っているってことは無いと思うぞ」
戦争時代の星間輸送船なら、その『荷物』が人間ということはまず無いだろう。そのぐらいに兵器の無人化が押し進められた時代なのだ。
よく観察してみると、昔どこかの本で読んだことがあるタイプの輸送船だった。
「多分これ、戦争の末期の頃に使われてたやつじゃないかな?」
俺の言葉に対して、『こめっと』はいつになく緊張しているような口調で言った。
「ボクもそうだと思うよ。でも驚いた。まさかこんな所で現物を見られるなんて」
それに応じるようにして『くま』が言った。
「……こんな物があっさり出てくるあたり、運営側の事前調査も随分とザルだな」
確かにその通りだが、調査といっても適当に無人観測気を飛ばす程度なのだろうから、仕方がないと言ってしまえばそれまでだ。だいたい、あの戦争の終わった後、全くの手つかずで放置されていた場所なのだ。こういった物が出てくること自体はたいして不思議なことじゃない。もちろん、珍しいことではあるけど。
×××
ーーーーーーーー。
ーーーーーーーー……。
…………。
…………光源認識。副動力の充電が開始されました。
……システム再起動。
……全システム、正常起動確認。
……索敵モードへと移行。周辺の索敵を開始します。
……熱源接近。
……数、五。種別、ストライクギア。所属、不明。
警告! これより戦闘モードへと移行します。
再起動、完了。
粒子残量、冷却材、推進材……各問題なし。
機体各部に経年劣化を認めるが戦闘において支障をきたす段階にはないものと断定。
優先任務再確認。
『敵機体を排除せよ』。
敵機体定義再確認。
『自軍機以外の全ての機体。所属不明機もこれに該当するものとみなす』。
任務、遂行開始。
×××
それは、あまりにも突然のことだった。
俺たちが偶然見つけた大戦時代の輸送船の、多分貨物室からだろうか。そこから何かの物音が聞こえたのだ。それと同時にディスプレイ上のマップへとアンノウン機の存在を示すマーカーが表示された。もちろん物音のした方から。
俺たち全員がそのことに気がつき、何が起こったのか調べようと貨物室へと近づこうとした直後、『こめっと』が叫んだ。
「下がるんだ!」
俺たちは反射的に機体を後退させる。
次の瞬間、コンテナの中からまばゆい閃光が飛び出し、俺たちの機体を掠めていった。
俺は思わず叫んだ。
「今の、高出力のビーム兵器か!? 一体何が……」
答える者はいなかった。多分、全員が同じことを思っていたんだろう。
そして、それに答えるかのようにして、コンテナが内側から巨大なハサミのような物によってこじ開けられ、『ソレ』が姿を現した。
「何なんだ、コイツは」
あまりにも大きい。全長はストライクギアの数倍だろう。二つのハサミのような腕と六本の脚部。一目で頑強とわかる全身を覆う装甲と、備え付けられた幾つもの砲門。尻尾のように延びているのは砲身だろうか。『顔』だと思われる場所には、幾つものセンサーが『複眼』のように集積されており、『口』にあたる部分には先ほどのビームを放ったと思しき砲門が存在した。
これは敵だ。
俺の本能がそう告げていた。
突如として現れた正体不明の兵器へと、無言のまま俺たちが対峙する中、ただ一人『こめっと』が呟いた。
「ストライクフォートレス、『スコーピオン』。噂は本当だったのか」
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