第二章 オフ会をしよう 三



 途中で電車を乗り換えたりして、現在時刻は十一時二十八分。

 俺と夢宮さんは、集合場所である駅へと到着していた。

「いや、ちょっと早すぎたんじゃないのか?」

「五分前行動だって、学校で習わなかったかしら?」

「三十分以上も前だぞ」

「わかってるわ。これも考えあってのことよ」

 得意げに言う夢宮さんへと、俺は疑いの目を向けた。

 確かに夢宮さんは、学校では間違いなく優等生だ。間違っても勢いだけで行動したり、その場のノリだけで突拍子も無いことをしたりするようには見えない。

 いや、『見えなかった』。

 夢宮さんが『ムウ』であることを暴いたあの日、彼女のとった行動のせいで、俺の夢宮さんに対する印象は一変してしまった。確かに『真面目』だとは思うが、少なくとも『物静か』だとか『沈着冷静』だとかいう印象は、完全に消滅していた。

「なによ、また失礼なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

「いや、そんなことはない」

 とりあえずそう答えておく。

「ふーん。まあ、いいわ。私の考えというのはね、一番乗りで集合場所について、みんなの正体を一番先に見極めてやろうということよ」

「まあ、面白そうではあるけどさ。俺達が一番乗りだって保証は無いだろ?」

 待ち合わせ場所に指定されていたのは、駅を出てからすぐのところにある広場の時計の前だ。

 結構目立つ場所だ。なので当然のごとく、いろんな人が待ち合わせ場所として利用していた。

 そう、今更かつ当然のことだが、俺達はお互いの素顔を知らない。

 普通こういったオフ会をやるなら、団体名で予約した場所へと集合するもので、今回の場合なら、予約を取っておいて店に集合するのが一番合理的な方法のはずだ。

 まあそんなわけだから、お互いに顔もわからない相手を捜すことに鳴る訳なのだが。

「ツバサには何か、見つけるための策でもあるのか?」

「いいえ、特に無いけど」

 夢宮さんはあっさりとそう言った。

 言ってのけやがった。

 俺の中の夢宮さんに対する評価は『頼れるクールなヒロイン』から『ポンコツヒロイン』へと絶賛変更中だった。

「だけど、何となく雰囲気でわかるかなって思ってね」

「本気で言ってるのか?」

「私はいつだって本気よ」

 そうか、本気だったのか。

 そこまで自信満々に言われると、そんな言葉にも正体不明の説得力が宿ってしまう。

 そこまで言うなら騙されたと思って探してみるか。このあたりで立ち止まっていた人達は、皆、それぞれの目的地へとすでに歩き出していた。

 つまり、俺達よりも先にこの場所にいた人の中にはメンバーはいないということになる。だとすれば、これから先にこの場所を目指そうとする者の中にいるはずだ。

 そう考えた俺と夢宮さんの視線は、自然に駅の方へと注がれるようになった。そうやって駅から出てくる人間を二人で観察していると、一際目立つ二人組が現れた。

 一人は男性。体が縦にも横にもでかい。年齢は、三十代半ばぐらいだろう。

 もう一人は女性。割と小柄だが、横に立つその男性のせいで、より一層小さく見えてしまう。年齢は、横に立つその男性と同じくらいだろうか。

「ツバサ、まさかあの二人って」

「うん。可能性は高い」

「でもどうやって確かめるんだ? もし違ったらとんでもなく気まずいぞ」

「それはそうだけど、でもその心配はなさそうよ」

「ん? ああ、なるほど。確かにその通りだな」

 なぜなら、その二人は迷うことなく俺達の方へと、一直線に歩を進めていたのだから。

 女性の方は俺達の方へと、しきりに腕を振ってくる。

 俺と夢宮さんもそれに対して、軽く会釈した。

 そして彼女は、俺達へと満面の笑みを浮かべながら言った。

「やあ、こんにちは。君たち、もしかして『タツヤ』くんと『ムウ』ちゃんかな?」

 俺と夢宮さんは、一瞬だけ顔を見合わせた後、それに対して応じた。

「はい。俺が『タツヤ』です」

「同じく『ムウ』です」

 俺達の返答を聞いた彼女は安堵と共に言った。

「よかった、人違いだったらどうしようかと思ってたんだ。私は『ヒメ』、よろしくね。それで後ろにいるのが」

「……『くま』だ。初めましてというのも奇妙な気がするが、一応は初めましてか」

 

×××


 現在時刻十一時四十二分。

 とりあえず俺達四人はこの場にとどまることにした。

「それにしても、よく俺達のことがわかりましたね」

 俺のそんな台詞に対して答えたのは『ヒメ』だった。

「直感かな。それに、誰かを待ってるって感じだったのは、君たち二人だけだったからね。付け加えるなら、『タツヤ』くんが男子高校生だってことは当人の口から聞いてたし」

「確かにそのことは何回か言ってますけど、でも、『ムウ』の素性についての情報は、何一つありませんでしたよ」

「そこは女のカンっていうのかな? 『ムウ』ちゃんが女の子だってことは、薄々気が付いてたよ」

 そういうものなのか。

 本人に会っていた俺ですら、『ムウ』と『夢宮翼』を結びつけるのには、それなりの時間が必要だったのに。

「……実を言うと俺は驚いている。まあ『ヒメ』のこともあるから、女性ユーザーがいること自体は意外とも思わないが」

 そう言いながら『くま』は、俺と夢宮さんのことを交互に見比べた。

 それに対して夢宮さんが言う。

「違いますよ『くま』さん。私とタツヤは別にそういうのじゃないんです。ただのクラスメイトで、たまたまゲームで同じチームに入ったってだけです。それ以上はありませんから」

「……そうか」

「そうなんです。それより『くま』さんと『ヒメ』さんの関係の方が気になります」

「それについては俺も気になっているところでした」

「……一応答えておくが、まずはとりあえず、さんをつけるのはやめてくれ。ゲーム内と同じように呼び捨てでいい。どうせあだ名みたいなものだ。……『ヒメ』もそれで良いな?」

「ええ、全然問題ないわ」

 確かにそれも一理ある。

 『くま』と『ヒメ』が、明らかに年長者なので少々気が引けるが、当人達の望みならば努力することにしよう。思い返してみると夢宮さんの時もこんなやりとりをしたか。

 『くま』は『ヒメ』へと一度目配せした後、少々気まずそうに言った。

「……『ヒメ』は、俺の嫁さんだ」

「いえーい! その通りです!」

 『ヒメ』はそう言いながら、自慢げな笑みと共にピースサインをとった。

 意外だった、……とは言わない。むしろ想像通りと言うべきか。

 ゲーム内での会話や連携などから、この二人が実際に知り合いだということは想像がついていた。それも、比較的親密な関係だと。

 そんな二人がそろって現れた時、自然と予測が出来た。

 どうやら夢宮さんも俺と同じようなことを考えていたようだ。彼女はどこか納得したような口調で言った。

「なるほど、何となくそんな感じだと思ってました。こういう言い方は失礼かもしれませんけど、納得の組み合わせって感じです」

 そう言う夢宮さんに対して、満面の笑みを崩さないまま『ヒメ』が応じた。

「全然失礼なんかじゃないよ。よく言われるんだ。私自身もそうだと思ってるし、ね?」

「……俺に振るな」

「えー、そんなこと言わないでよー」

 うん。確かに納得のいく組み合わせだ。

「そう言えばさ、『タツヤ』くん」

「何でしょう『ヒメ』」

「もしかして、本当に『タツヤ』って名前だったりするの?」

「あ、はい。そうですけど」

「そうかー。じゃあ、私や『くま』と同じような感じだ」

「同じって言いますと?」

 まさか『ヒメ』とか『クマ』が本名なんてこともないだろう。……いや、無いとは言い切れないか。ぎりぎり有り得る名前だ。

「まあ、本名って訳じゃないんだけどさ。実際に呼ばれてたあだ名なんだ、名前からとったあだ名なの」

 なるほど。実際に呼ばれてる名前という意味では同じようなものかもしれない。

「ってことは、本名を当てられるかもしれないと?」

「いや、タツヤ。みんなアンタみたいに単純な訳じゃないんだから、多分無理だと思うよ」

 俺が単純であることも含めて、夢宮さんの意見は的確だった。

「……名前当てをやるのも面白そうだが、とりあえず全員そろってからだな。まだ肝心の『こめっと』が来ていない」 

 確かにそうだ。

 とはいえ。

「この中で、誰か『こめっと』と実際に会ったことのある人っているんですか?」

 俺の質問に対して、この場にいる全員が首を横に振った。

 俺達は運良くお互いの素性に気付くことが出来たけど、『こめっと』もそうなるとは限らない。

「……どうする? 看板でも作るか?」

 『くま』の冗談じみた提案に対して応じたのは夢宮さんだった。

「それも名案だと思いますけど……、多分あの人じゃないでしょうか」

 夢宮さんは駅から出てくる人達の方を指さしていった。夢宮さんが指さしていた人物は……!?

「いや、本気で言ってるのか? 流石にそれは……」

 あり得ない。

 俺はそう言おうとしたが、『ヒメ』がそれを遮った。

「『ムウ』ちゃん、中々いい勘をしてると思うよ。私もあの人だと思う」

 確かにその人は俺達の方へと歩いてきてはいるが、でも。

「……十分に有り得る話だ」

 『くま』までも!?

 まさか本当に、いや、そんなバカな。

 だが、確かに夢宮さんが指さす先にいる人物は俺達の方へと迷うことなく歩を進め、そしてにこやかな表情と共に俺達の方へと向けて手を振った。

 夢宮さんは手を振り返しながら得意げに言った。

「ほら、私の言ったとおりでしょ」

 彼女が見つけて指さし、それに応じるようにして手を振ってきた、一人の男に対して。


×××


 そう、男だった。

 見間違いということもないだろう。

 これと言った特徴の無い服装。身長は俺と同じくらいでどちらかと言われると痩せ形だが、何故かその内側から発せられる気配には、研ぎ澄まされた刃のような鋭さがあった。年齢は、一見すると二十代後半ほどに見えるが、見方を変えれば無邪気な少年のようにも、老練な古参兵のようにも見えた。

 とにかく底が見えない。

 俺達の前に立ったその男へと、俺は勇気を振り絞って質問した。

「もしかして、『こめっと』さんですか?」

 それに返答するこの男の声は、当然のごとく、間違いなく男の声だった。

「そうだよ。ボクが『こめっと』だ。リアルでは初めましてだね『タツヤ』、それに『くま』、『ヒメ』、『ムウ』。みんなに会えるのを楽しみにしていたよ」

 そんな『こめっと』の言葉に最初に応じたのは『くま』だった。

「……どうして俺達のことがわかった? 何故名前と顔を一致させることが出来たんだ?」

「良い質問だ、『くま』。その種明かしも含めて、色々話したいこともあるし、聞きたいこともあるだろうけど、とりあえずは会場である店へと案内するよ。おっと、一番遅かったからって怒らないでくれよ? 集合予定時間よりは早くついているんだから」

 俺は背後の時計で時間を確認する。

 現在時刻十一時五十三分。

 確かに予定の時間より五分以上早かった。

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